迷宮鉱山スマニー
魔力がなければ結界を通り抜けることができる。
その点に着目して、何とかシエスが結界を抜ける方法がないかと模索した。
一つ目は単純に魔力を枯渇させる方法である。
俺たちが持っている魔道具といえば、フランの持つ魔法剣だ。それをシエスに持たせて魔刃を発動させてみた。
シエスも体内をめぐる魔力については感覚的に把握していたので、魔刃の発動は難なく行うことができた。しかし、枯渇する手前で魔法剣に魔力を注ぐことができなくなってしまったのだ。魔道具にはその手の安全装置が組み込まれているのかもしれない。
そういう意味では、魔法も同じだろう。魔道回路を構成するにも、魔力が一定以下になると体内から魔力を出すことができなくなるのだ。そこで一つ思い出したのがネルが言っていた、魔道回路の構成失敗による暴走である。
これを意図的に発動させることができれば、シエスの魔力を枯渇させることができると考えたのだけど、そんな簡単な話ではなかった。
ネルは魔道回路を弄れるほどに魔法に精通している。本人はまだまだというが、それはすごいことなのだと思う。
「魔法書に乗っているのは正しい魔法の使い方なので、間違った魔法の使い方はわかりませんよ」
当然と言えば、当然だろう。
そんなわけで、意図的な魔法の暴走というのは頓挫した。
というより、シエスは魔法を使えない。
魔法とは本来魔力さえあれば誰にでも使えるものである。
この世界には魔道具と呼ばれるものがあふれているし、一般家庭でも火の魔道具を使って料理をするほどなのだ。だけど、魔道具を使うのと魔法を使うというのは天と地ほど違うらしい。
ゆえにフランも魔法は使えない。
俺が魔法を使えるのは、勇者だからというよりも轟流の修行の成果なのだ。勇者として高い魔力を持っているのは二次的なことに過ぎない。
魔力というのは俺たちの世界の概念で言えば”気”に近いものがある。轟流では大樹をイメージして立ったまま瞑想をすることがあるのだが、その時は樹が根を通して、大地から生命をもらう様に大地の気を感じるよう訓練をする。魔力と違って気に実態があるわけではなかったし、気を飛ばすような発勁などはなかった。それでも気を高めることで、確かに身体能力は向上する。
気を感じ取り、コントロールする術を身に着けていたからこそ、この世界に来てすぐに魔力操作を身に着けることができたのだ。
だが、ここで一つ疑問が浮かんだ。
魔力を自由にコントロールできるのなら、外に一切出さないこともできるのではないかという疑問である。そして、試してみた結果、それは可能だった。
魔力を完全に封じ込めたまま、結界越しに拳を突き出してみた。するとどうだろうか、魔力を宿していない俺の拳は結界を抜けることができたのだ。
「マジ。っていうか、なによそれ」
フランが驚くのもわかる。
これは反則である。なにしろ、結界越しに攻撃が可能となったのだ。
と、喜んだのは一瞬だった。
魔力を込めていない打撃は、ネルでも余裕で受け止める程度の力しか出ていなかったのだ。ステータス上の筋力と魔力に関係があるのかどうかはわからないが、魔力を込めずに殴っても子供のパンチくらいの力しか出なかった。
それはともかく結界を抜ける方法があることが分かったのは大きい。試しに、魔力を操る技術のあるネルにコツを教えると、瞬く間に覚えて同じことができるようになったのだ。あとはシエスが魔法を使えるくらい魔法操作を学べるかどうかである。
迷宮都市スマニーへ向かう間、シエスに魔力操作を教えていった。
もちろん、俺たちがやったのはそれだけではない。シエスの袋を有効に使うために、ウエストポーチタイプのカバンを購入して、ポーチ越しに袋にアクセスするようにしたり、ダンジョン攻略へ向けての戦闘訓練もしている。
フランとシエスは戦闘訓練を繰り返して、どんどん技術を向上させていった。フランの方がレベルは高いし、これまで剣を振り続けてきた実績がある。正しい剣術を学び始めてから日が浅いといっても、幼少の頃より続けてきたことは無駄にはならない。
シエスは筋力こそ低いものの、俺に匹敵するスピードがある。真っ向から向かえばフランには力の差で負けてしまうが、それを持ち前の素早さでカバーする。何しろ素早さだけで言えば、三倍近い数値の違いがある。
それでも、フランの経験と目の良さがシエスの攻撃をことごとく捌いている。彼女もまた才能が開花しつつあるのかもしれない。
フランにいつも攻撃を捌かれているシエスも、単調な攻撃では駄目だと気づいて、少しずつ虚実を織り交ぜたフェイントを繰り出すようになってきた。
その二人が手を組むと、正直手加減するのが難しいほど。
リスベンの外で戦ったBクラスの三人と比較してもそん色ないのではないかと思う。
そして、一番驚いたのがネルだ。
彼女の才能を見抜いた旅の魔法使いは、どこを見てそれに気づいたのかわからないが、彼女は本当に才能にあふれている。
彼女は魔法を理解している。
普通の魔法使いは、スクロールと呼ばれる魔道回路が描かれた巻物を購入して、ただ丸暗記して魔法を使用するのだそうだ。それに対してネルが購入した魔法書には、魔道回路の詳細を説明しているものらしい。だからこそ、あの金額だったのだ。
そして、その価値は金額以上だといって間違いない。スクロールと魔法書では差が歴然だからだ。
彼女が出会った当初からアイシクルランスの氷塊の数を変えたりできたのはそのおかげ。そして、彼女は新たに手に入れた魔法書により知識の幅を深めて、オリジナルの魔法を編み出していった。
アイシクルランスに、風魔法を組み込み氷塊の飛翔速度を格段に跳ね上げたり、本来は土壁を作ったりするクリエイトアースで、アイシクルランスのような土の槍と創り飛ばしたりすることができるようになっていた。落とし穴にはまった時に、クリエイトアースで泥沼をつくったのも応用した結果だ。
氷に比べて、土の方が小さい塊でも強度を上げることができるため、より高速で飛ばすことができる。面白半分に回転を加えるともっと威力が増すと思うよと助言すると、瞬く間に再現させ大木を貫通させるほどの恐ろしい攻撃を生み出していた。
ちなみに俺もダルウィンの反省を生かして、回復魔法と結界魔法をひたすら重点的に覚えたので、その二つに関しては15秒ほどで発動させることができるようになった。
そんな修行をしながら俺たちは二週間かけて迷宮鉱山スマニーにたどり着いた。迷宮鉱山スマニーはもともと銀鉱山だったらしい。その坑道にダンジョンが住み着いたことで生まれた迷宮都市で、その歴史は300年以上とドルウィンより長い。歴史が長いというのは、喰った人間の数も多くそれだけ凶悪という意味でもある。一階層から中級の魔物が出現し、全部で15階層まであると言われているが、そこにたどり着いた冒険者は数少ないそうだ。
理由は単純。
12階層以降の魔物は超大型かつ凶悪過ぎて、波の冒険者を寄せ付けない。12階層を踏破した冒険者は一目を置かれ『翼竜殺し』と呼ばれる。ゆうまでもなく名前の由来は、12階層に出現するワイバーンである。メジャーな魔物故に翼竜が基準とされているが、ダンジョンに蠢く魔物はそれだけにとどまらない。
そんな迷宮鉱山であるから、街にいる冒険者もレベルが違うのが一目でわかる。迫力もそうだが、装備も一級品ばかり。
俺たちの格好を見て「お前ら何しに来たの?」と鼻で笑われた。
「まわりの視線が痛いです」
「だから言ったじゃない。普通、200万のお金があったら装備にお金を使うって」
「武器を買ったじゃないか」
「普通はトータルコーディネイトするものよ」
「で、でも、戦力強化は出来ているわけですし」
「お金の使い方が馬鹿なのよ」
「そんなのはパーティなんだから、フランも同罪だろうが」
言い返したところで、フランの言うことは正しい。
彼女の腰に差している剣こそ、魔法剣で周囲の冒険者と比べても見劣りしないけどもほかのメンバーはひどい。そもそも、フランもネルも冒険者になったころの貧相なといっては失礼かもしれないけども、フランは革装備だし。ネルは魔法使いらしいローブをまとい、下には鎖帷子を着ているだけのいわゆる初期装備で、俺とシエスは完全に軽装だ。胸当てはおろか、籠手も脛あてもない。
初級冒険者といっても間違いない。
というか、事実ランクから言って初級冒険者である。
周囲の視線を掻い潜りながら、冒険者ギルドに入って道中手にした魔石や魔物の素材の売却を行う。いつものことだけど、ギルドカードを出したところでギルドスタッフに驚かれてしまった。毎度の反応なので割愛する。
「……えっと、それでは査定しますね」
次から次にシエスがポーチ経由で魔石をテーブルに並べていく。その様子を見て、周囲の目つきが少しだけ変わった。シエスのポーチがマジックバッグだと勘違いしてくれたと思う。それはつまり俺たちが少なくともマジックバッグを手にするだけの実力を兼ねているとの見方だ。
受付嬢が査定をしている間、周囲に目を向ける。俺たちが雇いたいのはスカウトだけど、見る限りそれらしき人はいなかった。いや、もちろんスカウトっぽい格好の人はいるけども、パーティの一員としてだ。冒険者はそれぞれグループごとにテーブルを囲んでいて一人で飲んでいたり、一人で行動してる冒険者は見当たらない。強いて言えば、ダルウィン同様に雇い主を探す袋ウサギがいるくらいだ。それにしても、気になる会話をしている連中がいる。
「ねえ、あの人たちが話しているのって……」
フランが目を向けたのも、俺と同じ冒険者の集団だった。そこから聞こえてきた会話。
「だから、ほんとなんだって」
「山が消えるなんてあるかよ」
「だったら、お前も一度王都に戻ってみるか? 魔王軍に対する攻撃魔法の実験をするからって、山の消える数日前からクヌカの森への立ち入りは禁止されていたしよ。おそらく宮廷魔導士の実験なんだろう」
「山一つ消し飛ばすなんてな、魔女デルフィアの伝説じゃあるまいし、おとぎ話だよそんなものは」
「まあ、あんなものは見なきゃわかんないだろうけど、少しは10年来のパーティメンバーの言葉を信じろっての」
「クヌカの森が消えたのかな?」
「らしいね」
「本当なら魔王軍を倒すのも時間の問題なのかな」
「すごいです」
そんなとんでもないことをしでかしかねない人間に心当たりがあり過ぎる。
ソウか? いやソウだ。ほかにいないだろうが、山吹き飛ばすとか、もはや人間業じゃないじゃん。あのバカは核兵器でも作ったのだろうか。
そんなことを考えている間に、査定が終わり8万2千ダリルほどが手に入った。ここに来るまでに遭遇した魔物は下級ばっかりだったから、そんなものだろう。シエスのおかげで素材も持ち込めた分、これでも買取価格は上がっている。
宿代に十分なので俺たちは宿に入ってダンジョンへのトライは明日からにした。