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検証

「とりあえず試してみましょうか」

「そうだね。よし、シエスこの指輪を持ってみて。気分が悪くなったりしたら言うんだぞ」

「はいです」


 手に入れた指輪をシエスに手渡す。

 そのままただひたすら待ってみた。

 指輪を手にすると魔力が吸われるといってもあっという間になくなるというわけではない。なので、無くなるまで結構時間がかかるのだ。


「どんな感じ?」

「大丈夫なのです」

「そういえば、シエスは自分の魔力ってどんなものかわかってる?」

「はいです。この辺で渦巻いているです」


 シエスがおなかのあたりを擦った。俺が魔力を感じるのも丹田のあたりなので間違いはないようだ。魔力は限界まで行使しても半日もあれば回復するので、回復速度を上回るスピードで魔力が流れ出しているんだろうけど、言われないと気付かなかったくらい微々たるものだ。

 そんなわけで俺たちは歩き出した。


「それでどこに向かおうか?」


 競売都市リスベンには戻れない。目的もないし、変な奴に狙われているのは間違いないから。


「一度村に戻ってもいいですか?」

「そうだね。もう一か月以上戻ってないもんね」

「どこですか?」

「ニースっていうんだけどね、私とフランの育った村が王都の近くにあるの。ここからだと10日くらいかな」

「王都で冒険者やってた時はよく帰ってたのか?」

「そうですね。週に一度は帰ってたかな?」

「だよねー。最初のころなんか依頼も達成できなくて宿代すら稼げないこともあったから、しょっちゅう戻ってたよね。でもさ、それがいまや100万ダリルとか稼いじゃうんだからすごいよね。あ、お土産どうしよう?  折角だし奮発したいよね」


 ネルが遠い目をする。

 俺も目をそらす。

 

 金はない。


「なんで明後日の方をみるのよ。何? 指輪ってそんなに高かったの?」

「まあ、そこは察してくれよ。ああやって無理やり奪おうっていう人間が出てくるくらいなんだ。欲しい人間がいたら値段は上がっていくものだろう」

「で、いくらなの?」

「……5万」

「大したことないじゃん。使い道ないわりに結構するけどさ」

「フラン。ごめんなさい。105万ダリルなの」

「は? え? いやいや、あの指輪が105万。うそでしょ。ネルの魔法書より高いの?」

「指輪高いですか? 返しますか」

「ごめん、ごめん。そんなことない。うちらにとって必要なものだからさ。ただびっくりしただけだよ」


 確かにネルの中級魔法書より高いとなると、すごく高価に思えてくる。いや、実際高い。そもそも、ダンジョンで宝箱に戻さなければタダだったわけで。


「じゃあ、どうする。お土産代を稼ぐか?」

「いえ、無理しなくて大丈夫ですよ。私たちもいつも手ぶらで帰ってますし、イチロウのことはみんな大歓迎だと思いますから」

「そっか、じゃあニースに向かうか」


 といっても方向転換するわけではない。二つ先の村で分岐があるので、それまでは同じ街道を歩いていく。天気も良くて気持ちがいい。この世界に来てから日本にいるときには考えられなかった長距離を歩いて移動しているけども、苦痛はない。これはこれで楽しいのだ。

 フランやネルにちょっと大人しいシエスが加わっても、女三人集まれば姦しいという言葉通り彼女たちはよくしゃべる。

 街道沿いの道はそれほど多くの魔物と出会うこともなく、穏やかな時間が流れていく。


「もう少ししたらツムキって果実が取れるんですけど、シエスちゃんも楽しみにしててね。すっごい甘くておいしいんだよ」

「甘いの好きです」

「いいよね。甘いもの。でもね、ネルも好きだからって一日に10個も20個も食べるのはどうかと思うよ」

「ちょっと、フラン! そんなに食べないわよ。それを言うならフランだって、小さいころツムキを独り占めしようと木に登ったら降りれなくなって――」

「わわわわ、それ言っちゃダメだって」


 フランが顔を真っ赤にして、ネルの口をふさぐ。

 幼馴染というのは、この手の失敗談には事欠かない。

 そんな二人を見ていると、ソウのことを思い出した。アイツと俺も幼稚園のころからの付き合いだ。ソウは子供のころから天才的で、創造力が半端なかった。夏休みの宿題の自由課題、俺がカブトムシの観察日記をつけているところ、ソウはからくり箱を作っていた。高度過ぎて俺を含めた同級生には理解できなかったけど、学校の先生は驚き過ぎで、親御さんが手を出したのではないかと疑われていたほどなのだ。


「でね、降りれないって泣いているのに、ツムキの実はしっかり握ってて手を放そうとしないから、お父さんたちも困っちゃって」

「ちょっと、ネル。そういうこと言うならこっちだっていろいろあるんだからね。ネルの10歳の誕生なんだけど――」

「だ、だめ。それはダメだよ。フラン!!」

「10歳になると私たちの村では儀式を行うんだけど。ああ、儀式って言っても大したことじゃないのよ。ただ、初めて一人で獲物の解体を行うの。あの日は、大人たちが近くの森で花鹿を捕ってきたんだけど、花鹿って知ってる? 花ビラみたいな文様が特徴の鹿なんだけど、まあ、ネルのことだから、可愛いから殺せない――とか、そういうことはあるかなって思ってたの。私たちも親を手伝って解体することはあっても、殺すのはその時が初めてになるの」

「ああ、もう、フラン。ダメだってば」

「ネルお姉ちゃん諦めるですよ」

「ちょ、ちょっと、シエスちゃん!? 」

「はは、それでね花鹿はロープで縛られてるからナイフを入れるだけで済むんだけど、ネルはそれができなかったの。まあ、そこまではよかったんだけど、手で直接殺るのが怖いからって、覚えたての魔法を使ったのよ」

「だ、だって触ると温かいし、生きてるんですよ。目が合ったらとてもとても」

「それで、どうなったんだ」

「ウインドカッターの狙いが外れて、花鹿を縛っていたロープがすっぱり」

「逃げられちゃったんです」

「逃がしたの間違いじゃない?」

「ち、ちがうもん」

「それで、その誕生日の儀式はどうなったんだ」

「それがね――」


 フランが先を続けようとしたとき、シエスが急に倒れこんだ。地面に顔からダイブする寸前にぎりぎり抱き留めることができた。


「シエス?」

「シエスちゃん」


 頬を叩いても反応がない。

 ぐったりとしていて筋肉に力が入っていなかった。


「魔力切れ?」


 気づくと同時に彼女から指輪を外す。それで、魔力はそのうち回復する。


「どうする。魔力切れならマジックポーションを使うか」

「でも、ポーションはシエスの袋の中ですよ」


 袋の原理がわからないが、マジックバッグと違って本人以外は出し入れできない。先に出しておくべきだったと思っても後の祭りだ。相変わらず俺は先が見えていないなと思う。


「とりあえず、そっちの木陰に」


 フランに言われてシエスを木陰に横たえる。

 胸はゆっくり上下しているので呼吸はしている。でも、体内に魔石を有している魔物にとって魔力切れが及ぼす影響がわからない。こういう事態が起きることは想定していたけども、あまりにも唐突だった。


 ネルがやさしくシエスの頬を撫でる。フランも横に腰かけてシエスの手を取った。俺はいつもいつも考えが足りないのだろうか。これしかないって思ってた。でも、ほかにも方法はあったのかもしれない。


「大丈夫かな」

「わかりません。人が魔力切れを起こした場合は、魔力が回復したら目覚めるんですけど……」

「信じて待つしかないよ。ほかにシエスを連れていく方法ないんだから」


 フランの言葉にうなずく。

 シエスの反対側の手を取った。

 祈りを込める様に力強く握る。


 しばらくするとシエスが目をぱちくりと瞬いた。

 金色の瞳が俺を捉える。すごく疲れたような目をしているけども、すぐに安心したように微笑んだ。


「おにいちゃん」

「ああ、よかった。シエス無事だったか」

「心配かけてごめんなさいです。急に目の前が真っ白になったです」

「それが魔力切れなんだよ。でも、よかった。目が覚めなかったらどうしようかと」

「結界は抜けれるですか」

「いやいや、そんなの試してないわよ。みんな心配してたんだから」

「じゃあ、もう一度です」


 シエスが俺から指輪を奪い取った。


「ちょっと、ダメだって」

「でも、ほかに方法はないです。大丈夫です。さっきは初めてで驚いただけです」

「シエス、放しなさい」


 ぎゅっと指輪を握りしめて放そうとしない。

 戻ってきた魔力はまだまだほんの僅か、すぐにシエスの魔力は底をつく。そうおもって、多少強引にながらも俺はシエスの指を無理やり開く。

 力で負けることはない。

 一本ずつ指を開き、シエスの掌の上の指輪を手にしようとした瞬間、彼女はふらりとした。


「だいじょうぶです」


 倒れる寸前にシエスは踏みとどまったけど、顔色は悪い。


「いま、魔力が空っぽだと思うです。結界を……」


 フランとネルに目配せすると、ネルがすぐに結界を展開した。

 手を引いて境界を足を踏み入れる。俺の体が外に出て、右手で引いているシエスの手が一緒に抜けた瞬間に、彼女はウサギらしくぴょんと境界を飛び越えて満面の笑みを見せた。


「抜けれたです」


 幸せそうなくせに顔色の悪いシエスの頭をなでる。


「よかった。でも、無茶をしちゃだめだ」


 彼女から指輪を渡してもらった。それだけで、シエスの目に生気が戻る。指輪を使えば結界を抜けられることはわかったけども、毎回毎回シエスが死にそうな顔をしなければならないのかと思うと心から安心はできなかった。


「よかったですね」

「そうだよね。ところでさ、この指輪どうやって運ぶの?」


 フランの何気ない質問で、俺たちは問題が全然解決していないことを悟ったのだった。

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