ハイオーク
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「イチロウ!!」
「お兄ちゃん!!」
「いい加減、目を覚ましなさいよ」
意識が覚醒する。
「ん、あああ。すまん。どれくらい気を失ってた?」
心配そうに俺の顔を覗き込むの顔が三つ。
「10秒くらいです」
「それより、大丈夫なの。私たちはあんたとネルのお蔭でほとんど衝撃なかったけど……」
この世の終わりのような顔をしたフランに向かって、俺は口角を吊り上げる。
「大丈夫だけど治癒魔法お願いしてもいいか」
「す、すみません。魔力使い切ってしまってて、少し休めば回復すると思うんですが」
申し訳なさそうな顔をされると非常に困る。
全力でと、お願いしたのは俺なのだ。
安心させるためにも、無理して体を起こす。
シャレにならないくらいの激痛が全身に駆け巡る。
うん、これマジでやばい。
「大丈夫?」
「ああ」
やせ我慢です。
地上数百メートルから落下して生きている方がどうかしている。
この世界で強化されたステータスに加えて、落下速度の低下を狙って大木を蹴った。さらに、轟流奥義玖ノ型『榧』を発動して、防御力を極限まで上げていた。
とはいえだ。
「あああああ」
突然、変な声を上げたシエスの指さす方を見ると、豚の頭をした魔物―オークが俺たちに向かってきている。
それも異常な数。
「フラン、シエス、時間を稼いでくれ」
「わかったけど…」
「いいの?」
「頼む」
シエスに戦闘を避けさせるつもりだったけども、そうも言ってられない。見える影だけでも数十。下手したら百を超えているかもしれない。
すぐに二人がオークの群れに向かって飛び出していった。
二人ともオークごときに後れは取らないと思う。
だが、数というのは脅威だ。
「ネル。俺が自分で治癒魔法を使う。やり方をおしえてほしい」
「すみませんが、私の知っている治癒魔法は自分には使えないんです」
「…そうなの?」
「はい。だから、結界を張りましょう」
「了解。それで頼む」
ネルが泥濘化させていた地面に枝を使って、魔法陣を描く。それを参考にしながら俺は魔力を通して模写していく。彼女たちの村でさんざん練習して使った魔法なので何となくだけど頭に残っているから、前回よりは早い。
フランとシエスの様子が気になるけど、一瞬でも彼女たちの方を見てしまうと魔術回路の構成に失敗しかねない。だから、俺は二人を信じる。
はやる気持ちを抑えて、全身を襲う激痛に耐えながら丁寧に丁寧に作業をする。
そして、完成した魔法陣。
「フラン、シエス!!戻って!!」
ネルの掛け声で二人が戻る。
そして、俺は発動句を唱えた。
「守護者の庭園」
俺たちを中心に半径30メートルほどの距離に不可視のバリアが展開する。フランとシエスの後を追いかけてきたオークが透明な壁に激突して顔から崩れ落ちた。取り込んでしまったオークはフランとシエスが切り捨てる。
「ふう。どうにかなったか」
「ですね」
「でも、囲まれていることは変わりないけど」
「あの、私はまだやれます」
「いや、いったん休憩しよう。二人ともありがとうな」
横倒しになった木に腰をかけて、一息ついた。
結界の前で無数のオークがうろうろとして、時々俺たちに向かって咆哮を上げた。中には手にしたこん棒や剣を結界に向かって振り下ろしてくるものもいるが、結界がすべてを跳ね返す。
ニースの村に掛けた結界と構成は同じ。
つまり中級クラスの魔物にも対抗できるだけの強度がある。
もちろん、攻撃を受け続ければ破壊できないわけではないのだ。だからこそ、ニースの村はオーガに襲われたのだから。
「ネルも落ち着かないだろうけど、ゆっくり休んでくれ」
「わかりました」
正直彼女の魔法がなければこの状況から抜けることはできない。
「ねえ、あんたの体の状態どうなの?」
「問題ない」
何度も言うが強がりだ。
「生身であの高度から落ちて問題ないとか、ありえないって」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「そうですよ。さっきも治癒魔法掛けようとしてたじゃないですか」
そういえば、そんなこともあったか。
隠しようがなかったので、正直に答えることにする。
「……体中の骨が砕けてるけど、まあ大丈夫だ」
「それのどこが大丈夫なのよ」
フランが呆れる様にため息をつく。
たぶん、肋骨が七~八本はいってる。ついでに左腕と右足、腰骨も折れてる。細かく言えば切りがないレベルでボロボロだ。内臓も、うーん、だめかもしれない。
「ちょっと待ってくださいね。シエス、マジックポーションを出してもらえる?」
「はいです」
シエスのポケットから赤い小瓶が出てくる。受け取ったネルがそれを一気に飲み干した。そういえばダンジョンに潜る前に、マジックポーションを2本購入していたのだった。
効果が出るまでに10分から15分程度かかるので、戦闘中の使い勝手はいまいちだけど、1000程度の魔力なら一瓶で回復するなかなか優秀なアイテムだ。
その分高いけど。
「ぶるわあわあああああああああ」
ひときわ大きな雄たけびが俺たちの耳を劈いた。
結界の周りのオークたちが道を開ける。その向こうから頭一つ大きいオークが歩いてくる。目つきが鋭く、普通のオークにはない牙が生えていた。
王者の風格とでもいうような格の違いが見て取れる。
「ハイオーク?」
「そんな…」
フランのつぶやきに、ネルが絶句する。シエスは怯えて震える手で俺の服をつかんできた。
「やばそうなやつだな」
「あり得ない。何でここに中級クラスの魔物がでるのよ」
「私たちまだ上層にいるはずですよね」
俺たちは6階層にいた。
地面が割れて、落下したのだから普通に考えれば7階層だ。このダンジョンは9階層まで下級の魔物しか出ないと聞いている。
「結界は持つと思う?」
「私たちの村に掛けた結界と同じなので中級クラスの魔物にも有効です。有効ですけど…」
少しずつ近づいてくるハイオークの気配は、村で戦ったオーガより遥かに濃い。ウルの山に出た中級クラスとも一線を画している。
結界の前に到達したハイオークが雄たけびとともに、戦斧を振り下ろした。
”ガキン”
一度目は防いだ。
”ガキン”
二度目も防いだ。
”ガキン”
三度目はひびが入った。
「ネル、魔力は」
「まだ無理です」
申し訳なさそうに首を振るが、彼女に責任はない。
「フラン、シエス。時間稼げるか」
「やるしかないでしょ」
「はいです」
フランが剣を抜き、シエスがナイフを構える。
普通のオークなら問題はないし、中級でも今のフランなら十分戦える。でも、あれは無理だ。
”ガキン”
ひびが広がった。
あと数回の攻撃で結界は砕ける。
力をためた渾身の一撃でなければ、有効打にならないようで一発一発の間隔は広い。だが、持って数分だろう。
どうする。
俺の体は戦闘には耐えられない。
「ネル、俺の魔力で何かできないか?」
「初めての魔法だと、たぶん構築がうまくいきません。それなら結界をもう一度かけたほうがいいと思います」
「わかった。それで行こう」
”ガキン”
結界の罅が大きくなる。
これ以上は持たない。
俺はすぐに先ほどと同じ結界魔法の構築を始める。だが、どんなに頑張っても俺では数分はかかる。今の結界が割れる方が先だろう。
「フラン、あいつとやれるか」
「…無茶だけど、やるしかないでしょ」
「遠くからけん制するだけでいい。シエスはオークの間を駆け抜けてくれ。決して捕まるなよ。やばいと思ったら逃げてもいい。シエスの足ならできるはずだ」
”バリン”
ついに結界が砕けた。
結界魔法の構築は半分程度。
フランが先制攻撃とばかりに、魔力の斬撃をハイオークに向かって飛ばす。だが、戦斧を一振り、飛ぶ斬撃を弾く。
攻撃してきたフランに目を付けたハイオークが雄たけびを上げて走り出した。