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ウサミミ

 慌てて跳ね起きた。


「は、いや、君!!」

「ふにゃぁ、お兄ちゃんどうしたの?」


 とろーんとした眠そうな目を擦るうっすら青い髪をした小さな裸の女の子が俺の体の上で眠っていた。

 …お兄ちゃん?


 俺をお兄ちゃんと呼ぶのは一人しかいない。

 というか、頭からぴょこんと伸びているウサミミはなじみのあるものだ。


「シエス?」

「そだよ。どうしたの?」

「いやいやいや、それはこっちのセリフだって! え? どういうこと? シエスなんだよな?」

「お兄ちゃん。シエスがわからないの?」

 

 シエスはウサギだったじゃん。

 でも、目の前にいるのは人と同じ顔に、髪の毛の間からウサミミをはやしていて、へそのあたりからは動物の様に体毛が覆っている。その毛並みはシエスのものと同一だった。そこから下はどうなっているかわからない。慌てて布団を掛けてやって目をそらした。

 何が起きた?


「ちょ、ちょっと。待っててくれ」


 これは俺一人の手に余る。

 部屋を出ると隣の戸を叩いた。


「俺だ!!緊急事態だ。すぐにこっちに来てくれ」


 二人の返事も待たずに俺は部屋に戻る。戻ったらシエスが普通のウサギに戻ってればいいなあと思ったけど、残念ながらウサミミ人間のままだった。

 でも、よくよく見ると確かにシエスの面影がある。

 髪の毛はわずかに青みのある白い髪の毛、くりくりとした目も金色だし、不安げに見上げてくる表情もどことなく似ている気がする。


「入るよー」

「おう」


 そういって、フランとネルが部屋に入るなり、シエスを見て頭を抱え込んだ。


「フランお姉ちゃん、ネルお姉ちゃん。どうしたの?」

「シエスだよね」

「そうだよ」


 不思議なこと言うなぁと小首を傾げるが、寝ぼけているのかシエスは自分の姿が変わったことに気が付いていないらしい。


「えっと、自分の見た目が変わったのは気が付いてる」

「へ?」


 そういって、ペタペタと顔を触ったシエスの顔が徐々に険しくなっていく。顔の体毛がなくなっているから感触が違うのだろう。


「ど、ど、ど、どうしよう」

「うんうん。大丈夫だ。まあ、何とかなるだろ」


 シエスを安心させようとしてみたけど、フランとネルが首が千切れんばかりに左右に振った。


「いやいやいや、ならないわよ」

「二人ともこんな現象は知らない。たとえば袋ウサギはレベルが20になると、進化して人っぽくなるとか」

「聞いたことがないです。見た目は確かに耳族って感じですけど、彼らは生まれつきですからね」

「耳族?」

「シエスみたいに人と同じ顔立ちで、獣の耳やしっぽが付いているんです。昔で言う獣人のことです。知りませんか?」

「あ、ああ、獣人ね」

「最近は差別的だとかで、耳族といういい方が一般的になっているんですけど王都の方だけなんですかね」

「そうなのかな?」


 王城では普通に獣人って説明を聞いてた。


「そんなことより、シエスのことどうする?」

「このままってわけにはいかないよな」

「行くわけないでしょうが」

「難しいでしょうね。見た目だけなら耳族と変わりませんから、普通にしていればばれませんかも知れないですけど…その、袋ってどうなってるんです」


 言われてみれば気になった。

 普通ならおへその下あたりに切れ目があって袋があるのだ。青いネコ型ロボットのポケットのような感じである。

 布団の下でシエスがそこに手を入れているようだ。

 どうやらお腹のあたりには白い体毛が生えていて、前とあまり変わりないようだ。

 ちなみに手足の先も毛がふさふさしているみたいだけども、それは耳族にもある特徴らしい。


「すごく広がってます!! 」

「ああ、うん。ありがとう。でも、いまはそこじゃないの」

「とりあえずポーターとしてはこのまま活動できるってことだな」

「だから、問題はそこじゃないってば」

「耳族に袋を持った人たちはいません。彼女がポーターとして活動していると、すぐに誰かが気が付きます。そしたらきっと大問題ですよ」

「それは、魔族が人に近い見た目をしてるから?」

「そうだよね。袋ウサギがポーターとして人と共存できているのって、戦う力もないこともあるけど明確に人とは違う見た目ってのもあると思う。それに、普通の耳族がどう思われるかわからないよね」


 魔族と思われて迫害される可能性があるってことか…。

 確かにそれは大問題だ。


「なら、シエスは普通の耳族ってことにするか」

「ダンジョン攻略をやめて、この街を離れるってことですよね」

「そういうこと」

「それも難しいと思います」

「ああ、結界か…」

「迷宮都市はいいですけど、ほかの町や村には結界があるのでシエスを連れていくことができません」

「魔物だから?」

「はい」

「う、う、うぅううわああーーーーーん」


 俺の胸に飛び込んで泣き出した。


「ご、ごめんなさい」

「ごめん。シエス」


 言ってしまったことを反省してフランと、ネルもしおらしくなる。二人は悪くない。ちゃんと言ってくれて俺としては助かっている。シエスの萎れた耳をそっと撫でる。とりあえず服を着てほしい。子供とはいえ、裸の女の子に抱き着かれるのはちょっと照れる。


 俺はなんでかんでも”大丈夫”で片づけてしまうけど、二人がストッパーになってくれている。だから、もっと詳しく話を聞く。


「なあ、結界について教えてもらってもいいか?」

「はい」

「結界は”魔”を弾くって言ったよな」

「そうですね。基本的にそういうものです」

「でもさ、俺たちだって魔力はあるだろ」

「ありますけど体内にある魔力には反応しません」

「じゃあ、魔石はどうなんだ?それに、魔物の素材もあるだろう?」

「魔石は結晶化したものなので大丈夫です。それに、死んだ魔物から魔力は漏れていませんので」

「つまり、体の外に魔力が漏れていなければいいってこと?」

「そうなりますけど…」

「この前、四階層で見つけた魔力を吸われる指輪があっただろ。あれならどうだ?あれをずっとつけていたら魔力がなくなるんじゃ?」

「それは…そうかもしれません。でも…」

「でも?」

「危険だと思います。人族でも魔力がなくなれば気を失ったりするんです。魔術回路の構成失敗による暴走で、体内の魔力がすべて流れ出て気絶したという話を聞いたことがあります。シエスは魔物ですし、人以上に魔力枯渇というのは危険かもしれないません」

「それがあればシエスは一緒にいられるですか?」


 鼻をすすりながらシエスが顔を起こした。目の周りが涙でぐっしょり濡れて、ウルウルと悲しそうな瞳の奥にかすかに光が宿っている。


「平気だったとしても結界を抜けられる保証はないよ」

「でも!!」


 シエスの希望を捨てない強い瞳を見て俺たちは再びダンジョンに潜ることに決めた。シエスは宿でお留守番だ。今の彼女は人目につかない方がいい。

 ダンジョンの4層なら前回潜った時の地図もあるし、大荷物も必要ない。

 問題は”まだ”残っているかどうかである。

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