落下
身の丈4メートルほどの岩石人間とでもいうべき魔物――ストーンゴーレム。
二階層は一階層と同じ程度の魔物ばかりで問題なく攻略した俺たちは、三階層に入っていた。まだ上層といってもいい階層で、難易度上がり過ぎじゃないかと文句を言いたいくらい厄介な相手だった。体が岩石でできているせいか、シエスの攻撃は歯が立たず、フランの攻撃なら手足を斬り飛ばすことがどうにかできる。
同様にネルの魔法はストーンゴーレムの体に風穴をあけることはできたが、体が岩石でできているためか、周囲の岩を使ってすぐに傷跡はふさがれてしまう。テンペストによる風の刃の乱れ打ちでも、切り裂くことができても、倒せなかったのだ。
もちろん、俺の打撃も通じなかった。破壊しても破壊しても復活してはどうしようもない。
どうやらコアのような部分があるようだと、攻撃を一点に集中するだけでなく逆に拡散させる技を使ったのだが、なにしろ相手はデカい。全体を攻撃することはできてもコアを破壊できるほどの威力を発揮できなかった。
「俺が右足を砕く、フランは左足を落としてくれ」
「わかった」
倒せないなら逃げるのみである。
フランが魔法剣を一閃して、ひざ下を切り裂いた。片足になったストーンゴーレムの右足を砕くと、倒れてきた巨体を蹴り飛ばす。
「走るぞ」
「はいです」
一番足の遅いネルを先頭に、補助にシエスを並走させてフランと俺と続く。凸凹の岩場を駆け抜け、背後のゴーレムを確認する。砕いた石が少しずつ本体に集まり、徐々に元の姿へ戻ろうとしているけどもあと数秒は稼げるはず。
先頭の二人が左に曲がり、後を追う。
長い通路が続き、T字路が見えてきた。
その瞬間、足元に感じた違和感。
まずいっ!
前回の落下トラップを経験している俺の脳が警鐘を鳴らす。すぐに飛びのけば落下は回避できるが、三人は無理だ。慌ててフランの手を引き、
「ネル、シエス!!」
二人に手を伸ばそうとした俺たちの地面が崩れ落ちた。
三人の悲鳴が狭い洞窟に反響し、カンテラの明かりがすぐに新しい地面を映し出す。どうやら前回ほどの高高度からの落下ではないらしい。
「いたたたたー」
「っくう腰打った」
軽い落下の衝撃を受けた程度であるけど、勘弁してほしい。
前回と違って数百メートル級の落下はなかったが、これは本気で不味いと思う。前回もそうだが、落下した途端に格上の魔物に囲まれてはシャレにならない。
「マジでスカウト必要かもな?」
「開口一番に言う言葉がソレなの。はあ、参ったわね」
「でも、そんなに都合よくソロのスカウトなんていませんよ」
「一回目のダンジョントライの前に掛けた募集にも反応はなかったしな」
「でも、あれは掲示したのも一日だけでしたし」
「ま、なにもしないよりはマシかもね」
「あの、お兄ちゃん」
敏捷性が高いからか、俺とシエスだけはきれいに着地していた。そのシエスが不思議そうな顔をしてあたりをキョロキョロしている。
「どうかしたのか?」
「……出口がないです」
出口がない?
そんな馬鹿な。そう思って上を見上げるが、俺たちが落下してきた穴はきれいさっぱりなくなって、レンガ造りのような天井が覆っていた。周囲もすべてレンガっぽい長方形の石が敷き詰めらえていて、部屋の広さは10メートル四方ほどで、少なくともこの部屋には出口はあった。
「あの先に続いているんじゃないのか」
「……ないです」
すごく不安そうな、泣きそうな声だ。耳がぺたんと張り付いている。
袋ウサギには危険が迫ると逃げる習性がある。文字通り脱兎のごとく。その習性が、安全な場所――出口を本能的に把握できるのだが、その本能が告げているのだ。
ここに安全な場所はないと。
逃げる場所がないという事実がシエスを恐怖で縛り付ける。
「待ってくれ、そんなトラップってありか。落下したら出口のない場所だなんて、いくら何でもやり過ぎだろう」
もっとも、これはゲームではない。
ダンジョンとは人を喰う魔物である。
「聞いたことはないけど、助からないなら聞いたことがないのも当たり前ってこと」
「フラン、そんな怖いこと言わないでよ」
「……」
フランとネルもシエスの様子を見て恐怖に目を曇らせる。
「ネル。天井を崩せるか?」
「……やってみます」
その顔は無理だと思っているのだろう。それでもネルはクリエイトアースの呪文を唱える。しかし、それは予想通り何も起こさない。ダンジョンの表面を覆う壁や床や天井は、土であっても土とは限らない。俺たちがいるのはダンジョンの内臓のようなものだ。胃や腸の内壁と考えた方が正しいのかもしれない。
「ダメですね」
「こういうトラップもあるのか…」
不味いな。
みんなの顔が暗い。
だけど、少なくとも”本当に”出口がないとわかるまで絶望する必要はない。
「大丈夫だって」
「はあ、根拠のないその言葉でも少しマシな気分になるわ」
「失礼な奴だな。根拠がないわけじゃないさ。シエスは、上の階への階段が感じられないって言ってるんだろ。だったら下層に向かう階段ならあるかもしれないんじゃないのか」
「……アンタにしてはまともなことを言うじゃない」
「一度下層に向かって、そこで上層への道を探すということですね」
ほかにも可能性はある。例えば、上層につながる階段の前に恐ろしい魔物が待ち構えていたら、シエスの”安全な逃げ場所”を感知する習性には反応しないんじゃないかと思う。もっとも、これは強敵が待ち構えている可能性があるから、口にはしないけど。
「とりあえず出発しようぜ。少なくともこの部屋には出口はあるんだ。どこにつながっているかくらい確認しないと」
「そうですね」
「わかったわよ」
俺たちは歩き出す。
シエスはまだ不安そうなので俺は手をつないであげた。逃げるべき方向が感じ取れないというのが袋ウサギに与える恐怖は計り知れない。閉所恐怖症の人間がエレベータに乗るようなものだろうか。それにシエスの父親はダンジョンに殺されているのだ。いままでそんなそぶりは一度も見せなかったけども、俺が思う以上にダンジョンが怖いのだろう。