襲撃
それに気が付いたのはたまたまだった。
シエスと一緒に寝ていたことが功を奏したともいえる。
物音に気が付いたシエスの耳がピクンと跳ねて、鼻をくすぐった。大きなくしゃみとともに目を覚ました俺は、月明りが入ってくるはずの窓に影が差していることに気が付くと、シエスの体を抱え込みベッドから飛び出した。
無人となったベッドに白刃が突き刺さる。
「ちっ」
確認するまでもなく78番の雇い主が放った刺客なのだろう。
俺のベッドを切り裂いた男には気配がなかった。
殺意すらも。
暗殺を生業としているものなのかもしれない。
そんなことを考えながら、シエスを背後にかくして拳を握る。暗殺に失敗したというのに、逃げるそぶりも見せずにナイフを構えて静かにたたずむ。
敵を目の前にしていても、存在が希薄に思えるほど気配がない。
それはつまり、相手の動きが読みにくいということだ。攻撃の数舜前に、気配は届く。首筋を狙っていれば、動く前にその軌跡を気配がなぞる。それが視えない。
やりにくいな。
「シエス、動くなよ」
「はいです」
相手の動きが見えないなら、こちらから仕掛けるか。そう考えたとき、隣の部屋からも激しい物音が響いた。刺客は一人ではないということか。
まずいな。目の前の刺客と同等レベルだと二人にはきつい。
「フラン、ネル!!」
俺の意識が逸れた瞬間、男が影と同化した。
気配とともに姿が掻き消える。
視力を犠牲に、聴覚に集中する。
轟流奥義伍ノ型『桐』その二。
シエスの鼓動、息づかい。隣の部屋から聞こえてくるのはネルの悲鳴に金属同士の打ち合う音、椅子が倒れ、ガラスが砕け散る。少なくともフランは刺客の一撃を受け切ったらしい。ほっとするのもつかの間、戦いの騒音に紛れて小さな小さな音を捉える。
天井の梁のきしむ微かな音。
いつの間に飛び上がっていたのか、目の前から消えた男は音もたてずに天井に張り付いていた。そして、勢いをつけて俺の脳天にナイフを突き立てようとする。
空気を切り裂く音を頼りに、男の手を取りそのまま地面に叩きつける。
しかし、男は片手で地面に着地すると、体を捻り拘束を振り切るとそのまま窓から外に飛び出した。追いかけたい気持ちをぐっとこらえて、隣の部屋に移動する。
廊下に出るのも面倒で、壁を突き破る。
「大丈夫か?」
俺の登場に驚いたのは二人だけではない。フランに剣を突きつけていた男は不利であることを見て取って、すぐに踵を返す。
「逃がすかよ」
窓から外に飛び出そうとしたところで、男の服をつかみ部屋の中に引きずり倒した。腕を捻じりあげて、抵抗できないように押さえつける。
「大丈夫か?」
「はい」
「助かったわ」
「無事でよかった。78番の仕業だと思うけど、じっくり聞いてみるか?」
これで連中番の悪事が暴かれれば、これ以上ちょっかいを掛けられることもなくなるだろう。シエスからロープを出してもらい男を縛り上げていると、
「何があったんです。ってうわわわわあ」
物音を聞きつけた宿の人が部屋の惨状を見て悲鳴を上げた。俺たちが宿の客だというのはわかるだろうけども、フードをかぶった男がロープで後ろ手で縛られていたら悲鳴も上げるというもの。
「襲われたんです。憲兵を呼んで来てもらえますか」
「わかりました!!」
部屋から出ていく宿の主人をみやり、俺は襲撃者のかぶっているフードをはぎ取った。光の魔石のカンテラで顔を照らしつける。
「そんなっ」
「ありえない」
驚き言葉を失うフランとネル。
襲撃者の顔は、一度も光を浴びたことがないかのように真っ白で、瞳の白い部分が黒く虹彩が紅い。口元からは鋭い犬歯がのぞいていた。
「ちっ」
男の舌打ち。
それとともに暴れないように抑え込んでいた力が空を切った。疑問に思うのもつかの間、男の体が霧散する。文字通り、霧となりさらさらと窓から出て行った。さすがに霧は掴めない。男の消えた窓辺をなすすべなく見やった。
「ヴァンパイア?」
霧に変化するといわれる魔物ヴァンパイア。
知性のあるソレは当然ながら上級の魔物。いうまでもなく袋ウサギと違って人と共存などしているはずもない。そんな魔物が78番の雇い主の支配下にある?
いや、そんなことよりも問題はそんな化け物がどうして街中にいるのだということだろう。
そんな疑問をよそに、憲兵をつれた宿屋の主人が戻り襲撃犯のいなくなった破壊された宿を見て、俺たちは長い長い夜を過ごすことになったのだった。