2種類の魔道具
迷宮都市ダルウィンから東に1週間、競売都市リスベンに到着した。
リスベンは崖の谷間とでもいうような自然の迷宮のような場所に作られていた。街には大小さまざまな競売会場があり、様々な価値あるものも多くあるため悪しきものに狙われる危険があるらしい。谷間という構造上、上からの攻撃に対して弱そうに見えるが街そのものは結界に覆われているため、不意打ちの心配はほとんどない。
崖上には街兵が見張りとして立っているため、不法にリスベンより貴重なアイテムを持ち出そうとする輩に対して、絶対的な優位性を保っている。
街兵の姿の見えない少し離れた森の中。
シエスは一人で残るといったけど、さすがに小さな子供一人にするわけにはいかなかったのでフランが一緒に残ることにした。もちろん、結界の守りは張ってある。
「なるべく早く戻るし、オークションの日程が先だったら一度戻ってくるから」
「はいです」
「こっちは任せて、ネルに変なことしたら承知しないからね」
「ちょ、ちょっと。フラン!」
ネルが顔を赤くして慌てている。
「変なことって?」
「わかんないならいいわよ」
すっとぼけてみた。
もちろん、何を言っているのかわかっている。
まあ、言われてみるとネルの様にかわいい女の子と二人となるとちょっと緊張する。いつもはフランがいるから気にならないけど。いや、本当は気にならないわけではない。ただ、フランは男勝りな性格なためか、男友達のような感覚で付き合えるので意識せずにいられるのだ。
だけど!
やべえな。
意識すると気になるな。
いかん、マジで気になってきた。
「行きましょう」
「は、はい」
声が裏返った。
崖に作られた階段を下りていく。階段が急だったので、ネルが転ばないか気になってチラチラ見てしまった。彼女は慎重に足元を見ながら一段一段降りている。
手を取った方がいいのかどうか、迷っているうちに階段を降り切ってしまった。
街の門を通る。
ほかの町ではなかったけども、入り口のところで身分証の提示が必要だったのでギルドカードを見せて中に入った。
迷宮都市のギルドの商品は、アルボン商会に卸されているらしいのでそこを目指す。街の人に聞きながら歩いていくと、かなり大きな商会のようですぐに見つかった。
鷹っぽい鳥の紋章が掲げられた大きな入り口には執事っぽいシュッとした人が立っていた。
「あの、探している商品があるのですが」
「一般のお客様でございますね。それでしたら隣の扉からお入りください」
言われた通り隣の小さめの扉から中に入ると、小さなショップの様になっていた。商会が扱っているのだろう商品が壁際のショーケースに並べられていて、カウンターの向こうには先ほどの執事の様にパリッとした制服に身を包んだ女性店員が立っていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「すみません。伺いたいことがあるんですが」
ネルが話を始める。
俺の方が年上なんだけど、人との交渉事はネルの方が得意だ。基本的に俺は頭がよくない。だからギルドでのやり取りもそうだけど、基本的にネルに任せている。
「指輪の形をしていて持つと魔力をどんどん吸収される魔道具を探しているのですが、ご存じないでしょうか。迷宮都市ダルウィンで少し前に出土したアイテムでして、こちらの商会に卸したと言われてきたんです。どこのオークションに出品予定なのか、もしくは直接購入ができるならそうさせてほしいのですが」
「かしこまりました。お探しの商品があるか確認してまいりますので、少々お待ちくださいませ」
「お願いします」
受付の女性が扉の向こうへ消えていく。
手持ち無沙汰になった俺たちは、テーブルの上の商品に目を落とす。
チラ見したときは気付かなかったけど、ここで扱っているのは宝飾品がメインのようだ。キラキラと輝く宝石を目にして、ネルの目がうっとりとしている。
「こういうのが好きなのか」
「あ、いえ、その……はい」
彼女が見ているのはしずくのような形をした緑色の宝石だった。イヤリングの形に作られたそれは、ネルの瞳よりも濃い緑色をして、派手さはないけど落ち着いた色合いがネルに似合そうだ。
恥ずかしくてそんなことは口にできないけど。
「いくらくらいするのかな」
「あわわわわ、無理ですよ。ここにあるのはどれもこれも高級品ばかりです」
「そうなの?一般のお客様はこっちって案内されたし」
「商人以外という意味ですよ」
言われてみると周りのお客は冒険者ではなくお金持ちっぽい高そうな服を身にまとっていた。勘違いが恥ずかしくて顔がほてるのがわかった。
彼女は手が出ないと言いながらも、興味は尽きないようで指輪やネックレス、ブレスレット、イヤリングといった貴金属をあしらった装飾品を眺めている。
買ってあげたいけども、シエスのための指輪の購入が控えている。お金は節約すべきだろう。この世界は割とお金を稼げるのだけど、その分あるラインを超えると物価が異常に高い。宿屋の値段や、食堂のご飯を基準に考えれば、月に3~4万ダリルあれば生活できるはずなのだ。
「こっちは魔道具みたいですよ」
ネルに呼ばれて宝飾品とは別のコーナーを見てみると、宝飾品とは違う魔石の収められたネックレスやブレスレット、指輪が置いてあった。内包している魔力の量も様々で、どのような効果があるかメモ書きが置いてあった。ちなみに俺は文字の読み書きはできない。
「どんなのがあるの」
「えっとそうですね。例えばこれは水の中でも呼吸ができる指輪みたいです」
「もしかして海の中のダンジョンとかあるのかな」
「どうなんでしょ。聞いたことはないですけど? そういうときに大活躍しそうですね。あ、これはいいかもしれないです。保温効果のあるブレスレットみたいです。寒い冬にあるといいですよね」
「寒いの苦手なの?」
「苦手です。ニースの村も冬は結構冷え込むんです。しんしんと降り積もる雪は好きですけど、寒さはダメです。だから冬の間は家にこもってます」
えへへっと笑うネルがすごくかわいい。
「ちなみにいくらなの?」
「えっとですね。これは70万ダリルです」
「高いな」
「魔道具ですからね。それに、ここにあるのって多分ダンジョンのドロップ品ですよ。人の手で作られるものならもう少し価格が抑えられると思いますから」
「どう違うの?」
「えっと、そうですね。ダンジョンのドロップ品は持っているだけで効果を発揮するものがあるんですが、人が作る魔道具はフランの魔法剣もそうですけど魔力を流し込むことで作用するんです」
「このブレスレットは魔力がなくても使えるの?」
「いえ、魔力がいらないという意味ではなく、自然と体内の魔力が使われるという意味です」
「じゃあ、これでもいいんじゃないの?」
「それは無理だと思います。あの魔道具はわかりにくいですけど、異常なほど魔力を奪われました。でも、この手の魔道具に魔力が枯渇する勢いで吸い上げることはありません。それだと誰も使いませんから」
「あの魔道具にも、なにかの効果はあったのかな?」
「ないと思うんですよね。鑑定ができるわけじゃないんで確かなことは言えないですけど、魔道具の場合は吸い上げた魔力を使って”何か”に変換するので魔力が一時的にとどまるはずなんですけど、あの指輪に魔力がたまった様子はなかったですから」
「ネルは本当にいろいろ知っているんだな」
「そ、そんなことないです」
照れてるネルもかわいいなと思っていると、先ほどのスタッフが戻ってきた。何というか、雰囲気が変わった気がする。どう違うとは言いにくいが、俺たちを見る視線がお客に対する好意的なものでなくなったという感じだろうか。
「お待たせしました。お客様のお探しの商品ですが、今夜の二ーファのオークション会場にて競売に掛けられるようです。オークションへの参加登録が必要になるのですが、ここで手続きをしていかれますか。登録料は一人当たり5万ダリルになります」
「お願いします」
二人で10万ダリルというのはめちゃくちゃ高い気がするけど、参加しないことにはどうにもならない。身分証代わりのギルドカードに登録を行ってもらった。会場の場所と時間を確認して、俺たちは近くに宿をとると、レストランで早めの夕食をとった。オークションが夕方6時ころからなので。
二人きりの食事がデートみたいだと思った俺は緊張してしまって、ちょっとした失敗をしてしまったのだが、それは割愛しておく。