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再会

イチロウ&シエスのパート

 木の幹に身を隠すと、攻撃の手が止まった。

 先ほど飛来したものの行方を追ったが、周囲には何も落ちていなかった。一瞬の出来事で”何”が飛んできたのかがわからなかった。石なのか、針なのか、矢なのか。あるいは魔物のもつ特殊な攻撃か。街道らしきものが近いとはいえ、相手が魔物か人かも区別がつかない。


 声を掛けるべきか?

 相手が人であれば、交戦を終わらせるかもしれない。だが、魔物であれば音を立てることが居場所を知らせることにつながる。

 逡巡していると大きな魔力のふくらみを感じた。


「伏せろ、シエス!」


 攻撃の気配を頼りに叫ぶと、シエスはその場に身を沈める。その頭上を、胴回り以上ある幹を貫いて矢が飛来した。突き抜けた矢はそのまま高速で二本の木を貫いて失速する。

 恐ろしい貫通力を目の当たりにしてシエスの耳が力をなくす。あれを見てしまえば、木の後ろに隠れる意味はない。

 

「シエスちゃん?」


 俺がシエスの手を取り、走り出そうとすると街道の方から女の声が聞こえてきた。探るような声色。この世界に知り合いと呼べる人間はかなり少ないが、シエスをちゃん付けで呼ぶ人間に心当たりがあった。


「エスタか?」

「その声は、イチロウかしら?」

「ったく、ビビらせやがって」


 知り合いだとわかり、俺とシエスが街道に向かうとそこにいたのはスマニーのダンジョンで別れた高飛車エルフが一人、弓に矢をつがえて立っていた。


「無事だったんだな」

「それはこっちのセリフよ。あんな化け物にケンカ売ってよく無事だったわね」


 嘆息するエスタは俺たちがギガントサウルスと交戦していたことを知っているらしい。


「エスタお姉ちゃん。よかったです」

「で、何してんだ?」

「それもこっちのセリフよ。なんで森の中から出てくるのよ。物音がしたから魔物と思って射ってしまったじゃない。シエスちゃんが無事でよかったわ」

「俺なら当たってもいいのかよ」

「あんたなら避けるでしょ」

「避けたとは思うけど、そういう問題じゃないだろ」

「で、何してたの?」

「あ、ああ。街道沿いは魔物少ないからな、森を突っ切ってた。その方が修行になるかなって」

「……バカ?」


 呆れたようなというより、完全に呆れ切った顔で俺を見ている。まあ、やっていることは自覚しているので否定はできない。


「エスタお姉ちゃんは?」

「私は郷に戻るところ」

「それってエルフの?」

「当たり前でしょ」

「スマニーのダンジョンはもういいのか?」

「よくはないわ。でも、ああなったらどうしようもないもの。私は後方支援型だしソロでのダンジョン攻略は無理。そもそも私一人じゃ目的は果たせないもの」

「目的って聞いてもいいのか」


 ダンジョンを潜っているときは、勝手についてきていたし、あまり関わりたくなかったから積極的に会話をしていなかった。だから、彼女が何の目的で潜っていたのか知らない。ダンジョンが内部構造を変えた後は早々に一人で逃げることを選択したエスタなら、俺たちと出会った直後も一人でダンジョンを脱出できたのだろう。

 それでも俺たちの後をついてきたということは何か理由があったのだと思う。

 進行方向が同じだからか、俺たちは街道沿いを歩き出す。


「聞いてどうするの?」

「まあ、そうだな。言いたくなければ別にいい」

「エスタお姉ちゃんはどっちの方にいくですか?」

「ん。このまま街道沿いを創作都市アデード経由でさらに北上ってところかしら」

「随分と魔界に近いんだな」

「魔族が攻めてきたからって郷毎移動するわけにもいかないもの。いよいよ危なくなれば別でしょうけど。それに、私の郷は東寄りククリ山脈に近いからそれほど危険でもないわ」


 エルフといえば人里離れた山奥というイメージだったが、まさかドラゴンが棲家とする山脈の近くとは意外である。


「危険はないってそっちはドラゴンがいるんだろ」

「だからこそよ。ドラゴンは人に害する魔物ではないわ。ククリ山脈には他にも危険な魔物が多く住んでいるけど、ククリ山脈から出ることはほどんどないわ」

「ほとんどってことはたまにはあるってことだろ」

「……まあね」


 エスタの表情にわかりやすく影が差した。整った顔をしている分、それが顕著になるのだろうか。だから、どうしたということでもない。何かあるのなら聞くけども、彼女が語るとも思えない。


「どうかしたですか?」


 俺の考えとは全く反対の反応を示してシエスは心配そうにエスタを下から見上げた。正面に回り込んでのぞき込んできたのでエスタは立ち止まる。


「大したことじゃないわ」

「困ってることあるなら聞くですよ。シエスとお兄ちゃんは強くなるために修行中なのです。だから、どんな魔物でもやっつけるです」


 どんど来いとばかりに胸を反らせるシエスを見て、エスタが笑みをこぼした。明るい笑みではない、疲れたような嘆息するような、悲しい笑み。


「ありがとう。でも、いいの。あなた達がどれだけ強くてもどうしようもないもの」

「……話してみろよ。どんな敵でも倒してやるなんて言うつもりはないけど、シエスがいう通り修行中なんだ。強くなれる相手なら願ったりかなったりだ」


 森を抜けてみてわかったのは、格上の相手はそんなになく、縛りを設けたところで経験を積むのは簡単ではないということ。だからこれは、エスタを助けるためではない。


「最低でもワイバーン以上の魔石が必要なの」

「それでダンジョンに」

「ええ。前のダンジョンなら12階層にワイバーンが単体でいたのよ。でも、内部構造が変わってそれどころじゃなくなった。一頭倒すだけでも大変なのに、複数で来られたら手の出しようがないわ」


 言わんとすることはよく理解できた。

 新しくなったダンジョンの13階層ではギガントサウルスと戦っている間に、ワイバーンが集まってきていた。王子一行には魔導砲というソウの作った魔道具があったから対応できたのだろうが、通常の冒険者ではそう簡単に倒せる相手ではないのだ。

 一撃必殺のスキルを持っていて、必中させることができればあるいはといったところか。


「魔石は何に使うんだ?」

「そんなことを話す義理もないけど、まあいいわ。さっきも言った通り、私たちの郷はククリ山脈の近くにあるの。ドラゴンの治める土地だから、魔王軍がメーボルン王国に攻め入っていても基本的には影響はない。でも、どうしたって戦地が近くにあれば、マナは濃くなり魔物は活性化する。そうして活動的になった魔物の一部がククリ山脈から私たちの郷のほうに流れてきた。郷には結界が張ってあるけど、ワイバーンクラスの魔物に何度も襲われれば結界の維持もままならないものよ」

「結界が破られたのか?」

「ええ。郷の民総出で魔物は撃退したし、その時手に入れた魔石を核に新たな結界を張ることもできた。でも、それが数度重なってそう上手く事が運ばなくなってきたの」

「結界に必要な魔石がなくなったと」


 神妙な表情でエスタがうなずいた。


「郷には強力な魔法使いが何人もいるわ。彼らが交代で結界を維持し続けているけど、どれだけ持つかわからない」

「魔石は買えないのか?」

「無理ね。ワイバーンクラスになると、一般人が使用することはないから基本的に売却される。それをメーボルン王国が買い付けるから市場に出回ることはまずない。手に入れようと思えば、自分たちで見つけるしかないの」


 街や村の結界は国主導で張っているという話だったけど、エルフの郷はメーボルン王国内にあったとしても、彼らは国民というわけではないのだろう。だから、国も手を貸さないのかもしれない。


「いままではどうしてたんだ?」

「もちろん、自分たちで手に入れていたわ。それでも十年に一つか二つ手に入ればいいという程度の話だもの。ここ最近の戦闘の激化さえなければ、いままで通りで問題はなかった」


 それでエスタと仲間のエルフはワイバーンを狩りにダンジョンに潜っていたというわけか。おそらく仲間には何かがあったのだろう。そして、俺たちの後を無理やりついてきていたのは、俺たちがワイバーンを討伐することがあれば、あわよくばと考えていたのかもしれない。


「もちろん、その時は相応の礼はしたわよ」


 表情に出ていたのだろう、エスタは心外だわというようにそう返してきた。ギルドに売却されたものは国に流れていくのだろうが、冒険者と直接やり取りするのはアリなのだろう。


「あいにくとワイバーンの魔石は持ってないが、俺たちはこれからククリ山脈で狩りをするつもりなんだ。だから、手に入れた魔石をギルドじゃなくエスタに売るのは構わないぜ」

「やっぱりバカでしょ」

「シエスたちは本気ですよ」


 やるです! と拳を握りしめてエスタにアピールするが、一般的に言ってククリ山脈に向かうのは自殺行為に他ならないそうだ。ドラゴンの棲家というだけではない。ワイバーンのような大型の魔物が多く、それこそスマニーのダンジョン13階のような世界が広がっているそうだ。


「まあ、信じなくてもいいさ。エスタの郷ってのは隠れ里とかだったりするのか?」

「街道はつながってないわね」

「そうなると、魔石を手に入れても売りに行けないんだが、どうしたらいい?」

「本気なの? いや、本気なのね。そう」


 俺の顔を見ると少し考え込むように口を閉じた。

 シエスがどうしたのと顔を見上げるが、すぐに考えはまとまらないようでエスタは黙ったままだ。彼女の中でどんな考えが廻っているのかわからない。街道沿いの道は魔物が出ることもあまりないので、こんな風にしゃべっていても問題はない。

 もちろん、俺もシエスも周囲への警戒は怠っていない。


「私も一緒に行くわ」


 熟考していたエスタが顔を上げてそう宣言した。


「ククリ山脈に行くのはバカなんじゃなかったのか」

「かもしれないわね。でも、このまま郷に戻ったところで意味はないもの。それより、わずかな可能性でも貴重な魔石を手に入れられるのなら挑戦すべきだと思う。あなた達だって斥候もできる私がいた方がいいでしょう。いきなり魔物に囲まれる危険はぐっと減るわ」


 それは多分その通りだろう。ついて行ってあげるなどと言わない分、高飛車な態度は改善されたようだけど、それだけじゃ足りないのだ。


「悪いけど、一緒には行けない」

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