罠
六層の森をさまよい続けて三日が経過した。
ダンジョンに潜り始めて五日である。
正直舐めてた。
ここはまだ上層で現れる魔物もレベルの低い下級しかなく、俺たちはギルドの基準ではFランクとEランクだけど、中級にも通じる力があると思い込んでいた。
だが、ギルドのランクを上げるのは何も戦闘能力に限った話ではないということなのだろう。
「どうします。やっぱり、一度戻りますか?」
六日目の朝、結果の外を囲っていた魔物を一蹴したところだった。
一週間は探索する予定で、往復分プラスアルファを考えて二十日分の食料を持ち込んでいたから食料の心配はとりあえずない。例えぎりぎりになっても、袋ウサギの習性で、上層に続く階段の在処はシエスのおかげで常に把握している。ただ、このまま彷徨い続けるのは精神的にしんどかった。
「そうしようか。少なくとも地図じゃなくても情報が欲しいしな」
そういう話をして、上層に戻る途中だった。
突然、地面が割れたのは。
「うわわわああああああああ」
「きゃああああああああああああ」
「きゅううううううううう」
三人の悲鳴を耳にしながら、状況を確認する。
なるほど、ダンジョンが人を喰らう魔物というのは本当らしい。
一瞬の浮遊感の後は、重力に引っ張られて下層に向かって真っ逆さまだ。
暗い竪穴のトンネルを抜けた先に、同じような森が広がっていた。
高い木々が生い茂り、うまい具合に枝葉に乗れば多少のクッションになるかもしれない。それでも目測で数百メートル落下して助かる保証なんてない。
俺一人ならいけるかもしれないが。
「ネル!!しっかりしろ」
空を泳いでネルとフランの手をつかんだ。シエスは落下した瞬間に俺の首に抱き着いてきた。
「ネル!!」
再び呼びかけた。
この場で期待できるのは彼女の魔法だけだ。
「ネル!!」
三度目の呼びかけで、ようやく彼女は俺の方を見た。
「最大規模で俺たちを泥の海に沈めれるか? いや、やってくれ!!」
「は、はい!!」
地面に近づく速度からして、大地に激突するまで5秒を切っている。だけど、ネルの魔術回路構成速度なら何とかなると信じている。
彼女の目の前に恐ろしい速度で魔術回路が構成されていく。
光の粒が躍る。
いつもならペンを走らせるように描いてく彼女だったけど、時間がないせいか全体が一気に仕上がっていく。まるで炙り出しの絵のように。
木々が間近に迫っていた。
そして、光が完成する。
彼女が学んだ中級の土魔法は土壁を作って敵の攻撃を防ぐことに使われたりする魔法である。だが、彼女は魔法の真理を理解して応用する。ただ、唯一の問題は土魔法は対象に触れていないと使用できないことだ。つまり激突するその瞬間まで魔法の発動ができない。
それには、瞬発力と何よりも胆力が必要だ。
だから、少しでも発動しやすいように速度を落とす。
枝葉をへし折っていくが、落下速度に変化はない。
だったら。
俺は少しでも落下の衝撃を殺すために、大木を蹴る。
蹴る。
蹴る。
蹴る。
落下速度はわずかに下がるがそれでも早い。
「投げるぞ!!」
もう少しで地面にぶつかるというところで、両手につかんでいたネルとフランを上に向かって投げつけた。ワンテンポ遅れて、胸の中のシエスも放り投げる。
地面に激突寸前に幹を蹴り上げ、落下の衝撃の方向を捻じ曲げる。
同時に、轟流奥義玖ノ型『榧』を発動する。
全身を丸めて鋼鉄の塊の様になる。
ほんの一瞬であれば、斬撃でも銃撃でも防げる防御系の奥義。もちろん、実験したことはないのだが。背中から地面にぶつかり、転がりながらも衝撃が体を突き抜ける。
数舜遅れてネルが地面に到着し、
「粘土創造」
魔法が発動し彼女の手を中心に地面が泥に変質する。柔らかい泥がネル、フラン、シエスの体を包み込んだのを見届け俺は気を失った。