探索は順調に
ダンジョン10階層に到達した。
ここまで来ると、ほかの冒険者をほとんど見なくなった。
ちなみに、エスタも一緒である。彼女のスカウトとしての能力は本物らしく、ことごとく罠を看破していく。それに索敵能力も高く、俺やシエスが気付くよりも早く魔物の接近を知らせてくれる。そう、最初は俺たちの後をこっそりとついてきていたはずなのに、いつの間にかスカウト役として先行している。
仲間にした覚えはないんだが。
「大型の魔物が3体、左の通路から来るわ」
エスタに言われて拳をにぎる。
10階層はフィールドダンジョンになっていた。じゃあ、なぜ通路というのかといえば、俺たちがいるのは亀裂の入った岩の通路を歩いているからだ。上は抜けていて青空が見えている。8階層以降の魔物は大型化していて大体が10メートル前後の巨体だった。
岩壁の向こうから現れたのは、見た目だけならニースの村に出たオーガに似ている。人と同じような姿に鋭い角を生やしている。ただし、大きさは比べるべくもない。おそらく身長は8メートルほど。皮膚は硬質化していて、天然の鎧となっている。
「オーガナイト!!」
エスタが下がりながら、弓につがえた矢を次々に放った。一本も外すことなくオーガナイトへと吸い込まれるかに見えたが、オーガナイトの持つ中華包丁のような刃物がやすやすと弾いた。
だが、ここまで深い階層に来れば、エスタの先手が弾かれることなど茶飯事だ。
恐れることもない。
オーガナイトの膝丈もないシエスは、一瞬で肉薄すると背後に回りナイフを一閃する。力の不足しているナイフはオーガナイトの皮膚を数ミリ切り裂くが、大したダメージではない。
他の二体に魔刃を叩きこみ、牽制しつつフランが回り込み背後から膝裏に剣を叩きこむ。しかし、彼女の斬撃を読んだオーガナイトは中華包丁でフランの剣を受け止める。
否、そのまま振りぬかれてフランが弾き飛ばされた。俺はすぐに彼女が壁に叩きつけられないように受け止める。
ドンと、音を立てて振りぬかれたはずの腕と中華包丁が地面に落下する。タイミングを見計らっていたネルのウインドカッターがオーガナイトの腕を切り裂いたのだ。出会った当初、グレートスコーピオンの外殻を切り裂くのに苦労していた時とは比較にならないほど、彼女の魔法の威力は向上している。
俺たちの中で最大の火力を持っているのは彼女に間違いはないが、魔力の消費を抑えるため最大限の力でやすやすと魔法を行使することはない。
まあ、それはフランもシエスも、もちろん俺も同じだ。
腕を切り落とされたオーガナイトが雄たけびを上げてシエスに殴りかかろうとするが、オーガナイトではシエスのスピードには及ばない。3体のオーガナイトの間を駆け抜けながら、細かな傷を増やしていく。フランはネルが魔法を使うための隙を生み出すために、真っ向からオーガナイトに挑みかかる。
しかし、彼女の膂力でそれは厳しい。
真正面から攻撃を受けそうになると、タイミングよくエスタの矢がオーガナイトに突き刺さる。彼女は数種類の矢を持っているらしい。通常の矢だけでなく、火炎を纏う矢に、着弾と同時に氷結させる矢、貫通力に優れた矢、俺が知っているのはそれだけだが、おそらくまだあるのだろう。
それらを駆使して彼女は援護に徹する。
しばらくみんなの動きをフォローしつつ、見ていたけどもやはり3体もいると荷が重そうだったので積極的に攻撃に移る。三体のうちの一体に狙いを定め背後に回り込むと膝裏を叩いた。
オーガナイトが膝を落としたところで、わき腹に蹴りを叩きこみ、さらに上体を落としたところで胸を穿つ。オーガナイトの皮膚が鎧のようになっていたとして俺の打撃は鎧を通す。
直接的に心臓を殴られたオーガナイトは一見すれば外傷なしに沈黙する。
エスタが俺の方を見て動きを止めるが、シエスとネルとフランは気にすることなく二体となったオーガナイトを翻弄する。一体とフランが切り結び、もう一体はシエスが相手をする。
シエスとオーガナイトではライオン対チワワって感じだけど、オーガナイトはシエスの動きにまるでついてこれていない。スピードで翻弄しながら、少しずつ少しずつ傷を増やしていく。そこにエスタの弓が猛威を振るう。
膂力の勝るオーガナイトの上からの斬撃を受けられるはずもなく、フランは軌道を読んで躱しつつ懐へと入る。間合いに入ったフランは剣を薙いで、オーガナイトの膝の上を一閃する。硬い皮膚もなんのその、ぱっくりと肉が開き血が噴き出す。
激痛に一瞬動きを止めるオーガナイトへ、上に向かって魔刃が襲い掛かる。胸元を大きく切り開かれて、雄たけびを上げたところで風の刃がオーガナイトの首をはねた。
言うまでもなくネルのウインドカッターだ。
フランが引き付け、ネルが魔法で攻撃するというスタイルはいまだ健在だった。
シエスの方に視線を戻せば、アキレスけんを切られたオーガナイトが地面に転がっていた。そうなると背の低さは問題にならない。壁を蹴り上げて、中空に飛び上がったシエスが魔法のナイフに魔力を注ぎ込む。
魔力が充填されたナイフは、急激に重さを増してシエス諸共一気に地面へと落下する。転倒していたオーガナイトは上から落ちてこようとするシエスをまるでハエを払うかのように腕を払った。
そこにエスタの矢が飛来する。
矢はオーガナイトの掌に突き刺さるとそのまま貫通して壁をえぐる。腕を弾かれ、がら空きの顔面に落ちてきたシエスのナイフが脳を突き破る。
かっと目を開いたオーガナイトはそのままの表情で動きを止めた。
「みんな流石だな」
「いや、あんたも中々やるじゃない。それでこそ私の仲間にふさわしいってものよ」
「誰が仲間だよ」
「ふふ、でもエスタさんのおかげで助かってますよ」
「エスタお姉ちゃんの援護なかったらシエスはぺちゃんこでした。ありがとうです」
「いいのよ。仲間だもん当たり前じゃない。シエスちゃんは素直でいいわね」
そういってシエスの頭を撫でるエスタを横目に俺はフランの腕を引っ張る。
「なあ、俺がおかしいのか?」
「ああ、うん。大丈夫。私もあの女はおかしいと思っている。というか、ネルもシエスもおかしいと思うけど」
「だよな。そうだよな。あー、よかった。俺だけおかしいのかと思ったわ。なんで、あいつは普通に俺たちと一緒に行動してるんだ? しかも、仲間とか言ってるんだけど、どういうこと?」
「うん。いつの間にかスカウトとしてうちらの前を歩いてるしね。スカウトとしては優秀なのはわかるけど、何なんだろうね」
呆れたようなため息を二人でつく。
ちょっと常識が崩壊しかけていたのでほっとした。少なくともフランだけは俺と同じ考えらしい。
オーガナイトの肉体がダンジョンに吸収されて、紫色をした大きめの魔石が残る。連中の使っていた特大の中華包丁も転がっていた。それらをシエスが拾い上げ、さあ先に進もうかというところで地面が大きく揺れた。