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78番

 とりあえずの方針を決めて宿に戻るところだった。

 この街には78番の雇い主がいる。

 出来ればというより、絶対に会いたくない。オークションで競り負けたからというだけで、Bクラスの冒険者を派遣するような碌でもないヤツだ。

 だから、宿に泊まるのも一泊だけのつもりだった。

 すぐに手に入ればそれでOK。無理なら無理で方針を決めて街を出る。そういう腹積もりでいたのに、なんでこんなにあっさりと再会する羽目になるのだろうかと思う。そもそも、連中からすればすでに街を離れたはずなのに。

 決して狭い町ではない。

 もしも、門番なんかから俺たちの動向が漏れているというのなら、それはそれで問題だ。78番が仕えている相手は普通の貴族ではないのかもしれない。


「それで?」


 行く手を遮るように立つ帽子を目深にかぶった男たちに問いかけた。顔は隠しているし、そもそも顔は知らないが、ねばりつくような気配がオークション会場にいた78番だと教えてくれる。


「貴様らの手にした『吸魔の指輪』を譲ってもらいたい」

「断る」

「もちろん、ただでとは言わない。あの時は、たまたま手持ちがなくて落札できなかったが、お金なら腐るほどあるのだ。だから、落札金額の3倍だそう」


 まるで雇い主本人のような口ぶりで話しているが、さすがにそれはないと思う。それなりの裁量権を与えられた使用人かなにか。どこまでの裁量があるのかわからないが、78番の隣にいる二人からは静かな殺気が漂っている。

 

 まさか、街中で始めないよなと思いつつ、ネルやフラン、シエスをかばう様に一歩前に出る。


「悪いけど、売るつもりはない。冒険者にもそう答えたつもりだけど?」

「冒険者? 何のことかわからないが……」


 男の声からは、本当に寝耳に水だというような驚くような気配があった。雇い主が78番とは別に手をまわしたのだろうか。男は金額を上乗せしてきた。


「5倍でどうだ。525万ダリル。数年は遊んで暮らせるぞ」

「破格だな……だが、断る!」


 本当に78番の雇い主が何を考えているのかがわからない。数年どころか10年は生活できる大金だ。そんな大金をかけてまで一体何をしようとしているのだろうか。ろくでもない理由には違いがないが。


「貴様、正気か? 聞けばまだEランクにFランクの冒険者なのだろう。それだけのお金があれば、もっとまともな装備も手に入るし、田舎の両親を街に呼ぶこともできるだろう」

「金の問題じゃないんだ。必要だから落札した。転売が目的なら、とっくに売ってるよ」

「必要とな」

「そういうことだ。だから、あきらめろ」

「……貴様は何を知っている?」

「なにが?」

「いや、何でもない」


 熟考するように急に黙り込む78番。

 やはり彼らは街の門番から情報を得ているのかもしれない。そうでなければ、俺たちのギルドランクなんて知りようもないだろう。力づくならどうにでもできるけど、搦め手で来られたら対処できる自信がない。


「今日のところはいったん引こう」

「諦めろよ」

「それはない」


 目元は帽子に隠されて見えないが、口元だけがにやりと歪む。そして踵を返すと78番たちの気配が街に溶け込んだ。


「なんだったんだろ」

「不気味な人たちでしたね」

「怖かったです」

「もう大丈夫だ。諦めたとは思えないけど、街中で手を出すつもりはなさそうだし、とりあえず飯にしようぜ」

「そうですね」


 このまま街を出たほうがいいかと思うが、すでに日が沈んでいて街の出入りは禁止されている。しかたないので宿に入って荷物を置いた。


「って、シエス何してるんだ?」


 当たり前の様についてきたシエスに聞いてみると、きょとんとして目をぱちくりさせた。

 そういえば、ダルウィンでは一緒の部屋で寝泊まりしていたんだと思い出す。シエスはまだ子供だけど、さすがに一緒というのは不味いのではないかと思う。


「シエスはフランとネルと同じ部屋の方がいいだろ」

「お兄ちゃんと一緒はダメですか」


 金色の目がくりくりとしてかわいらしい。


「ダメじゃないけど、シエスは女の子だし」

「でも、ダルウィンでは一緒だったですよ?」


 うん。だって、ウサギだったじゃん。

 いまはウサギじゃなくてウサミミ少女だし。

 似ているようで全く違う。

 もちろん、10歳くらいの女の子に対して変な感情は1ミリもないけども……。


 困り果てていると、


「ちょっと、そっちにシエス来てない?」


 救世主が現れた。


「ああ、やっぱりこっちにいまいしたね。シエスちゃん。私たちの部屋に行こう」

「シエスはお兄ちゃんと一緒がいいです」

「でも、女の子同士の方がいいでしょ」

「よくわからないです。シエスはお兄ちゃんが好きだから、一緒がいいです」

「いや、でもね~」


 と言って俺に目配せされても正直困る。


「なんで、一緒はダメですか。ダルウィンではお兄ちゃんも、お姉ちゃんたちも何も言わなかったです」

「それは、だってシエスは袋ウサギだったし」

「いまもそうですよ」


 子供の純粋な目と言葉に俺たちはたじろぐ。

 いや、何度も言うけど、10歳くらいの少女にやましい気持ちはこれっぽちもない。でも、さすがに女の子と一緒に寝るというのはダメな気がする。部屋にベッドが二つあってもシエスは確実に俺のベッドに入ってくる。

 意識しすぎなのだろうか?

 年の離れた妹とかいれば普通なのだろうか。

 兄弟がいない俺には想像ができない。


「まあ、子供だからいいのかな」

「シエスは子供じゃないですよ」


 ぷっくりほっぺを膨らませている姿は子供らしく可愛い。

 結局説得できなかったため、シエスは俺の部屋で眠ることになった。そして、予想通り俺のベッドにもぐりこんでくる。時々、シエスの耳が顔を撫でてくすぐったかったけど、それは見た目が袋ウサギであった時と変わらない。

 やっぱり、問題は何もないか。そんな風に思いながら、シエスの体温を感じながらゆっくり眠りについた。


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