刺客
宿で一泊してシエスとフランのもとへ向かう。
78番のことが気になっていたが、特にちょっかいを掛けられることはなかった。何事もなく朝を迎えて、朝食も食べずに宿を経つ。二人が心配して待っている思う。
街を出て長い長い上り階段を上っていく。
途中でネルが転びそうになったところで手を貸して、そのまま上を目指した。この階段はあまりにも急すぎる。一応、転落防止の柵に、ところどころに開けたスペースがあるので足を踏み外して下まで転げ落ちるということはないけども、もう少しどうにかしたらいいのに。
階段を上りきって崖の頂上まで来ると、二人の野営地までは5分ほどだ。
「待たせた」
俺が声をかけると、シエスはパアっと顔を明るくして、フランはちょっと険しい顔をしてダッシュしてきた。
っていうか、剣を抜いてる!!
「ちょっと、何のつもりだよ」
「離れろ。けだもの!!」
抜いた剣を振りぬいてきたので俺は慌てて回避する。
「だから何の真似だよ」
「それはこっちのセリフよ。なーに仲良く手つないでるのよ!!」
はっとしてネルの手を放す。
階段からずっとつなぎっぱなしだったことに気が付いてなかった。
それにしてもなんでそんなに怒るんだよ。
「待てって、さっき階段で転びそうになったから手を取ったんだよ」
「そうだよ。フラン落ち着いて」
ふしゅうっと荒く息を吐ききるとようやくフランが剣を収めた。
「それならそういいなさいよ」
「言う前に切りかかってきたの誰だよ」
「ま、まあ。そうともいうけど……で、そいつらは何?」
フランに言われて背後を見ると、冒険者っぽい連中が4人、俺たちに向かって歩いてきていた。恰好から判断するに剣士が二人に槍術士が一人と魔法使いが一人。自分で言うのもなんだけど、かなりの熟練者だと思う。ここまで一切気配に気づくことがなかった。
「悪いけど、君たちが手に入れた指輪を譲ってもらえないか?」
剣士の一人が単刀直入にそう切り出してきた。30歳くらいだろうか、言葉はフランクだけど醸し出す雰囲気は剣呑だ。剣士といてかなりの修羅場をくぐってきたように思う。
昨日のオークション会場にいた人間とは気配が違う。そもそも、ああいう場所に指輪を欲しがっていた人間が自ら足を運ぶとは思えないから、78番同様に目の前の冒険者も雇われなのだろう。
「誰かに頼まれたのか?」
「そんなところさ。ああ、もちろん、ただとは言わない。昨日支払った金額と同じだけ預かっている」
「悪いが、お金の問題じゃないだ」
俺は手でフランとネルに下がる様に指示する。
結界はまだ生きている。その中に入っていれば不意打ちは防げるだろう。
「まあ、そうだよな。そういうとは思ったんだが、俺たちも手ぶらで帰るわけにはいかないんだ。わかるだろ」
腰に下げた剣を指先でたたく。
もう一人の剣士と槍術士が少し距離を取った。魔法使いはまだ何もしていないと思う。魔術回路の構成を見えなくするような技術がなければだが。
「俺たちも冒険者なんだけどさ、冒険者って盗賊まがいのこともやるわけ?」
「くくっ、盗賊か。まあ、そうだよな。俺たちもやりたいわけじゃないんだ。ただ、依頼主に逆らえない事情があってね。考え直さないか? お金も戻ってくるんだ。お互い怪我をしたくはないだろう」
「それはこっちのセリフですよ。このまま引き返しませんか。逃げ足早くて逃げられてしまいましたって。依頼主に文句は言われるかもしれないですけど、怪我はしたくないでしょう」
「くくっ、君なかなか面白いね」
フランとネルを確認するがすでに結界の中にいる。
「君たちのことを舐めるつもりはないんだ。依頼人には君らが下位の冒険者だと聞いているけどね。ランク通りと思うほど俺たちはバカじゃない。ただのEランク冒険者に100万ダリルもの大金を用意できるはずもないからな」
侮ってくれると楽だったけど、そうもいかないらしい。
全員俺より年上で、経験もかなり積んでそうだ。78番との間に何があるのかはわからないけど、この四人はそれなりの修羅場をくぐっている。
「ちなみに皆さんのランクは?」
「盗賊まがいのことをしていて口にするのも恥ずかしいけど、一応Bランクだよ」
本当になんでそんな連中が盗賊まがいのことをしているのだと言いたくなる。上位の冒険者になるには実力だけじゃないという話はどこに行ったのだろうか。Bランクという発言に、フランやネルが息をのむのがわかった。
「手を引く気になったかい?」
「いや」
「そうか。残念だ」
その言葉が言い終わるより早く俺の頭のあたりを剣が走った。
抜いてすらなかった剣。
予備動作もなしに一気に間合いを詰めてきた。力量を図るよりも早く、もう一人の剣士と槍術士も連携した動きで俺を追い詰めていく。そして背後に控えていた魔法使いが魔術回路を構築し始めた。
「「イチロウ!!」」
「お兄ちゃん」
フランが珍しく名前を呼んだ。俺はにやりと口角を上げる。
「そこから動くな。ネルは念のために結界をもう一枚!!」
最初に倒すべきは魔法使いだろうが、三人の猛攻を捌くので精いっぱいだ。パーティとして長いこと活動しているのだろう。連携がうまい。
対して俺は一対一の戦いの方が得意だ。
轟流は戦場で生まれたものなので、乱戦にも本来は強い。だけど、道場で鍛えた俺に対複数という経験はほとんどない。それでも複数の魔物とならいくらでも戦えるが、連携している人間となると別次元だ。
それに、全員レベルも高い。
斬撃は鋭く、重い。
もちろん、一対一なら勝てる自信はある。だけど、一人の攻撃を躱したところで反撃に転じようとしたところに合わせて、二人目の攻撃が入ってくる。
「風の刃が来ます!!」
ネルの声に合わせる様に、三人が距離を取り魔法が迫る。魔力の気配を頼りに、不可視の斬撃を避ける。
「やるね」
後ろに下がらせたつもりのネルの思わぬ援護に感謝する。
敵が連携しているように、俺たちも一緒に戦っているのだ。
斬撃、刺突、打撃。
躱して弾いて掻い潜る。
徐々に慣れてきた。
それでも反撃をするほどの余裕はない。限界突破すれば、素早さも力も上昇する。だが、この連撃を受けながら発動するのは厳しい。だったら均衡を崩すまで。
「フラン、一撃離脱でいいから一発頼む」
俺の言葉に色めき立つのはフランだけではない。
三人がかりで抑え込んでいる俺を無視して、フランを相手にすることはできない。三人の呼吸が乱れ、額に汗しているのがわかる。フランが結界ギリギリまで近づき腰の剣に手を添える。
「イース!!」
剣士が叫ぶ。
それに呼応するように背後の魔法使いが魔法を発動した。フラン、ネル、シエスを守る結界を光のカーテンが覆い隠した。
何をした?
考えるまでもなく、フランが結界の外で出られなくなっていた。人の出入りすら禁じる結界ということだろうか? さすがはBランク冒険者、ネルの知らない魔法も使えるようだ。
「やってくれるな」
「ほざけ! 俺たち三人の攻撃を防いでいる奴がよく言うぜ。イース。俺たち諸共やれ!!」
冷酷な表情で剣士が吠える。
それにこたえるイースが魔術回路を構築し始めるが、それもまたネルの知らない魔法のようで何を仕掛けてくるかがわからない。
”諸共”ということは一撃で死ぬような攻撃ではないだろうが、受けていいはずもない。攻撃の種類がわからないというのは恐怖だ。剣でも槍でも矢でも見えている攻撃はどうとでもなる。たとえ魔法でも炎でも氷の矢でも”何”かがわかっていれば対処できる自信はある。
だからこそ感じる恐怖が俺をたぎらせる。
元の世界で俺は強者だった。
父親も祖父も中学に上がる頃には超えた。
周りに俺と同等以上の存在はなかった。
ソウは奇抜な武器を作っては俺を楽しませてくれた。それでも、俺には適わなかった。この世界には強いものがいる。それが楽しかった。
「来ます!!」
せめてと言わんばかりに魔法の発動タイミングをネルが教えてくれる。
俺はその瞬間、轟流奥義伍ノ型『桐』その一を発動させる。
視覚以外の四感を犠牲に、感覚が極限まで研ぎ澄まされる。
世界がスローになった。
自分たちを巻き込む攻撃が来るというのに、俺を執拗に攻撃する3人の動きに変わりはない。左右から振り下ろされる剣のほんの一分だけの間隙を滑りぬける。そこに追撃の槍が来るが、視野の広がった俺の目は、振り下ろされる剣に映る背後の槍すらも正確に捉える。
槍を半身でよけながら三人の包囲を潜り抜けた。
バリバリバリッ!!
大気を割るような音が響き雷が世界に亀裂を入れる。
三人を貫いた雷が俺に届くが、威力の大半は彼らが引き受けている。身体を微弱な電流が流れ、手足がしびれさせるがそれは一瞬のこと。
すぐに体の支配権を取り戻し、冒険者に向き直る。
雷撃をまともに受けたはずの三人も、何らかの手段で威力を相殺していたのかそれぞれの得物を普通に構えていた。だが、生まれた一瞬の停滞は轟流奥義陸ノ型を発動するには十分だった。
振り下ろされる剣に手を添えて流し、拳を叩きこむ。左から来る鋭い突きは槍の柄をつかみ取りただの腕力で槍術士ごと放り投げる。
そして、リーダー格の男の紅く光る斬撃を躱――
――したはずの俺の左腕から鮮血が舞った。