崩壊
「きゃあああ」
「地震?」
元の世界を基準に考えると震度4くらいだろうか。
「みんな大丈夫か?」
「ええ」「はい」「はいです」
「何してるのすぐに地上に戻るわよ!!」
突然エスタが叫んだ。
理由もわからなが、彼女の気迫に押される形で全員駆け出した。
「どうした?」
「どうしたじゃないわ。わからないの。ここが地上なら地震だってあるわよ。でも、私たちはいまダンジョンの中にいるのよ」
「それって……」
「そういうこと。まったくもって運が悪いわね。おそらくダンジョンの構造が変わるわ」
「マジか!?」
ダンジョンは時々中の構造が変わるという。
だが、それが今か!! というタイミング。どういう風にして構造が変わるのかわからないが、一度すべてが空洞にでもなれば中にいる人間に助かりようがないだろう。
「地震の後はどうなるんだ」
「私も詳しくは知らないわ。でも、聞いた話では地震が何回も繰り返されるそうよ。だから、逆に地震が起きている間は大丈夫ともいえるわね。でも、正確にいつ変化が始まるかはわからないのよ。一週間後か、二週間後か。なんにせよ急いだほうがいいのは間違いないわね」
中がすべて崩れるとしたら助かりようがない。
ここから最短で地上を目指したとしても丸2日は最低でも掛かる。それも休憩を一切挟まないと仮定しての話だ。魔物の一種とされるダンジョンが、探索中の人間がすべて外に出るまで待つとは思えない。予兆があるだけマシなのだろう。
「なるべくみんな離れるなよ」
「「「わかってる」」」
「シエス、道案内を頼む」
「はいです」
いちいち地図を広げている暇はない。シエスの本能に従うよりないだろう。彼女が先行して前を走る。トラップでもあればエスタが発見してくれるはずだ。仲間にした覚えはないけども、こういうとき頼りになるのは間違いない。
揺れは大したことないけども、洞窟型のダンジョンでは地面にところどころ突起があって全速力で走るには向いていない。魔物はダンジョンにすでに吸収されているのか、出てくる気配がないのが唯一の好材料だけど、それは同時に本格的にダンジョンの再構築が始まっているのだと実感させられた。
まだ10階層に潜り始めたばかりだったので、すぐに9階層へと進む階段に差し掛かる。そこで揺れが急に大きくなり、壁や天井が崩れ始めた。
不味いな。どう考えても上まで持たない。
「ネル。土系の魔法は使えるか?」
「やってみます」
俺の意図を察したネルが動き出す。壁が崩れるということは、それらは土魔法の材料になりうる。落下するのが防ぎようがないなら、衝撃に備えるしかないだろう。
「みんな、一か所に」
壁の崩壊がどんどん進んでいく。
壁が崩れるということは、地面も崩れているのだろう。そのうち空中に放り出されるかもしれないと思えば、当然気もあせる。だけど、ネルの魔法構築速度は一流の前に超が付く。
「粘土創造」
魔法の詠唱とともに周囲の土塊を巻き込み、俺たち5人を包み込む土のドームが出来上がる。問題は再構築がどういう風に起きるのか。いったんすべての空間がまっさらになるのか、それとも壁が動くのか。土のドームが壁の一部になってしまったら出られるかどうかわからない。
「きゃぁ」
「うわぁ」
浮遊感とともに俺たちの体が浮き上がり上下が逆転した。天井に足をつけて、みんなそれぞれの手を取り合った。外の様子は見えないけども、地面が砕けて落下しているのだろう。土のドームの中とは言っても落下してしまえばどうしようもない。
ワイヤーの切れたエレベータに乗っていた人間は結局のところ激突死するのだから。
「ネル!!」
「わかってます」
前回落下した時の対処法を思い出したネルが魔法を唱えると周囲を覆っている土が急に水分を含んで柔らかくなった。呼吸できる程度に多少の空間を残して俺たちの体を泥が包み込む。
数舜後には泥が激しく波打った。
口の中に入ってきた泥に思わずせき込む。
最下層に着地したのだろう。だが、その衝撃はすべてネルの魔法が相殺した。土のドームから体を出し、外に出る。それと同時に俺は結界魔法を唱えた。
安全を確保したうえで、周囲を見回す。
「うそでしょ」
目の前の光景を前にただただ呆然とする。
ダンジョンの崩壊から助かったというよりも、絶望の方が大きい。
俺たちの降り立った場所はフィールドタイプのダンジョンで、広大な自然が広がっていた。その中に、明らかに遠近感のおかしな生き物が無数に闊歩している。
映画で見るような恐竜たちのいる世界だった。
魔法都市の近くで見かけたワイバーンやエレファントタートルよりもはるかに大きな魔物が木々の上から顔を出している。
あんなもの人がどうにかできる相手ではない。
「隠れよう」
すぐそばに魔物はいなくても自然に声が小さくなる。魔物が巨大であるように、植物もまた大きい。葉っぱの一枚一枚が幅1メートルはあろうかという草木が生えている。
人の体を隠すところなら事欠かない。
「で、どうしましょうか?」
「シエスは上に続く道はわかるか?」
「うーん。あっちです」
彼女が指さすのはまさにティラノサウルスのような魔物がいる方角。だけど、少なくとも向かうべき方角がわかるというのは大きい。
「それって、信用できるの?」
「シエスの感覚は本物だよ」
疑うような目を見せるエスタに、袋ウサギだとは答えられないのでフランがそう答えた。
「信用できないなら、別行動すればいい」
「何もそんなこと言ってないでしょ」
「喧嘩している場合じゃないですよ」
「わかってるわよ」
「ああ、すまん。それであの辺の魔物について知ってるか?」
「聞いたことがある程度ね。やたらとデカいのがギガントサウルス。巨獣系の魔物は人間を無視するものが多いけど、ギガントサウルスは肉食で好戦的よ。そもそも、ダンジョンに出現する魔物は総じて好戦的なんだけどね」
「つまり見つかったら襲ってくるってことだな。それで、鼻が利くとか、耳がいいとかそういう情報は?」
「特にないわ。気付かれさえしなければやり過ごせると思う。皮膚は堅いしっていうか、そもそも普通の剣や弓じゃ話にならないもの。けど、アイツには魔法とか特殊な力もないわ。まあ、そもそもあれだけの体格なら踏まれるだけでこちらは致命傷を負うわね。そういう意味じゃあ、ワイバーンとかの方が普通に危険かもね」
見える範囲にいるのは、ワイバーンにギガントサウルスだけだが、大きな樹木の奥からは聞いたことのない獣の唸り声が聞こえている。いくら木々が生い茂っているとはいっても、魔物たちは動かないわけではない。隠れているといって遭遇しないとは限らないのだ。あれだけの巨体が動けば音や気配に気付けるとは思う。
問題はこれからどうするかだろう。
エスタを仲間として認めたつもりはない。でも、この状況でそんなことは言っていられないだろう。だとしたら彼女に何ができるのか、それを確かめるのが先決だと思う。
「ここから無事に脱出するために、エスタに聞きたいことがある」
「なにかしら」
「エスタは何ができる?」