王都
フラン&ネルのパート
二人にとって久しぶりの王都の街並みを歩いていると、故郷の村とは別のなつかしさがこみ上げてきた。それほど長い間離れていたわけではない。でも、王都に出てきてから冒険者をやっていた時間と比べるとここ数ヶ月のほうが何倍も濃密だったからだろう。
定宿にしていた『鳥のさえずり亭』に顔を出し、とりあえず1泊分の支払いを済ませた。
「久しぶりだね。最近顔を見せないものだからさ、心配していたんだよ」
「ごめんなさい。色々とほかの町に行っていて、なかなか戻ってこれなかったんです」
冒険者になってからイチロウと会うまで半年以上利用していた宿だからか、女将さんとも顔なじみになっていた。依頼を終えて宿に戻ってくると、ほっとしたように顔をほころばせる女将さんはまるでもう一人の母親のようである。
隙間風が入ってくるような下級冒険者御用達の安宿なので、冒険者の出入りは激しい。顔を見せなくなるというのは”そういうこと”を意味するのだ。もちろん、ランクを上げてもっと高い宿に移るものもいるが、そういう冒険者は得てして世話になった宿に一言残していくものなのだ。
顔を見せなくなる冒険者が一定の割合でいることを冒険者向けの宿を営む女将さんは理解している。それでも、そういうことが無くなればいいのにと思い、毎日おいしいごはんとあたたかなベッドを用意して冒険者の帰りを待っている。
宿の女将さんとの心温まる再会を果たした後は、冒険者ギルドへと顔を出した。そこでも、ほかの冒険者と旧交を温める場面があった。 懐かしい顔は僅かだったけども、二人がギルドに顔を出したのは昼過ぎだったので、きっと依頼を受けて街から出ているのだろうと思った。
そしてもちろん受付のスタッフとも久しぶりの挨拶を交わす。
「久しぶりね。ニースの村はあれから問題なかった?」
「はい。あのあと司祭様の巡回があって結界も張りなおしてくれたみたいで、そのあと魔物が出たという話はなかったみたいです」
「ええ、こちらでもその手の依頼は来ていなかったから大丈夫だとは思っていたのだけど、直接そういう話を聞けると安心するわね。今はあちこちで魔物が活性化してるから」
ギルド職員と冒険者という関係だけど、女同士ということもありメルハナという受付とはかなりフランクなやり取りをしている。 こんなやり取りさえも久しぶりだとネルは懐かんだ。
「そうなんですね」
「ニースのように、王都近くの村でも中級クラスの魔物の出没がたびたび報告されているの。前線基地の戦闘も激化しているという話だし、そろそろ最終決戦に向かうなんて噂も流れているわ」
「魔王が討伐されるといいですね」
「そうね、魔物がいなくなることはないでしょうけど、魔王さえ討てれば魔界の勢力が組織立って動くこともないだろうし昔みたいに落ち着くと思うのだけれど」
本当に。とネルは心から思う。
街の外や村の外、結界で守られていない森にも昔から魔物はいた。それでも、10年前に魔王が大頭してくるまではそこまでの危険はなかったのだ。ネルもフランも子供のころ親の言いつけを守らずに結界を飛び出て森に入ったことは何度もあった。
もちろん、後でこっぴどく怒られたものだけど、無事に戻ってこれたのだ。でも、いま同じことをすれば無事では済まない。だからこそ親たちの目は昔以上に厳しくなっている。
「それで、今日は依頼を受けるの」
「ああ、いえ、私宛に封書かなにか届いていませんか」
「ちょっと、まってね……っと、あったあった。これねって、ええ?」
奥から二通の封書を手にしたメルハナがギルド中に響き渡るような声を上げた。その声の大きさに、周囲の耳目を集めてネルは頬を赤らめる。
「ちょっと、メルハナさん」
「っと、ごめんごめん」
フランが注意したところでメルハナは謝るが、言い方は軽い。そこに三人の中の良さが現れているのかもしれない。
「いやーごめんね。だって封蝋が王家のものだったんだもの」
大声を上げた原因については小声になるところはギルド職員としての最低限のマナーは忘れていないらしい。しかし、好奇心には勝てないようだ。
「ねえ、どういうことなの? しばらく顔を出さなかったことと関係あり?」
「えっと、その……」
小声のまま耳打ちするようにメルハナが聞こうとしたら、背後からドワーフがぬっと出てきて彼女の耳をつかんだ。いうまでもなく王都の冒険者ギルドを取り仕切るギルドマスターその人である。
「メールーハーナー」
「ひぃいい」
耳を引っ張られて身を縮こまらせるメルハナと、ゆでだこのように真っ赤になったギルドマスターのやり取りを見て、ああ本当に王都に戻ってきたのだと改めて思った二人だった。
「お前は何度言えばわかるんだ。冒険者と仲良くするなとは言わん。だが、もう少し立場というものを考えろ。ギルドの受付がそんなに口が軽くてどうする。ギルドの職員というのは冒険者の極秘情報を扱うこともあるのだ。そんなんじゃいつまで経ってもA級職員にはなれんぞ」
「そんなぁ」
眉毛をへにょっとまげて目をウルウルとさせているが、実際のところメルハナはギルマスの説教を右から左に流している。仕事として線引きが必要なことは重々理解しているのだ。ただ、危険な場所で仕事をする冒険者に対して、出来れば緊張感を解いてほしいという思いから柔らかい対応やフランクな対応を敢えてしているのだ。
だが、仲良くなるということは、帰らない冒険者がいたときの衝撃も大きく杓子定規な対応を進めるギルドマスターの言葉を理解していないわけではないのだが。
「すみません、封書の方もらえますか?」
いつまでも二人のやり取りを見ていたいところだけギルドマスターの説教は長いことでも有名なのだ。だからタイミングよく切り込まないといつまでも終わらないことを知っている。フランの声に、バツが悪そうに頭を掻くギルドマスターと、助かったと安堵の表情を浮かべるメルハナはギルドマスターの手を逃れて封書をカウンター越しにネルに手渡した。
「ありがとうございます」
封書は二通あった。一通は王家からのものだったけど、もう一通は別口である。一体何の手紙だろうかと気にはなったけど、注目を集めているこの場で開けるわけにもいかずにネルは大事そうにカバンへと仕舞った。
「ええ、開けないんですか?」
「えっと、その」
「メルハナ、いい加減にしろ」
封書の中身が気になって仕方がないというメルハナが再びギルドマスターに引っ張られていくのを見ると、二人は受付から離れた。
「それで、これからどうしようか?」
フランが聞いてくる。今日は依頼を受ける予定もないので、完全に空き時間になっている。次の目的地は魔法都市ドニーだけど、明日の朝出発する予定である。
「食料買いに行く?」
「じゃあ、マルト市場のほうに顔出してみようか」
「うん」
ほとんどの市は昼には閉まってしまうが、夕方ぐらいまでやっている市場が街の東の方にある。庶民向けの市なので価格も手ごろで、旅用の保存食も種類豊富に揃っている。王都にいたときに知ったというよりも、ニースの村の一員として売り手側としてその市のことはよく知っていた。
先ほどの一件で二人の動向を気にする周囲の気配を感じながら、ギルドの入り口に向かって歩いているとカランカランとドアベルを鳴らして冒険者が入ってきた。
昼過ぎの時間帯に訪れる人は少なく、二人に集まっていた視線も自然にそちらへと注がれる。
入ってきたのは30歳くらいの男。
熟練の雰囲気を携えた彼に、フランとネルは身構える。
なぜなら、かつて競売都市リスベンの外で襲ってきた剣士だったから。