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高飛車エルフ

「お一人ですか」

「いまは」


 意味深な言い方が引っかかる。仲間は魔物の群れに殺されたのだろうか。俺たちの周囲を取り囲むシルバーウルフは結界を破ろうと爪や牙を立ててくるが、今のところビクともしていない。このまま攻撃を受け続ければ、いずれ破られると思うけどもうしばらくは大丈夫だろう。


「ちょっと、蹴散らしてくるわ」


 軽く腕を回して、手足のうごきを確認して動き出す。基本的な戦闘は三人に任せているので俺の出番は少ない。そうなると俺のレベルがいつまでも上がらないので、これはこれでいい機会なのだ。


「相変わらず簡単に言うわよね」

「まあ、それがイチロウだしね」

「ちょっと、あなた達止めないの? あの数を見たらわかるでしょ」

「お兄ちゃんなら大丈夫ないのです」


 慌てたエルフにシエスが力強く言い切った。40頭近くのシルバーウルフとの混戦ともなると、フランやシエスではちょっと厳しい。ネルの魔法なら一発で半分くらい倒せそうな気がするけど、そうなると守りが薄くなる。となると、俺が出るのが手っ取り早い。

 

 結界の境界を潜り抜けると同時に、地面を蹴りシルバーウルフの懐に潜り込むと拳を一発叩きこむ。顎骨を砕き、そのまま脳天まで衝撃が突き抜けシルバーウルフは静かになる。

 別のシルバーウルフが咆哮を上げて、鋭い爪を俺に叩きこもうとするが遅い。

 巨体から繰り出される一撃がどれだけ重たくても、当たらなければ意味がない。


 左右から迫りくる牙や爪を躱し、隙をついて打撃を重ねていく。さすがに不意を突かなければ一発で沈めることはできないがそれでも、四肢のいずれかを砕き機動力を抑え込む。


 5階層や6階層に出没する魔物に比べて身体能力は高いようだけど、状態異常系の攻撃をしてくるわけでもないただの力任せの魔物であれば、取るに足らない。

 奥義を使うまでもなく蹂躙する。


 結界の中にいるエルフは、素手で戦う俺の動きを見て驚いているようだ。ウォーハンマーで魔物の巨体を打ち上げる冒険者を見たことはあっても、拳一つでシルバーウルフを殴り飛ばす冒険者を見るのは初めてなのだろう。


 残りが5体まで減ったところで、フランが魔法剣を手に飛び出してきた。それをみてシエスがウズウズしだしたので、ネルが結界を解く。いきなり結界が消えたことにエルフが驚いたけど、理由は説明できないのでネルもまた攻撃系の魔法を組み始めた。


 俺は残敵掃討をみんなに任せてエルフの近くに戻った。万が一撃ち漏らしが来た時のための護衛のために。


「なんなの? なんなのよ」


 目の前の光景が信じられないとばかりに唇をわなわなと振るわせて独り言をつぶやく。戦闘が終わり、魔石を回収したみんなが戻ってきたところでエルフが、上から目線で言った。


「あなた達、中々やるじゃない。私はエスタ。あなた達のパーティに入ってもよくってよ」

「いや、間に合ってます」


 もちろん、却下した。

 っていうか、なんでこの女は偉そうなんだと思っているとネルが「エルフは自分たちが人より上位の存在だと言っているんです」と耳打ちしてくれた。人より長命で、神に近いとかなんとからしいが、そういう問題だろうか。


「エルフである私が入ってあげるといっているのよ。それに、あなたたちのパーティにはスカウトがいないのでしょ。罠の探知や解除なら任せなさい」


 何を根拠にスカウトがいないと見抜いたのかは不明だが、実際俺たちが欲している職種ではある。だからといって、誰でもいいわけではない。三人とも心底嫌そうな顔をしていたので、もう一度はっきりと拒否しておく。


「だから、間に合ってます」


 こいつが一人で魔物から逃げていたのは、仲間が死んだからじゃなくてこの高飛車な態度が原因でパーティを追放されたんじゃないだろうか。


「あなた達もなかなかやるみたいだけど、弓の腕なら任せなさい。ランクはCだけど、Bランクにも劣らない自信があるわ」

「人の話を聞けよ」


 ”なかなかやる”と上から目線でいうのなら、自力でどうにしろよ。


「とりあえず、魔物の群れはいなくなったんだからあとはご自由にどうぞ。魔石はもらいますけど、いいですよね。行こうか」

「そうね」

「ちょ、ちょっと。私が入ってあげるといっているのよ」


 エルフの言葉は無視して歩き出す。

 

「お兄ちゃん、いいのですか」

「いいのいいの。ああいうのは関わったらダメな奴だから」

「そうそう、とりあえず助けたんだから十分でしょ」

「でも、一人ですよ」

「弓の腕には自信があるそうだから、大丈夫じゃない?」

「っていうか、ついてきてますよ」

「みたいだな」


 すたすたと歩いていく俺たちの後方10メートルくらいの位置をエルフがなぜかついてくる。角を曲がれば当然同じ方向に。そして、軽く小走りしてみれば、やっぱり小走りになってついてくる。


 めんどくせぇ。


 正直に上層まで連れて行ってほしいと頼まれたら、仕方ないかなと思う。けども、わざわざ、こっちから話を振る気にはなれない。俺は狭量なのだろうか。


「どうします?」

「向こうが頭を下げない限りは無視で」

「意外ね」

「そうか?あの女の態度が悪いと思うんだけど」


「ちょっと待ちなさい!!」


 黙ってついてきていたエルフが突然大声を上げた。


「どうした」

「その先は危険よ。罠があるわ。私を仲間に入れるなら、解除してあげてもいいわ」


 どうして、この女はこんなに高飛車でいられるのだろうかと不思議でならない。俺は轟流零ノ型を発動する。すると、俺の体から伸びた魔力の糸が罠をつかむ。

 20メートルほど先まで行くと天井からつららのような岩柱が落下してくるらしい。なので近くの石ころを拾い上げて、岩柱を破壊する。


「はっ? えっ? うそでしょ」


 唖然としたエルフが口を開けて間抜けな顔をさらす。

 そんな顔でも美人が崩れないというのは確かに神秘的だ。


「行こうか」

「そうね」

「だから、ちょっと待ちなさいよー。なんなのよ。何なのよ、あなたね。なんであそこの罠がわかったわけ」

「イチロウだしね」

「そうそう、そういうこと」

「意味わかんないわよ。だいたいね、私はエルフなのよ。エルフが仲間になってあげるっていってるのよ。喜びなさいよ」

「っていうかさ、あんた今までよくそれでパーティ組んでいられたわね」

「そうですよ。そんな上から目線だと、普通嫌ですよ」

「エルフは偉いですか」

「偉いわよ。だってエルフなのよ。神の血の流れる高潔なる種族なのだから偉いに決まっているわ」

「それって、何の根拠もないでしょ」


 神の血云々はエルフが言っているだけで、根拠はないそうだ。エルフたちの中に言い伝えとして残っているだけで、長命といっても神話の時代から生きているエルフがいるわけでもないのだから。そもそもエルフの言う神は、人族の信仰である四柱とは別物らしく、仮に神の血を引いていても人族からしたら「それがどうかしたの」というレベルらしい。


 だいたい神の血が流れている割には、普通の人族と根本的に同じで寿命が長い以外に特別な力はない。人より魔力が高いとか、特別な魔法が使えるとかではないそうだ。もちろん、人より長命な分、経験豊富で高レベルのものは多いらしいが。

 だけど、それだけだ。


「こ、根拠ならあるわよ」

「エスタさん。私たち冒険者は命がけで戦っているんですよ。仲間というのは信頼関係があって初めて成り立つものです。でも、私はエスタさんに背中を預けたいとは思いません」

「エルフが信用できないっていうの」

「エルフ"が"ではなく、エスタさんがです」

「一人でダンジョンの外に戻れないんでしょ。だったら助けてって言えばいいのよ。私たちだって鬼じゃないんだから、助けてって言われたら無下にはしないわよ」

「そうなのです。お兄ちゃんはやさしいです」


 優しいのはフランとネルだな。

 俺としてはそんな言葉すら掛ける気はなかったから。

 あとは、エスタがどうするか。「助けて」と口にできるかどうか。できなければ、放っておくしかない。たったそれだけのことなのに、エルフとしてのプライドが邪魔するのか、唸り声を上げるようにしながらたった一言が口にできないらしい。


「じゃあ、そういうことで」


 そういって、すたすたと歩き出すとフランとネルにシエスが付いてくるのは当然としてエスタもまたついてくる。いい加減にしてほしいものだ。そうこうしていると、当然魔物も現れる。すると、俺たちの邪魔にならない程度に得意の弓を使って勝手に援護してくる。


 言うだけのことはあって、その腕は正確無比で狙いを一度として外すことはない。まあ、腕が立つからといって仲間に入れる気はないのだが。

 さんざん言っているのにエスタはあきらめることなくついてくる。そんな状態のまま、俺たちは8階層までやってきた。

 体感的に夜になった感じがするので、結界を張って野営する。

 エスタはしれっと結界の隅っこに座っている。結界は魔物を弾くけども、人は受け入れるので勝手に入ることも可能だ。


 本来、別の冒険者の張った結界に入ることは法律があるわけではないけども禁止事項である。それでも、食料やお金と引き換えに入らせてほしいという冒険者がいないわけではない。そういう場合は、よほどのことがない限り受け入れている。

 とはいえ、エスタのように勝手に入ってくるのを許すつもりはないのだが、このエルフ、繊細な顔つきとは裏腹に神経が図太い。


「ねえ、私の分は?」


 フランがスープを温めていると、結界の隅っこどころか堂々と焚火の中心にまで来ると食事を要求しやがった。人はどうすればここまで自己中になれるのだろうか。俺もフランに自分勝手と時々なじられるけど、ここまでひどくはないと思う。


「あるわけないだろ」


 ダンジョン攻略は日帰りではできない。

 だから、帰りの行程分も含めて必要な食料を冒険者は持ってきているのだ。マジックバッグがあるからといって、余分なものなのない。


「これ、食べるです」


 俺は断ったのだけど、シエスが高飛車エルフにお椀を手渡した。それを受け取ったエスタがさも当然とでもいうように、焚火の近くでスープを口にする。せめてありがとう位言えないものか。


「シエス?」

「空腹はつらいです。悲しいです」


 初めて会った時、餓死寸前だったシエスに言われてはさすがにエスタからお椀を奪うことはできなかった。


「大丈夫ですよ。食料はまだ余裕ありますから」

「ったく、シエスもネルも甘いよね」


 フランもそんな風に言いながら、エスタがスープを食べるのを止める気はないらしい。なんていうか、俺だけが騒いでいるようで三人は、何だかんだと彼女を受け入れ始めているらしい。

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