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上層へ続く階段

「今のうちに飯を食べよう。念のため火は使わない方がいいだろう」

「そうね。いつ襲われるかわからないもの。少しでもお腹に入れてた方がいいかもね」

「ちょっと、フランも」

「あうぅぅう、シエスはどうしたら…」


 俺はシエスの頭をぽんぽんとたたく。

 シエスは3人の中でも一番エスタと親しくしていた。魔物と戦うときの連携もよくできていたし、シエスは結構彼女のことを好きだったのかもしれない。


「ごめんな、シエス。エスタは俺たちと一緒にいない方がいいんだ」

「でもでも、ここはすごく危ないです。エスタお姉ちゃん一人だと危ないのです」

「そうだよね。私たちも一緒にいたいんだけど、エスタさんは一人の方がいいんだって」

「大丈夫だと思うよ。何となくだけど、あの女は普通に生き残りそうな気がするし」


 フランの言うことに思わず頷く。

 良くも悪くもエスタは生き意地が張ってそうだった。死んでもいい人間なんているはずもないが、本人も死ぬわけにいかないといっていた。


「うぅ、よくわかんないです。本当に、大丈夫ですか?」

「たぶんね」

「……わかったです」


 シエスはしぶしぶと保存食を袋から取り出した。火を使わないので、そのまま齧る。エスタが立ち去ったことに腹をたてた俺は肉を力いっぱい食いちぎった。元の世界で言うところのビーフジャーキーのようなものだけど、保存料とか化学調味料が入ってないので結構うまい。噛めば噛むほどうまみが広がるというのだろうか。まあ、なかなか噛み千切れない厄介だが、今はそんなことはどうでもいい。


「で、エスタがいなくなったけど、マジな話どうする?」

「そうね。エスタさんの索敵能力と罠発見能力は役にたっていましたし。この状況ならできるだけ戦力があったほうがよかったですけど」

「否定はしないけど、いなくなった女のことを話してもしょうがないだろう。俺たち4人で何とかしよう。とりあえず、ネルの魔力がある程度回復したら移動する。ここが何階層かわからないけど、上に向かうしかないだろう。魔物はでかいんだ。エスタの能力に頼らなくてもどうにかなる」

「まあ、そうだよね」


 魔物は目視できるし、巨体が動けば草花も揺れ動くし大きな音が聞こえる。

 トラップに関しても最近は動きながら轟流零ノ型を使えるようにひそかに練習中なのだ。植物は”動かない”のが俺の世界の常識だけど、この世界にはトレントを筆頭に歩き回る植物型の魔物がいるのだ。常識に囚われなければ、使えるんじゃないのかと考えた。戦いのような素早い動きではなく徒歩という比較的遅い動作であれば可能になりつつあった。


 食後の休憩を取りながら、いつものように零ノ型の瞑想を行い落ち着いたところで歩き出した。ネルの魔力的にはまだ半分程度。それでもずっとここにいるのも危険な感じがする。植物が大きいせいか、姿を隠しながら移動することはそれほど難しくはないのも動き出した理由の一つ。


 時折感じる魔物の音や姿から距離を取りつつ進むと上の階層への通じるむき出しの階段が見えてきた。まるで空に浮かぶ雲に通じているような幻想的な白い階段。


「いや、あれはダメだろ」

「うーん。どうなんでしょ。ダンジョンの魔物は階層を跨がないというのがセオリーですし」

「階層を越えないからって階段を上らないとは限らないよね」

「ワイバーンは飛ぶですよ」


 そうなのだ。あんな目立つところを悠長に上っていたらワイバーンに確実に見つかってしまう。階段が安全地帯だと誰かが証明してくれるまで待つか。自らの手で証明するか。二つに一つ。


「行くか」

「やっぱりそれしかないよね」


 ため息交じりにフランが同意する。

 この階層にどれだけの冒険者がいるのかわからないのだ。ダンジョンの地形変更に巻き込まれたのは、俺たちだけではないらしい。かなり離れたところではあるが、戦闘音が聞こえてくる。あれだけの巨獣を相手に立ち向かおうというだけ、相当な高レベルの冒険者なのだろうが。


 あるいは、翼竜狩りに来たという第三王子一行なのかもしれない。彼らならソウの作った最新鋭の武器を持っているだろうし、落下にさえ耐えられたなら十分に通用するだろう。何しろワイバーンすら一撃なのだから。


 とはいえ、数が少ないのは間違いなく。この階層で戦い抜ける連中であればすぐに上に向かうとはかぎらないのだから。強いて言えば単独のエスタは階段を見つけたら上ることを選ぶだろう。もっとも、単独であるがゆえに俺たちと同様に様子見する可能性も否定はできない。


「ほかにいい方法があれば聞くけど」

「シエスが先行しますか。シエスなら見つかっても逃げ切れるですよ」

「行くなら一緒にですよ」

「だな」


 階段の足元まで来ると、その高さに目がくらむ。

 俺の知る限りこれほど高い建造物は見たことがない。空に見える雲も結局のところ偽物に違いないのだけど、本当に天空にまで届きそうなほどだ。

 原生林という雰囲気の空間に不自然に浮かぶ白亜の階段。どういう仕組みか特に支える柱などないのに、100段ごとくらいで折り返しながら上へ上へと続いている。


 階段は人が隊列を組んで上り下りするのにちょうどいい幅と高さでできている。本当にダンジョンというのはわけがわからない。人を殺したいのか活かしたいのか。


 ワイバーンが親指くらいの大きさで空を旋回しているのが見える。かなりの距離があるのは確かだが、彼らの飛翔速度を思えば安全とは言えない。

 さらに遠くでは山が動いていた。よくよく見ればフタゴサウルスのような恐竜型の魔物だとわかる。

 あんなものとはどうやったところで戦いにすらならないだろう。

 そして一キロほど離れたところの森から顔を出しているのは、最初に見つけたギガントサウルスだ。その巨獣が吼えた。


 これだけの距離がありながら、耳を劈き体を震えさせるほどの咆哮に思わず体がこわばった。

 あれはやばい。

 姿を見た時以上に存在力のようなものをはっきりと感じる。


「急ごう」


 あんなものに見つかればシャレにならない。

 何百段、あるいは何千段あるのかわからない階段を足早に上っていくが、周辺の魔物が俺たちに気が付く様子はない。もしかしたら本当にここは安全領域なのかもしれない。ギガントサウルスはどうやら交戦中らしい。遭遇した冒険者には申し訳ないが、俺たちと違って高位の冒険者なら――。


 だが、階段から様子を確認した俺たちの目に飛び込んできたのは累々と横たわる冒険者たち。ギガントサウルスの周辺は草原地帯になっているようで開けた場所になっていた。あの恐ろしい魔物に自ら挑んだのか、あるいは偶然遭遇してしまったのか。

 もとは10人以上のパーティーだったのだろう。6人がすでに地面に付していて、残りの三人は一人を守る様に立っている。

 ギガントサウルスも血を流しているようだが、戦いは明らかにギガントサウルスが優勢だった。


「三人はこのまま上に。結界を張って待っててくれ」

「まさか助けに?」


 目の前の三人と見ず知らずの冒険者。

 どっちが大切なのかは比較するのもおこがましい。

 だが、血を流して倒れている人間を見て何もせずにいられるほど無感動ではいられない。あんな巨獣から救い出すなど奇跡に等しい。それに彼我の距離は1キロ。元の世界にいたころの数倍にもなる人間離れした身体能力があれども1分は掛かる。

 果たして間に合うか。

 否、こうして迷っている時間すら惜しい。


「悪い」


 一言だけ三人に謝って一気にトップスビードへ。

 階段を数段飛ばしで駆け下りて、ある程度の高さからは一気に地面にダイブする。五点着地で転がり衝撃を相殺しながらそのままギガントサウルスの方へと向かう。爆発音のようなものが聞こえ、まだ戦闘が続いていることを、冒険者の生存を知らせてくれる。

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