Bランクの実力
距離を取り状況を確認する。
左腕を切られた。
傷は浅くない、どくどくと血が流れてくる。
何が起きた?
剣は確かに避けたはず。
なのに、なぜか俺の腕は斬られている。
俺の腕を切った剣士が追撃しようと剣を振るう。すでに視力は通常に戻っている。轟流奥義伍ノ型『桐』は脳への負荷が大きいせいで、長時間の発動はできない。だが、それでも男の斬撃は正確に捉えることはできる。
左肩に振り下ろされる剣を後ろに飛んで距離をとる。何もない空間を赤い剣身が通り過ぎ、空気を切り裂く音が俺の耳に届く。振りぬかれた剣が地面を切り裂き土煙を巻いあがらせる。
フランの使う魔法剣の様に、斬撃を飛ばしているのだろうか。
あの赤い剣身は、スキルの光なのかもしれない。
振りぬいた後の隙のある剣士を反撃しようとした俺のわき腹がぱっくりと開く。
内臓までは届かないが、十分深い。
なぜだ。
剣は確かに避けたはず。
「イチロウ!!」
「お兄ちゃん」
仲間の悲鳴が聞こえてくる。
「スキルよ」
フランの声に、ああやっぱりかと得心する。男の剣が赤く光っているのがスキルの輝きか。だけど、それがわかったところで、どんなスキルか、何をされているのかがわからない。
魔刃を飛ばしたと考えるには、剣の軌道と斬られた場所が一致しない。
考えている間にも剣士の追撃が襲ってくる。ぎりぎりではなく大きく距離を取って躱そうとするが、そのうちの何割かは、避けたはずの剣に切られて傷を増やした。
初めて直面する強敵を前にアドレナリンが全開に噴出してくる。
剣士をにらみつける。朝日に照らされた剣士の顔もスキルの多用で疲労に曇っているように見える。万能というわけではないのだろう。
「諦めろ。命まで取る気はない」
流した血は多い。
ネルの治癒魔法を期待できず、状況は圧倒的に不利だ。先に無力化した剣士と槍術士は魔法使いの治癒を受けて復帰している。たった一人を相手に押されているというのに、二人が戦線に復帰すれば相当に不味い。
「お兄ちゃん。もういいです。シエスは指輪いらないです」
シエスが叫ぶ。だが、背後で心配する三人には悪いと思いながら、この状況を楽しんでいた。思わず口角を緩める。
それよりも何かが引っかかる。なぜ彼らはさっきまでの様に三対一にならないのだろうか。二人はすでに万全に見える。俺を囲んだ状態では使えないのだろうか。
もう一つ、気になることがある。
それを確かめるべく、一太刀受けることにする。
相手の斬撃を躱した瞬間に轟流奥義伍ノ型『桐』その四を発動する。全神経を触覚に集中して斬られる瞬間を待ち受ける。
痛みが走る。
頬が切り裂かれていた。刃が体を通り抜けた感覚がないにもかかわらず。感覚さえ掴めれば、刃が皮膚に触れた瞬間に捉えようと思っていた。
この攻撃に実体はない。
受けた攻撃をすべて思い出す。
避けた後に切られたときもあれば、そうでなかったこともある。
その違いはなんだ。
違和感を掴め。
仲間の悲鳴がうるさい。
もっと集中させろ。
なぜ、上半身に切創が集中する。剣の軌跡と関係なく切り裂けるなら、どこでもいいはずだ。それに背後にも一撃も入っていない。
理由はなんだ。
考えろ。
考えろ。
斬撃を躱し、剣の軌道を追いかけていた俺は目がようやく答えにたどり着いた。
「俺たちが真昼に出発してたらどうするつもりだったんだ」
その一言に剣士の顔色がさっと変わった。振りぬいた剣が今まで以上に地面をえぐる。俺は必要以上に距離をとると、剣士と立ち位置を反転させた。本来なら避けるべき逆光となる位置に。
「気付いたことろで、すでに勝負はついているだろ」
追撃をやめて、剣士が呼吸を整える。
剣士のスキルは影を斬るのだろう。
振りぬいた剣が土煙を上げるのは魔刃を飛ばしているわけでもなく物理的に地面を切り裂くから。
三対一で使わないのは、仲間の影を切らぬために。
朝日を受けるのは、相手の影が自身に向かって伸びてくるように。
昨日の夜ではなく、今朝襲ってきたのも同じ理由かもしれない。
剣士が言うように流した血は多く相手は無傷。
だから、どうした。
「そうでもないさ」
もう一人の剣士と槍術士が再び三対一を取ろうと、武器を構えて接近する。スキルの発動をやめたリーダー剣士も動き出す。スキルが使えるのはリーダーだけのようだ。ほかの二人も何らかのスキルを持っていれば危うかったかもしれない。
轟流奥義陸ノ型『梧』
三人の連携が完成する前に、俺はいままでと比較にならない速度で槍術士の懐に踏み込み拳を叩きこむ。剣士を蹴り飛ばして、リーダー剣士の手首を手刀を叩きこむ。一瞬で無力化された仲間を見て唖然としている魔法使いに詰め寄り肺を叩いた。呼吸できなくなった魔法使いが崩れ落ちた。
「続けるか?」
「くそっ」
利き腕を砕かれ苦悶の表情で剣士がにらみつけてくる。
「自惚れたつもりはなかったが、まさかBランクまで上り詰めた俺たちがたった一人にやられるとはな。しかも最後のスピードはなんだよ。初めから俺の攻撃なんて受けるまでもなかったんだろ」
「そうでもない」
実際、油断したわけでもないし、ずっと本気だった。
影を斬る攻撃を無視すればよかったのだろうけど、未知の攻撃を前に委縮して踏み込めなかっただけだから。
「俺のスキル同様、条件があるのか? まあ、いいさ。これだから冒険者は面白い」
「依頼人にはあきらめろと伝えてくれ」
「ああ。伝えよう。こんな真似をしておいても俺らにもプライドはある。依頼人の名前は明かせない。だが、一つだけ忠告しておく。あれに良識はない。お前は強い。だが、後ろの三人はどうだ」
後ろを振り返った。
三人には聞こえてないみたいで安心する。足手まといだと言いたいのだろう。だけど、俺がもっと強くなればいい。それだけの話だ。この戦いはいい勉強になった。
「問題ないさ」
「そうか。ならば何も言わんよ」
盗賊まがいの冒険者はお互いを支え合いながら俺たちのそばから離れていった。それを見送り、俺は魔法使いの作った光のカーテンを破壊する。こちら側から干渉するのは簡単らしい。
「イチロウ」
抱き着いてこようとしたネルをやんわりと遠ざけて、治癒魔法を受ける。体中の傷が瞬く間に消えていく。あのまま抱き着かれていたら、ネルの服が血まみれになってしまう。
「無事でよかったけどさ、あんまり無茶しないでしょ」
「なんだよ。いつものフランらしくないな」
「なによ。人が心配してるのに。大体、Bランクの冒険者を一人で倒すなんて非常識にもほどがあるわ」
「お兄ちゃんはすごいです。でも、シエスのために無理しないでほしいです」
「大丈夫だって。無理はしてないよ。あの男も言ってただろ、命を取る気はないって。その通りなんだと思うよ」
慰める様にシエスの頭をなでなでする。
影を斬るスキル。
もしも、初めから致命傷を狙った攻撃を仕掛けられていたらと考えるとぞっとする。そこまで万能なスキルではないのかもしれないけど、もしそうなら勝ち目はなかったと思う。
魔法なら魔道回路を見ることができる。
スキルも赤い光に発動時に気を付ければいいが、その効果は受けてみるまで分からない。ステータスという絶対的な指標はあれど、人との戦いにおいてそれだけじゃ足りないのかもしれない。
少なくとも指輪は守られたのだ。今日のところはそれでいいとしよう。