追われるもの
ダンジョンに再トライして7日目。
俺たちは8階層までたどり着いていた。
フランは獅鋼と呼ばれる白銀色をした軽鎧を装備している。籠手や脛あて胸当てだけのいわゆる部分鎧と呼ばれるもので守られている部位は少ないが、その分動きを阻害することないので彼女の戦闘にはあっている。もちろん、今までの革製の鎧と比較すれば防御力は格段に上がっている。中級の魔物の牙や爪、斬撃を防ぐし衝撃を吸収する効果も高い。
ネルのローブは久瑠絹と呼ばれる布で作られたもので、刃物に強いだけでなく不思議なことに衝撃が布の表面を流れるらしく打撃にも強いらしい。
シエスは同じく久瑠絹で作られたジャケットとハーフパンツ。久瑠絹はそれだけ高性能でありながら、軽量なためシエスの装備としてもぴったりだった。
そしてナイフも新調した。
三人分の防具類を購入しても、お金がそこそこ余ったので二種類のナイフを購入した。一本は魔力を込めることで切れ味を上げ、もう一本は魔力を込めると重くなるのだ。体重の軽い彼女の攻撃に重さが増すことになった。これはもう言うまでもなくかなりの戦力の増強となった。
三階層や四階層で苦労したゴーレムだが、シエスの攻撃が通じるようになったのだ。
もちろん、俺の装備も一新している。
教会に顔を出している間に彼女たちに見繕ってもらっていたものを、あとからサイズ調整したのだ。俺のは魔縞革という魔物の革製のジャケットにパンツを着ている。別に縞模様になっているわけではない。黒革のものでなかなかかっこいいと思う。中に来ているシャツはネルやシエスと同じ久瑠絹製で着心地がいい。
さらに鋼鉄入りのブーツやグローブもあるので単純な攻撃力も上がっている。
そういうわけで、俺たちは順調にダンジョンを進んでいる。
斥候役であるスカウトがいない件に関しては、隊列を変えることで対応している。単純に俺が三人から少しだけ距離を取って先行しているのだ。
トラップが発動しても、俺だけなら罠にかかる前に対応できるからだ。落とし穴が開いても、落ちる前に飛べるし、毒ガスや毒矢のトラップも喰らう前に逃げられる。ということがわかってきた。
8階層までの地図は手に入れているので、それをもとにそれぞれの階層を隅々まで探索して宝箱を探したり、魔物を倒したりしながらの8階層である。
魔道具はひとつも手に入れていないけども、宝箱はここに来るまでに四つ。三つは銀のインゴットで、もう一つはただのナイフとあまり価値のあるものはない。それからダンジョンに吸収される前に素材を手に入れる作戦は失敗した。それでも、魔物を倒して手にはいる魔石はそこそこ集まっている。
「目を閉じて。意識をしながら呼吸をするんだ。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。呼吸はゆっくり静かに」
結界を張って昼の休憩を取りながら、俺はシエスとフランに轟流の基礎を教えている。シエスに魔力の流れをつかめるようにするために教えることにしたのだけど、フランもそれに参加してきた。
シエスの素早さのように特化したもののないフランは戦闘における力不足を感じているらしい。それで少しでもと思っているのだろう。
ネルはその様子を時々見ながら、魔法書を読んでいる。もうすでに魔導回路を弄れるほどに理解しているはずなのに、勉強熱心なことだ。
「呼吸が落ち着いてきたら、そのまま世界と同調するんだ。足の下にある地面のさらに下。地中深く、この星の核にまで根を張るイメージを持って、自分を一本の大木だと思え。木にも意識はある。木は目でものを見ない。木は耳で音を聞かない。木は鼻でにおいを感じない。でも、木は周囲のすべてを識っている。五感でなく魔力で周囲を感じ取れ。体の中心に渦巻いている魔力の手を伸ばして周囲を見ろ。聞け、感じろ」
轟流の基礎ではあるが、一朝一夕で身につくものではない。
それでもフランもシエスも剣に魔力を通すことはできるのだ。魔力を感じてコントロールすることは無意識の中ではできている。あとはそれをもっと意識的に、細かくコントロールできるようになればいい。
二人の中で魔力がきれいに循環しているのがわかる。
魔法使いであるネルは自然に行えているけども、フランもシエスも普段は魔力が無駄に体から漏れている。循環できていないから、戦闘時に無駄な魔力を消費している。魔法使いでない二人の魔力は数値的にネルの半分程度。そのうえ少ない魔力を無駄にしているのだ。
魔法の剣やナイフに込められる魔力が多ければ、それだけ戦闘には有利に働くし。攻撃にはすべからく魔力が乗っている。無駄がなくなれば、その分攻撃力は増す。
ステータスの数値に現れない熟練度のようなものだろう。
そこに同じレベルでも優劣が付く結果となる。
「とりあえず、この辺にしとこうか」
瞑想をし始めてすでに10分程度。慣れないうちは集中力を使い疲労してしまうものだが、体得してしまえば短時間で体力の回復にも使えるようになる。まあ、そこに至るには時間がかかるだろう。
「ふう」
「はぅう。つかれたです」
額に汗を浮かばせた二人が腰を地面に下す。
「お疲れ様」
ネルがコップに入れた水を二人に渡す。
「もうちょっとで掴めそうな気がするんだけどね」
「気長にな。すぐに身につくものじゃないんだ。少なくとも、瞑想で疲れているうちは無理だな」
「そうなの……いや、そうなのかもね」
「シエスも頑張るです」
「うん。その調子」
「それじゃあ、もう少し休憩したら進みましょうか」
5階層からは洞窟型のダンジョンが続いている。
5階層と6階層は植物系の魔物と虫系の魔物が多かったが、7階層に入ってからは動物型の魔物に代わっていた。
シルバーウルフという体長3メートルくらいの銀毛の狼に、懐かしいサルのような化け物アヴィだ。複数で来られると厳しい戦いを強いられることはあるけども、まだ俺たちの敵ではない。ダンジョンを進んでいてわかったことなのだけど、魔法使いがパーティにいるというのはかなりのアドバンテージになるらしい。
ダンジョン内ですれ違う冒険者のほとんどに魔法使いがいなかったのだ。
魔法使いがいない場合ダンジョン攻略がどうなるかというと、俺たちのようにどこでも結界を張って休むということがなかなかできない。
結界魔法を封じ込めた魔石もあるらしいが、高額商品のうえ回数制限があるそうだ。そのため見張りを立てて休むことがほとんどだといっていた。
俺たちはネルだけでなく、結界であれば俺も使えるためほかのパーティに比べてかなり有利にダンジョン攻略できているそうだ。しっかりと休息が取れる分、疲労の蓄積が少なく攻略速度が速いらしい。
休憩を終えて歩き出した俺たちの前に現れたアヴィを、シエスが駆け抜けながらナイフで足を切りつけ、動きを止めたところでフランが切り捨てる。魔法の準備をしていたネルは結局何もしないまま魔道回路を霧散させる。
俺たちの戦闘はおおむねこんな感じで進んでいる。
もちろん、数が多いときはネルの魔法が炸裂するし、俺も攻撃に加わる。
ほかの冒険者の話だと、この辺はレベル40前後が適正らしいので、フランたちにしてみれば格上の相手のはずだが単体であれば何も問題はない。
そう、単体であれば。
「足音がたくさん聞こえるです」
耳の大きなシエスが通路の先から聞こえてくる無数の足音を真っ先に捉えた。 少し遅れて地響きのよなドドドドドォという音が俺たちのところにも届く。
シルバーウルフかアヴィが集団で走っているのだ。
「誰かが襲われてる?」
魔物がそんな風に走ってくるのは、獲物を追いかけているからだ。通路の先に魔物の群れを見つけたときには、その先頭に冒険者らしき人物が必死の形相で走っていた。背後から迫ってくるシルバーウルフは10や20では足りないらしい。
逃げているのは一人だけだが、ほかの冒険者はどうしたのだろう。
さすがに一人でここのダンジョンに潜るとは思えない。
「ネル、結界を」
俺が指示するまでもなく彼女は魔道回路の構成を始めている。シルバーウルフの巨体にあの勢いで突っ込まれたら一溜りもない。かといって今から逃げてもすぐに追いつかれるだろう。ならば、迎え撃つのが正解。
「あんたたちも逃げなさい」
動かない俺たちに気付いた冒険者が叫ぶ。
シルバーウルフに追いつかれずに逃げている彼女の脚力はなかなかのものだが、どこまで持つかはわからない。彼女が俺たちのそばに到達した瞬間、ネルが結界魔法を展開する。
突然の結界に逃走者はたたらを踏み、魔物たちが次から次に結界に激突して轟音を響かせる。ネルの結界の強度が増している。
中級の魔物の全力での体当たりだ。
最初のころに使っていた魔術回路では破られる可能性があったと思う。
とりあえず動きを止められればいいかと思ったが、結果はそれ以上。
「ふぅ。ありがとう」
息を落ち着けた冒険者が顔を上げる。
色白で小柄できれいな女性だった。
「助けてくれたことは感謝するけど、あんまりじろじろ見ないでくれるかしら」
「悪い」
思わず目を反らしてシエスたちのほうに視線を戻す。
でも、気になるのは人形の様に整った顔立ちで隣に立つ女性冒険者だった。耳の尖った美形、言うまでもなくファンタジー世界のド定番エルフ族。初めて見るその姿に見とれないはずがなかった。