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閑話3

 ソウ様に言われた手配をすべて終えて私は王都から少し離れた丘の上に立っていた。見晴らしのいい低めの丘の頂上に物々しい大きな銃が据え付けているところだ。

 これを銃と呼んでいいのかはわからない。

 銃身と呼べるものだけでも身の丈の倍以上の長さがあり、銃口は人の頭よりも大きい。丘の頂上に運んでくるだけでも大変だった。

 ワイバーンを一撃で屠った対物ライフルはまだ人の手による運搬が可能だったが、これは馬車を必要とした。


 これでも見た目に反して軽いのだ。

 ソウ様の要望により、素材の多くにオリハルコンやミスリルという超軽量、超硬度、そして超高級な素材が惜しみなく使われている。

 ここまでのことをしていながら、結果が付いてこなければ恐ろしいことになりかねないが、ソウ様のこと信じて問題はないだろう。


 肝心のソウ様は据えられた巨大な銃の最終調整をしているらしい。

 銃身に刻まれた複雑すぎる魔道回路。

 これでも宮廷魔導士の末席に名を連ねるものとして、ソウ様を召喚した例の魔法にも関わっている。魔道に関する知識は並の魔法使いとは一線を画しているという自負はある。

 その私をしても、ソウ様の構築した魔道回路は半分も理解ができていない。

 水魔法、雷魔法、火魔法、風魔法、空間魔法、次元魔法それらが複雑に絡み合い一体どんな効果を発揮しようとしているのかがまるで読めない。


 一般の魔法使いでは、一種類の魔法を使うので精いっぱい。

 宮廷魔導士としての私でも三つまでなら魔法を組み合わせることができる。だが、6つである。辛うじて使用している魔法を理解するのが限界だ。


「ゼノビアさん。これ運ぶの手伝ってもらってもいいですか」

「もちろんですよ」


 ソウ様に言われて恐ろしく巨大な魔石を手にする。

 おそらくはワイバーンのような大型の魔物のものだろう。一人では持ち上げることもできないような巨大なそれを数人がかりで持ち上げ、銃身の後ろの部分にあった穴に嵌め込んだ。この魔石こそがこの銃の本体ともいえる。そこにもまた入り組んだ魔道回路が刻まれている。


 言うまでもなくソウ様が作ったのは魔道具の一つだ。

 本当に恐ろしい方だと思う。

 魔法を学び初めて数か月で魔道具を作るなど聞いたことがない。魔道具を作ることは魔法を使うことよりも数倍難易度が高い。何しろ、それさえあれば魔法を使えないものにも魔法が使える様になる道具なのだ。


 魔法を固定化し、魔石に発動するための条件を刻み込む。

 言葉にすると簡単だが、魔法を固定化するというのが恐ろしく難しい。

 普通に魔道回路を構築し、発動句を口にすれば魔法は発現する。

 発現してしまうのだ。

 発現させずに魔法を実行するという矛盾を越えなければならないのだ。

 ただ、魔道回路を模写するだけの魔法使いには決して到達することのできない高み。魔道回路に刻まれた一つ一つの記号、文字、言葉、理、すべてを理解しなければできない。

 ゆえに僅か数か月にその極致に立っているソウ様はすばらしい。


「それではゼノビアさんにお願いしてもいいですか。この魔法を発動するには魔力が足らないので」

「ええ、問題ありません」


 ソウ様はステータス的には一般人と変わらない。

 だからこそ、異常だともいえる。

 いや、異常といってはソウ様に対して不敬だろうが、彼を表現する言葉がほかに浮かばない。 

 

 気を取り直して先ほどの大きな魔石に、魔力を流し込む。

 流れる魔力のよどみのなさに、ソウ様の構築した魔道具の素晴らしさが手に取る様によくわかる。下手な作り手の魔道具は、余計な魔力が抜き取られ不快感がたまらないのだ。


 銃口の先に魔道回路の輝きが顕現する。

 銃口は勇者の死んだクヌカの森に狙いを定めている。ソウ様がどうしてここを選んだのかわからない。すで討伐済みとはいえ、友人を殺した魔物への恨みのようなものであろうか。淡泊すぎる反応をしていたソウ様らしくないと思う反面、復讐しようとする人間らしい感情にほっとする自分がいる。


 顕現する魔道回路がどんどん大きくなり、それは1層にとどまらず4層で構成されていた。それがある瞬間を境に、重なり回転し三次元の魔道回路へと変貌を遂げる。だが、それで終わりではない。

 同じような球形の魔道回路が次々に生まれ、それぞれが互いに結び付き、大きな魔法陣へと至る。


 美しい。


 どうすれば、これほど美しい魔法陣を構築することができるのだろうか。

 

 一級の芸術品のようなそれをもっと眺めていたい。


 このまま発動してしまうのが惜しいと思うほど、神秘的な美しさを醸し出していた。だが、魔力の注ぎ込みを終えたのを確認すると、ソウ様が次の指示を出す。


「それじゃあ、お願いします」


 そういわれて断れるはずもなく、発動のトリガーとなる魔石に魔力を注ぐ。



 ――。


 その瞬間、世界が一変した。


 起きたことをどのように表現すればいい。

 神の存在を感じたとでもいえばいいのか。

 もはや、ソウ様の引き起こしたこれは人に身に余る。


 筆舌しがたい現象だった。

 雷鳴が轟ろき、銃口からは飛び出した”何か”は、クヌカの森を飲み込んだ。

 そうとしか言えなかった。

 爆発したわけでも、崩れたわけでもなく、山が三日月のように刳り貫かれてしまったのだ。

 巨大な咢でパクリとかじり取られたように、木々も土も、岩もすべてが虚空に消えていた。見えるはずのない山向こうの湖が見えていた。


「何が……」


 どうにかできた一言にソウ様が反応する。


「予想通りというか、予想以上かな。エレファントタートルを貫けなかったとう話を聞いて考えたんだ。いや、持ちかえってもらった甲羅で試してみたら、何の問題なく対物ライフルで貫くことができた。つまり、着弾の角度が悪かったのだろうと。ワイバーンに対しては、たまたま命中しただけだったんだ。それで、考えてみたんだけど、どれだけ魔法で強化して弾を打ち出しても、空気の抵抗や重力に引かれるのは避けられない。

 それで、空間魔法や次元魔法で弾の周囲を覆ったらどうかと考えたんだ。そうすれば、空気抵抗も、重力に引かれることもないから弾はまっすぐに飛ぶ。スコープさえあれば、動かない標的に関して言えばだれでも命中させることができるとね。

 でも、ここで疑問が生じた。

 次元をまたいで重力や風の抵抗を受けなかったとして、着弾したときの爆発はどうなるのだろうかと。もちろん、着弾の瞬間にそれらが消失するように設計することも可能だった。だが、あえてそのままにしてみたんだ。その結果がこれなんだ。爆発のエネルギーは次元の壁に阻まれ行き場を失う。行き場を失ったエネルギーは、結果として次元に風穴を開ける。その破壊力に関しては見てもらった通りだ。

 まあ、これを使うためには、自分たちの安全を確保するためにも超長距離レンジの砲台が必要だったわけで、試しにレールガンみたいなものを作ってみたんだけど、うん、うまくいってよかったよ」


 心底楽しそうに話をするソウ様の言っていることの意味は一つも理解できない。

 私にわかるのは、これさえあれば魔王など恐るるに足らぬということだろう。遥か昔、世界中で暴れまわった巨大なドラゴンを孤島に追い詰め、島ごと消し去ったという魔女の逸話がある。そんなものは所詮おとぎ話だと思っていたが、ソウ様のやったことを思えば真実だったのかもしれない。


 私はいま後々伝説として語り継がれる歴史の一場面に立ち会っているのかもしれないと思うと胸が高鳴った。


「ゼノビアさん。それでですね、なかなか破壊力のある兵器なんですが、一発でワイバーンの魔石も使い切ってしまうんですよ。というわけで集めてもらえませんか?」


 笑いが止まらない。

 ワイバーン。人間にとっては厄災のような魔物の一つ。討伐するだけでも大変な危険が伴う相手だ。だが、その危険を冒す価値は十二分にある。それに、我々には対物ライフルもあるのだ。もはや、魔王との闘いは決したようなものだ。


「それから、できれば私もレベル上げさせてもらえませんか。魔力が少なすぎて、魔道具一つ作るのも大変なんですよ。ちょっとした実験でも人の手を煩わせるのはどうにも……」


 ソウ様の手伝いなら我々でも十分可能だ。だが、よく考えてみれば、ソウ様のレベルアップというのは悪くはない。むしろ、やるべきだった。

 ソウ様はこの国の宝だ。

 これだけのことをやったのだ。魔族に狙われることも考えられる。もちろん、ソウ様を危険にさらすつもりはない。全力で守り抜いて見せる。だが、もしものことを考えれば、多少のレベルアップは必要だと思う。


 命を狙われる危険がある王族は、高レベルの騎士に守られているため、本人が剣を取ることはない。だが、もしもの時を考えて幼少より鍛え上げ、そのレベルは50を超えていると言われている。さすがにソウ様にそこまでは必要ないだろうが、今後を思えば必要なことだろう。


「かしこまりました。すぐに手配させます」

「そうですか。ありがとうございます」


 ソウ様はそういうと、新兵器の点検に戻っていった。一度の発動で、あれだけの高出力なのだ。いかにオリハルコンとはいえ無事とは限らない。研究熱心なソウ様のこと、簡単に改善策を見つけ出すことだろう。


 私はその様子を見ながら、ワイバーンの魔石を集めるための手配についてと、ソウ様のレベルアップについて思案するのだった。

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