取り調べ
取り調べが長引いていた。
事件の晩からいえば、三日目だ。
俺たちは別に容疑者というわけではないので、拘束されているわけではない。ただ、それでも襲われた原因について聞かれたときに言いよどんでしまったのが不味かった。
持っている『吸魔の指輪』が狙われていると口に出すことができれば話は早かったのかもしれない。でも、それを狙っている78番が何者かわからないし、なぜそんな指輪を持っているのか聞かれたときに答えることができないからだ。
マイナス要素しかない指輪を敢えて持ち歩く理由と、狙われる理由に正当性が見いだせないのだ。
考えすぎかもしれない。
でも、慎重になるべきだろう。
「もう一度聞く。なぜ狙われたのだ。君たちはまだまだ駆け出しの冒険者なのだろう。それがどうして競売都市リスボンにいて、なぜ襲われたのだ。誰かの恨みを買ったのか。もし、そうなら正直に答えなさい。それが犯罪行為だったとしても正直に言えば咎められることはない」
「だから。わかりませんって何度も言ってるじゃないですか」
そんな風に答えてもらちが明かないことはわかっているけど、ほかに答えようがない。幸運にも4人バラバラに取り調べを受けているというわけではない。そもそも、俺たちは被害者なわけで、そこらへんは配慮されている。
でも、憲兵を納得させる答えが出せないと、開放してもらえないような節もある。朝になると宿に向かえにきて憲兵事務所に連れていかれる。そして夕方解放されるのだけど、宿の前には見張りが立っているのだ。
逃げ出すことは可能だけど、身分証を見られている以上その手段は使えない。
「はあ。正直に答えないと宿の弁済が君たちに掛かってくるのだぞ。襲われた理由に正当性がなければ、君たちが宿を、引いては街を危険にさらしたとみなされるんだ」
憲兵の言葉は重い。
フランもネルもすごく不安そうな顔をしているし、酷く疲れている。そして、一番の問題はシエスだ。まだ子供であるシエスは、憲兵のような大人の圧力に慣れていない。それほど声を荒げることはないのだけど、時々びくっと体が反応していて、精神的に疲れているのが見てわかる。
「言っていることはわかりますけど、俺たちだって困ってるんですよ。それに言ったじゃないですか。襲ってきたのはヴァンパイアかもしれないって」
「またそれか。結界に覆われている街に魔物が入り込むはずがないだろう。大体、ヴァンパイアだったとして、そいつはどこに消えたんだ。君たち以外にヴァンパイアの目撃証言はないし、魔物が入り込んでいて被害がないはずがないだろう」
そんなものは人に飼われているからだと思うのだけど、魔物がいるはずがないという思考から出ない憲兵の考えは絶対にそこには至らない。シエスが入っている以上、手段はあるのだけど、それを証明するわけにもいかない。あるいは78番は他にも魔物を引き入れるために指輪を手に入れようとしているのだろうか。そんな考えが浮かぶ。
あまり意味のない押し問答が続き昼の休憩をはさんだところで、事態は動き出した。
取り調べに第三者が現れたのだ。
スマートな印象の男だった。年のころ30歳くらいだろうか。金髪の優男が憲兵に耳打ちすると、驚いた顔をして憲兵が部屋を離れた。
そして、俺たちの向かいの席を引き、悠然と座った。
「君たちを助けて上げよう」
「本当ですか」
「ええ、もちろんです」
柔和な笑みを浮かべる男に、フランとネルが安堵したように頬を緩めたがシエスは無反応だった。俺には男の笑顔が嘘っぽく見えた。
彼は何者だろうか。
この世界に弁護士のようなシステムがあるのだろうか。
「どうやって助けてくれるんですか」
「いやなに。私にはそれほどの力はないんだけどね、できる方を知っているという程度の話だ」
「それで、あなたにどんなメリットが?」
「メリット? そんなものはとくにはないが、将来の明るい若者をこんな場所に縛り付けさせるわけにはいかないだろう」
慈善事業のようなものだよ。と男は嘯く。
怪しいことこの上ない。
でも、困っているのは事実だ。
助けてもらえるならそれに越したことはないのだ。
シエスにちらりと視線を送るが、頭がもうろうとしているのか目が虚ろになっている。相対する男に気付かれないように、シエスが持っている『吸魔の指輪』を渡してもらう。幼い子供がこれだけ体調悪くしているというのにまるで気に掛けないような人間を信用しろというのも無理な話だ。
だがこの男のたくらみはわからないけども、助けてくれるなら助けてもらおう。
そう考えたところで、違和感に気が付いた。
助ける?
一体何から?
俺たちは困っている。
それは事実だ。
でも、彼は何から俺たちを助けようといっているのだろうか。
俺たちはそもそも被害者で、べつに濡れ衣を着せられているわけではない。
「78番の差し金か」
笑顔はそのままに男の目がすぅーっと細まった。
「78番? それの意味するところはわからないけど、まあそうだね。さるお方に頼まれてここにいる。なに、助けてあげるというのは本心からだよ。あのお方の欲しがっているものを差し出せば君たちの取り調べは終了する」
ハメられた。
門番とつながりがある可能性を考えたときに、こうなる可能性も考慮すべきだった。
憲兵に任せれば安心。
そんな風に考える俺はやっぱり頭が悪い。
「私のところにはこんな話が舞い込んできている。とある貴族のご子息が誘拐されていたそうだ。二日前の夜、彼は寝入った誘拐犯のスキをついて必死の抵抗をしたそうだ。必死だったらしくて彼は家具を破壊して、壁や窓まで壊したそうだ。だが、残念ながら抵抗はむなしく、誘拐犯の手に縛り上げられたという。そこに宿の主人が来たときは助かったと思ったそうだが、誘拐犯は何を思ったのか憲兵を呼ぶように言ったそうだ。
宿を離れていく主人を見たとき、彼は絶望的な気分になったという。憲兵が来れば助かると思うより、憲兵が来る前に口を封じられる。誘拐犯に殺される。そう思った彼は最後の抵抗を見せて窓から飛び出したそうだ。もちろん、そのまま憲兵事務所に駆け込もうとしたそうだが、誘拐犯は窓から飛び出た彼に毒の付いたナイフを投げつけていた。
せっかく誘拐犯から逃れたというのに、彼は憲兵事務所に駆け込む前に息絶えたそうだ」
用意してきた台本を読むようにつらつらと彼は物語を語って聞かせる。
「そんな、そんなのただの作り話じゃないですか」
「そうよ。そのとある貴族のご子息が息絶えたのなら、その話はどこから出てきたのよ」
「そうだな。確かにこれは作り話だ。だが、作り話を現実にできる方がいる。子供が誘拐されたという貴族を用意して、毒殺された死体を一つ用意すれば済む話だ。多少面倒だが、出来ないわけじゃない」
最初から一貫して男の笑顔は変わらない。
それが余計に不気味だった。
「最初にも言ったように、君たちを助けてあげよう」
男が手を出した。
天使ではない悪魔の手。
俺たちに拒否権はなかった。