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武神の教会と変態司祭

 中級を相手にすると力不足感のあるシエスの戦力強化と、フランとネルの防具を見繕うために武器と防具のお店に来ていた。スカウトを雇うことを諦めたわけではない。ギルドではスカウト募集のチラシは貼らせてもらっているし、八階層までの地図や出没する魔物の情報などはお金にものを言わせて手に入れた。それでも金銭的余裕はかなりあった。


「これなんかいいんじゃない」


 フランが手にしたのは、魔力を込めることで切れ味のよくなるシンプルな魔法のナイフだ。フランの持っている魔法剣と違って魔刃を飛ばせない分、値段も安い。ほかにも毒やマヒといった状態異常の追加効果のある魔法剣があったけど、シエスの場合は単純に切れ味がよくなるだけでもだいぶ違うだろう。とりあえず、保留にして先に進む。


 みんなの防具も選ばないといけない。

 特に必要なのは前衛を務めるフランとシエスだろう。最近のフランは魔法剣を使って魔刃を飛ばす戦術をとることが多くなっている。それは単純に魔物のレベルが高いことがあるのだ。現在の装備では攻撃を受けると致命傷となりかねない。彼女の体捌きや剣術の技術は上がっているので、直撃を受けることはそうそうないが、優れた防具があるかないかで、あと一歩踏み込めるかに違いが生まれてしまうのだ。


 ネルは元々初級の治癒魔法しか使えないはずだったのに、いつの間にか骨折などの大怪我も治せるようになっている。だからといって怪我をするのが平気なわけではない。だから、フランは守りに入っているし、シエスは恐れを知らないのかスピードを生かして敵の懐に潜り込むけども、いつ致命的なダメージを受けるかわからないのだ。


 そんなわけで二人の防具を中心にいろいろとみていく。

 しかし、冒険者というのはどうしても男性が多いのだ。そのため女性用の防具というのは数が少ない。追加料金を払えば寸法調整は可能らしいけど、シエスに至っては一からの作り直しに近い。


「イチロウはいいの」

「俺はいいよ。みんなを優先してくれ。それと俺はちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな」

「いいけど、どこ行くの?」

「野暮用」


 さすがにまだ”勇者”だと口にする勇気のない俺はそういってお店を後にした。

 ゴーレム戦に関して言えば、思うところがないわけではないけどまだやれることはある。『武神の加護』というものの正体がわかれば、俺の戦力はそれだけでアップする可能性がある。ここはダンジョンの街だ。それゆえ武神を祀った教会もあった。

 教会である以上、祈りの言葉の一つや二つ教えてもらえるのじゃないか思っている。


 この世界には4柱の神がいる。

 それとは別に創造主がいるそうだが、その存在は神話創世記の中に登場するが地上に暮らす人々にいかなる影響も与えない。

 武の神以外には、命の神、智の神、冥の神と在る。

 武神はそのまま戦いの神で、命の神は生命の誕生と死、光をつかさどる。智の神は法や規律、技術などを、冥の神は混沌、闇、魔をつかさどる。魔物の存在もまた神の意思ということなのだ。

 ほかの三柱の神々と比べて武神というのは少しばかり異質だと思うのは気のせいだろうか。


 戦いの神とは何だ?

 神は戦いを、争いを望んでいるということだろうか。

 

 疑問を抱えたまま、武神を祀る教会を訪ねた。

 思い描いた教会とは異なり、そこはコロシアムのような場所だった。それほど広い場所ではない。闘技場は半径10メートルほどの円形で、取り囲むように階段状の椅子が5段あるだけだ。屋根すらもないような簡易的な建物で、そこでは上半身裸の男たちが古代ギリシャのパンクラチオンのように何でもありの格闘をしていた。この世界には格闘家なんていないという話じゃなかったのだろうか。


「それで何用ですかな?」


 服を着ていてもわかるほどの分厚い筋肉の鎧をした司祭が、なぜかボディビルダーがやるようなポージングをしながら質問をしてきた。本当に司祭なのか、こいつは?


「武神への祈りについて聞きたくて」

「祈りならいまご覧になっているのでは」


 そういいながら、司祭がポージングを変化させる。

 まさか、彼のやっている筋肉アピールが祈りだというのか。

 確かに武神への祈りと言われたら、そんな雰囲気はあるけども正直遠慮したい。なんで神に上腕二頭筋や僧帽筋を奉筋しなければならないのだ。


「祈りの言葉やそういうのは」

「はて?」

 

 おっさん、なんでしゃべるたびにポージングを変化させる!!

 というか、いつの間に上着を脱いだ!!

 大胸筋をぴくぴくさせるな!!


「我々、武神の信徒は拳で語るもの。肉と肉のぶつかり合う音、筋肉が唸り、骨の軋む歓喜の声こそが神への祈り。血を! 汗を! 捧げるのです」


 しゃべりながらズボンを脱ぐんじゃねぇ!!

 いつの間にか司祭の周りに暑苦しい男たちが集まり、同じ様に裸になって筋肉賛美を始めている。 来る場所を間違えたのかもしれん。

 どう考えても、武神がこれを求めているはずはない。

 というか、求められても嫌だ。


「念のために聞くけど、ここは武神インガ様を祀っているんですよね」

「然り、然り。我らの神は武神インガ様ですぞ。さあ、あなたも脱ぐのです。そして、中央で神への祈りを捧げましょう。初めはこの私がリードして差し上げます」

「遠慮する」


 キモいわ!!

 俺の手を引こうとする司祭の手を振りほどく。

 ポージングでなく、上半身裸での殴り合いこそが神への祈りということなのだろうが、司祭と戦いたくはない。試合そのものは別にいいのだ。他の道場との他流試合なんてものは日本にいたときから幾度となく経験はある。

 ただ、目の前のおっさんと戦うのが何となく嫌なだけだ。それに確実に神の求めているものとは違うと断言できる。素手での戦いはずっとやってきたことだし、何よりダルウィンのダンジョンで神は直接語り掛けてきた。そこで「祈りを捧げよ」といったのだ。殴り合いが答えのはずはない。


「ほかに祈りを捧げる方法はないですか?」

「神が求めるは奉納死合のみ」


 ないのか。

 この筋肉だるまとヤルしかないのか。

 周りの熱も高まっていて、なんとなくこのまま出られないような雰囲気が形成されている。

 ああ、くそったれ。


「わかった」

「それでいい。さあ、脱ぐのです」


 俺が上半身裸になると、男どもの歓声が上がった。

 目の前の司祭の目がキモい。

 あの、ソッチのヒトではないですよネ?


「ほほう、素晴らしい筋肉ですな。これはインガ様もお喜びになられる」


 なぜ、うっとりとした目で見つめてくる。喜んでいるのはお前じゃないのか。むしろ、神が筋肉を見て喜ぶというのなら、もう『武神の加護」なんかいらない。


「さて、新しき信徒よ」

「まだ、入ると決めたわけじゃあ……」


 入信するといったわけじゃないのだけど、そういって急にまじめな顔になった司祭が話し始めた。


「初めてではわからぬだろうから、私の真似をしなさい」


 闘技場の中央で司祭と向かい合いと、彼が両手の拳を握りしめボクサーが打撃を防御するように顔の前に両腕を上げる。


 なんだ、ちゃんと儀式らしきものがあるじゃないかと思いながら、彼の真似をする。


『武の神、インガ様。御身のお力を我がもとへ』


 司祭が両手の拳を二度打ち付け合った。そして右足で地面を打ち鳴らす。

 司祭の動きを真似して、彼の口にする言葉の後に続く。


『武は力なり、武は勇なり、武は守なり、武は全なり、武は一なり、武は道なり』


 意味はさっぱりわからない。

 ただ、言葉を口にしているうちに、体の中から力が湧き上がってくるのが感じられた。ダルウィンで、ボロボロになりながら立ち上がることのできたあの時のように。


『我は誓う この力は守るため

 我は誓う この力は倒すため

 我は誓う この力は終わらせるため』

 

 再び拳を二度打ち鳴らし、拳を合わせたまま黙とうする。


『我が拳は岩を砕き

 我が爪は鉄を切り裂き

 我が足は大地を揺らす

 我が肉体はあらゆる攻撃をはじき返す。

 我、武神の僕として目の前の敵を打倒し、その肉を、その血を、その骨を、捧げ奉る』


 ……。

 ……。

 静かになったので、うっすら目を開けてみると司祭が地面に拳を打ち付け片膝立ちになっていたので、慌てて同じようにする。

 祈りの言葉の途中から丹田のあたりで渦巻いていた力が全身に駆け巡った。

 力が沸き起こる。

 限界突破をしたときのようでもあるが、これが自分の中にあるものではなく借り物の力だというのがわかった。


「……なんだ、それは?」


 立ち上がり目を開けた司祭が、俺を呆けたように見ていた。


「どうかしたのか?」


 俺が自分自身を見てみると、限界突破時にスキル発動の赤いオーラを発していたように、俺の体を白銀のオーラが包んでいた。同じ祈りを唱えた司祭に変化はない。『武神の加護』を持たないものが唱えても意味をなさないのか。

 そして、司祭さえもこのオーラの意味を知らないのだろう。

 王城でもこんな説明を受けた覚えはない。そもそも、祈りの言葉すら違った気がする。


「……」


 司祭が不思議を前に絶句しているけども、果たして戦いを捧げずにこのオーラは沈静化するのだろうか。


「インガ様」


 周囲で見ていた信徒の一人がそう口にした。それを皮切りに人々から「インガ様」コールが沸き起こる。司祭はハッとしたように俺に目を向けると、急に涙を流し始めた。


「ああ、インガ様。どうか、どうか、わたくしめと一戦お交えくださいませ」


 平身低頭して懇願する。

 白銀のオーラを宿した俺に神が降臨したとでも思ったのだろう。

 ただし、それは勘違いだ。

 神の力の一部は宿ったのかもしれないが。


「ま、まて」

「そうおっしゃらずに。お願いいたします」

「「「「インガ様!!」」」


 後に続こうとほかの信徒まで騒ぎ始めた。だが、この状態で人と戦うのはかなり不味い気がする。湧き上がる力は底が知れない。下手をすれば殺しかねない。っていうか、相手が神かもしれないと思ってて戦いを望むってお前らどんな戦闘狂だよ。


「ええい。お前たちは下がっておれ。ここは司祭である私から」

 

 周りの信徒を黙らせると司祭が問答無用で殴りかかってくる。

 司祭は結構レベルが高い気がするが、今の俺からすると彼の動きはスローモーションのように遅い。下手に殴ると問題がありそうなので、拳を避けて足を引っかける。力をいなされた司祭は勢い余って信徒たちの方に倒れこんだけども、大したダメージにはならないのだろう。すぐに起き上がって矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくる。

 

 ここで日々、神への祈りと称して殴り合いをしているからだろう。格闘のない世界でありながら、司祭の動きは洗練されていた。もっとも、俺には一切通じない。


「インガ様。どうか、どうか、わたくしめに御身の拳を」


 だからキモイわ!!

 目を血走らせて殴ってくれと懇願してくる40過ぎのマッチョを思わず突き飛ばしてしまった。軽く押したつもりが数人の信徒を巻き込んで、闘技場の壁に激突する。


「大丈夫か」


 駆け寄ると、頭部からダラダラと血を流しながら恍惚とした表情で俺を見上げそのままがっくりと首を落とした。いや、ここで殺した方が世の中のためじゃないかと思ったが、まあ無事でよかった。最後の最後まで気持ち悪かったけども、”敵を倒した”ことで俺が纏っていたプラチナのオーラも沈静化した。

 

「インガ様!! 次は我に御身の拳を!!」

「キショイわ」


 食い下がってくるほかの信徒を叩きのめしてから俺は教会を後にした。

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