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武神の加護

 消えた結界の周りを取り囲んでいたオークが俺たちに向かってくる。 

 ナイフを持ったシエスが駆け抜ける。足を切り、手を切り、首を狩る。倒れ伏したオークが壁となり、後続の進行をほんのわずかに遅らせる。


 乗り越えられるのは時間の問題だ。

 シエスがどれだけ素早くオークたちの間を駆け抜けようとも、初めは30メートルほどあった包囲網も25メートルと徐々に狭まってきている。


 そして、ハイオークを相手にしているフランも厳しい戦いを強いられていた。逃げながら魔力の刃を飛ばすが、ハイオークの足を止めることすらできていない。それでも、徐々に迫ってくる包囲網の中、周辺に乱立する木々を壁にして逃げ回る。


 焦る気持ちを抑えて、ゆっくり素早く正確に結界魔法を構築する。


 あと少し。


 ネルは祈るように両手を合わせて俺の魔道回路を見ている。


「くっ」


 フランの悲鳴が上がる。

 ハイオークの戦斧を剣で受けていた。

 周辺のオークの群れもすでに10メートルを切っていた。すでに刻んだ魔物の数は数十を超えている。それでも、包囲網は緩まない。シエスの荒い呼吸が聞こえてきた。

 彼女の唯一のスピードも極度の疲労、焦り、恐怖で半減している。


 ネルと俺にオークが来ないようにと必死に守ってくれていた。


 くそっ、くそっ、くそっ!!


 王城でもっと練習をしていれば!!

 後悔が押し寄せてくる。魔力はあっても魔道回路を理解して覚えるのが億劫だった。剣を覚えるのも難しくて、それでも魔法よりはマシだと思って逃げていた。

 そういうのは得意なソウに任せていればいいと。

 そのツケが回って来た。


 頬に熱い液体がかかった。

 ハイオークの攻撃を抑えきれなかったフランが斬撃を受け宙に舞った。


「フラン!!!」

 

 ネルの悲鳴を聞いてシエスが、自分よりもはるかに大きいフランの体を抱きとめる。助けを求める様に俺に目を合わせて、黙ってうなずいた。


 魔術回路は完成した。


守護者の(ガーディアンズ)庭園(’ガーデン)


 ハイオークへの怒りを胸に、呪文を叫んだ。

 魔石を中心に、新たな結界が広がりオークの群れを弾く。


「フラン!!」


 彼女のわき腹からどくどくと血が流れている。


「ネル。まだか」


 首を左右に振る。


「シエス、傷薬をお願い」

「はいです」


 シエスのポケットから取り出した傷薬をフランの傷口に塗り、出血を抑える。傷は深く流れ出た血は大量だ。真っ赤な血液でフランの服がぐっしょりと濡れ、顔が青白い。


 ”ガキン”


 ハイオークが結界に向かって戦斧を叩きつける。俺は再び結界魔法の構築に入る。魔道回路に魔力を流していると軽いめまいを覚えた。魔力が限界に差し掛かっているのかもしれない。ネル以上に魔力があっても、技術に差がある俺ではロスしている魔力も多いのだ。


 ”ガキン”


「フランお姉ちゃん…しっかりするです」


 ”ガキン” 

 

 俺の魔法よりハイオークの方がおそらく早い。


 どうする?


 くそっ、どうすりゃいい。


 ”ガキン”


 戦斧が結界を叩く音が命のカウントダウンのように響く。ネルの悲痛な表情、フランの痛みに苦しむ顔、シエスの泣きそうな瞳。

 すべて俺の所為だ。

 フランもネルも難色を示したのに俺が根拠もなく大丈夫って言って連れてきたから。

 まだまだ子供のシエスを俺が雇ったりしたから。


 ”ガキン”


 結界にひびが入った。

 命に代えても三人は守る。


 骨が折れてる。

 だから、どうした?


「イチロウ」

「お兄ちゃん」


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 魔道回路を構築しながら、拳を握りハイオークをにらみつける。オークだけなら三人でもなんとかなるだろう。ネルの魔力はもうすぐ回復する。それまで何としても守る。


 ”ガキン”


 ひびが広がった。


「イチロウ、魔力が戻ってきた!!」


 俺は背後を振り返る。


「フランを先に」


 ネルがうなずき治癒魔法の構築を開始する。俺の遅々として進まない結界魔法を追い越して、瞬く間に完成を見せる。


女神の御手(キュア)


 フランの苦痛に歪む顔が徐々に穏やかになっていく。


 ”バリン――ッ”


 結界が崩壊した。

 瞬間、俺はハイオークに向かって飛び出そうとして、つんのめった。


 砕けた足腰で動けるはずもない。

 立ち上がれただけでも上々だったのだろう。

 地面を叩き、ハイオークをにらみつける。



 その時、おかしなことに気が付いた。

 ハイオークが結界に戦斧を叩きつけた姿勢のまま止まっていた。


 いや、ハイオークだけでない。

 ほかのオークもフランもネルも、シエスもだれ一人として動いていなかった。


 何が起きた?


 俺の疑問に答える様に、声が返ってきた。


《我を求めよ》


 低く重厚感のある声。

 猛々しいその声に畏怖の念を抱いた。

 初めての感情に戸惑う俺を無視して声は続く。


《我に祈りを捧げよ》


 祈り?

 神なのか?


《我を覚えておらぬのか?》


 記憶になかった。

 これほどの存在感を持つ”何か”を忘れるとは思えない。

 だけど、一つだけ心当たりがあった。


 『武神の加護』


 それの意味するところはわからなかった。

 ステータスに補正が付いているのだろうと、そう解釈していた。


 違うのか?


《我に祈りを捧げよ》


 祈り?

 この世界に召喚された後、世界を守る4柱の神々について教えられた記憶がある。だけど、覚えてねぇ。


 ああ、くそったれ。

 なんで、俺はこんなに馬鹿なんだ。

 ソウならきっと……。


 祈りの言葉はわからない。

 それでも、三人を守ることができるのなら祈りでもなんでも捧げる。

 だから、助けてほしい。


 武神の神様。お願いだ。力を貸してくれ。


《祈りを捧げよ》


 頼む。

 いや、頼みます。

 心からお願いします。

 どうか、どうか、三人を守るための力を貸してください。

 俺はどうなってもいい。

 だから、お願いします。


《……どうなってもよいと? 神との約束違えれば命では足らぬぞ」


 構わない。

 それでいい。

 だから!!


《よかろう》


 その声を最後に存在感が消えた。

 体が動く。

 痛みはある。

 だが、動く。

 ハイオークをにらみつけ、立ち上がる。


 時が動き出し、ハイオークが戦斧を振りかぶった。

 一瞬で詰め寄り、がら空きの胴体に全力の拳を叩きつける。

 

 胸の中心を陥没させて背後のオークの群れを巻き込みながら、ハイオークを十数メートル弾き飛ばす。


 全身が悲鳴を上げて、俺の体は膝から落ちる。

 限界を超えた限界。

 武神の加護がどう働いたのかわからない。

 だが、たった一度だけ、限界を超えることができたのは事実。

 心から感謝する。


 視界の端に、ナイフを逆手に持ったシエスがオークの間を駆け抜ける。しかし、一人でオークの群れを相手にできるはずもなく、俺に向かってきたオークがこん棒を振り下ろしてきた。まだ、危機を脱したとは言えない。


 くそったれが!!


 心の中の叫び声に呼応するように、オークの上下が分かれた。生臭い大量の血を全身に浴びて生きていることを実感する。上半身を落としたオークの向こうに、フランの姿が見えた。


「ったく、無茶苦茶なのよ。あんたは!!」

「フランもな」


 魔法で傷が治っても、失った血までは取り戻せない。

 青白い顔のまま、荒い呼吸をして剣を振りぬいたフランは、ぐっと歯を食いしばり俺の周囲のオークを魔刃で蹴散らした。道を開けたところでネルが俺に触れて治癒魔法を唱え、体の内側から熱が迸る。

 ボロボロになった骨が、筋肉が、内臓が急速につながり一つになる。新たに生まれ変わる様に体が超回復の波に乗る。


 手足の腫れが引いた。


 背中の激痛が消えた。


 腰の鈍痛が消えた。


 全身に力が入る。


 フランとシエスの攻撃を掻い潜ってきたオークの頭蓋を拳一つで粉砕する。殴りかかってきた腕をつかみ、オークの体を鈍器に数体なぎ倒す。

 殴る、蹴る、斬る、砕く、割る、すりつぶす。


 俺たちはオークの群れを蹂躙した。

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