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閑話4

 檻の中には緑色をした醜い魔物が10匹ほどぎゅうぎゅうに閉じ込められていた。ソウ様の戦闘訓練を行うために集められたゴブリンたちだ。

 最下級の魔物であるが、レベルが5しかないソウ様にはそれでも脅威となりかねない。もしものことがあってはならないので、万全の態勢でソウ様をサポートするつもりである。戦闘が始まる前には、ゴブリンを倒すための魔道回路を構築するつもりであるし、高レベルの護衛騎士や弓兵が一撃必殺の構えを取る様にしている。

 さすがに檻の中の魔物を攻撃しても経験値は得られないため、最低限の戦闘は行ってもらうつもりだが銃を持つソウ様にそこまでのフォローは必要ないと思う。


「ゼノビアさん、武器を貸してもらえませんか?」

「はい?」


 訓練場に入ってくるなり、ソウ様が発した言葉の意味が分からず私は眉根を寄せた。


「どういうことでしょうか? ソウ様は拳銃をお持ちでしょう」

「それじゃあ、経験値は稼げないでしょう。剣を貸してもらえませんか?」

「いえいえ、ソウ様。剣では魔物の間合いに入らないといけません。せめてレベルが10に上がるまでは、安全圏で戦闘訓練を行いましょう」

「でも、ゴブリンですよね」

「ゴブリンでもです。レベルが5のソウ様ですと、ちょうどゴブリンと身体能力的には同程度と考えられます。勝てない相手ではないと思いますが、ソウ様には安全マージンを取って頂きたいのです」

「身体能力が同じなら、武器を持てば有利になるんじゃないですか」

「そ、それはそうですが……」

「一度やらせてくださいよ。何かあれば、皆さんが守ってくれるのでしょう」

「え、ええ」


 心配ではあるけども、ソウ様の言うことはいつも正しい。押し切られる形になってしまったが、ソウ様を信じることにしようと思う。運動能力は高そうではないが、ステータス的にはゴブリンを僅かではあるが上回っているのも事実だ。


「せめて鎧を」

「いや、必要ない」


 一蹴されてしまった。勇者に与えたものでなくても、城にある最高位の装備ならゴブリンどころかオーガ程度の攻撃ならやすやすと受けられる鎧兜はある。しかし、それさえもソウ様は不要といわれる。その目には、新しい魔道具を作った時のような自信に満ちていた。

 信じていいのだろうか。


 半信半疑ながらも、ソウ様にミスリル製の最高ランクの剣を用意した。これならば、ゴブリンの体に当てることさえできれば、軽々切断できるだろう。そう思ってのことだ。もしも、一撃目を外すようならその瞬間、ゴブリンを屠ればいい。あるいは、ゴブリンを前にソウ様が動きを止めてしまったとしても同じこと。

 

 剣を手にしたソウ様は、魔法の研究をしているときのようにぶつぶつと独り言を言いながら、剣の隅々を確認して軽く振り回したりしている。ミスリルの武具は軽いため、それほど筋力のないソウ様でも容易に扱える代物だ。


「よし、大体わかった」


 軽くうなずくと、ソウ様がゴブリンの檻に向かって剣を構えた。

 魔導士である私には、ソウ様の構えが正しいかどうかはわからない。

 ただ、それを見て思ったのは”様になっている”ということだった。勇者が初めて剣を構えたときの不細工なそれと比較するまでもなく、ソウ様のそれは美しかった。


 私は護衛騎士の方に目を向けると、彼らもまたソウ様の構えに息を巻いているように思えた。


「お願いします」


 ソウ様が準備の完了を口にして、檻を管理する兵士がゲートを開いた。

 もちろん、一匹ずつとなる様に調整してある。

 檻を出たゴブリンが、目の前に立つソウ様に向かって「グギャギャギャ」と気持ちの悪い奇声を発しながら駆けていく。私は初級のファイアボールを構築し、弓兵が左右からいつでも仕留められるように弓を引く。

 ゴブリンは動きも遅い。何も考えず剣を振り下ろすだけで倒せるのだ。

 しかし、初めて魔物と戦うとき人は往々にしてがちがちになり簡単にできることもできなくなってしまう。いくら魔道に関して天才的なソウ様といえども、こと戦闘に関しては素人だ。

 

 だが、我々は心配し過ぎだったらしい、爪を立てたゴブリンが腕を振り下ろすより早くソウ様の剣が横凪に胴を払った。一瞬の後には、上下真っ二つになったゴブリンが転がっていた。

 剣を振り血糊と体液を払うと、二度、三度、いまの斬撃の軌道を倣うように素振りする。


「うん。わかってきた。一匹ずつじゃなくていいよ」


 唖然とする私だったが、護衛騎士は私に向かって頷きを返してきた。剣術のわからない私と違って騎士が大丈夫だというのなら問題はないのだろう。

 そう思って試しに2匹のゴブリンを放ったのだが、結果は同じだった。ソウ様はまるで一流の剣士のように無駄のない動きでゴブリンを切り伏せた。


「あの、剣術の心得がおありなのですか?」

「初めてですよ」


 何でもないことのようにそういうけれども、私以上に驚いているのは護衛騎士の二人だった。彼らに聞けば、ソウ様の剣はすでに完成形に近いのだという。

 王国の一般兵は優に及ばず、上級兵を遥かに超え、いますぐに騎士団の入団試験を受けても通るかもしれないとのことだ。

 王国の騎士団というと、通常10年以上の戦闘経験を経て現場の上官の推薦を受けて初めて試験に臨めるくらいの難関である。もちろん、単純に模擬戦を行えば、レベルの低いソウ様が後れを取ることになるだろうが、仮にレベルやステータスが同じであれば騎士を超える可能性があるそうだ。


 雑魚と称されるゴブリン相手の動きを見ただけで、護衛騎士にそこまで言わせるというのはやはりソウ様の動きはそれだけ優れているということなのだろう。


 不敬にも武神インガ様は加護をお与えになる相手を間違えられたのではないだろうかとさえ思った。死者を悪く言うのは趣味ではないが、剣もまともにつかえぬ勇者よりもソウ様は魔法の技術に加えて剣士としても天才の領域におられるのだ。


 喜ばしいと同時に恐ろしくもあった。

 ソウ様の要望にこたえる形で、我々はすぐに訓練相手のレベルをどんどん上げていき、その都度ソウ様の才能に驚かされる結果となった。


 いくらミスリルの剣を与えたとはいえ、下級の魔物のみならずレベル差をものともせずにソウ様は我々の用意した中級の魔物相手をも跳ねのけた。

 三か月かけてもレベル10までしか上がらなかった勇者と違い、わずか2週間でソウ様のレベルは20を超えていた。

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