上級魔物
「森?」
五階層から続く階段を降りると、広大な森が広がっていた。天井と呼んでいいのか青空のようなものすら見える。
「ここからはフィールドダンジョンみたいですね」
「なにそれ?」
「ここみたいに自然があるタイプのダンジョンのことよ。ちなみに昼も夜もあるし、場所によっては雨が降ったりもするらしいわ」
「すげえな。そもそもダンジョンってなんだんだ?」
「いまさら、そこを聞くの?」
呆れた顔でフランがいうけども、ダンジョンは不思議の塊だ。
魔物を倒すと魔石を残して死骸は消える。そのため、魔石以外の素材は取れないし、その魔物は無限に湧いて出てくる。
「ダンジョンは、食虫植物ようなものらしいです」
「生き物ってこと?」
「はい。食虫植物が虫が好むフェロモンを出して虫を集める様に、ダンジョンは魔石が取れる魔物を生み出し、宝を配置することで人を集めるそうです」
「つまり、人を食べるってことか」
「そうですね。ダンジョンに入って命を落とすものは少なくありませんし」
「そういうこと。だから上層階だからって油断は禁物」
落とし穴、毒矢、モンスターハウスといった各種罠もあるらしい。
フィールド型ではどっちに向かえばいいのかわからないので、取り合えず適当に歩き出す。ほかの冒険者の姿も見えないし、彼らが歩いた足跡を追跡するような技術はない。フランが言ったように俺たちにはスカウトが必要かもしれない。
森の中を歩いていると、川まで流れていた。幅は1メートルくらいなので軽く飛び越える。
しかし、広い。
目印もなく、どっちに向かって進んでいいのかわからないので非常に厄介だ。
「みんなどうやって攻略してるんだろ」
「一度戻って地図を買いますか?」
「けど、高いだろ」
「そうね。まだ、いくらか余裕はあるけど、この階だけじゃすまないよね」
ダンジョンに潜り始めてから、三日になるけど儲けはない。せっかくの宝箱もお金にはならなかったし、今まで出た魔石もすでに100個近くあると思うけど、ゴブリン程度の魔石だと1個当たり1000ダリル程度にしかならない。そんなわけで、もう少しこのまま探索を続けることにする。
しばらく川沿いに進んでいると、川の水を飲んでいる魔物がいた。犬の頭の二足歩行の魔物ーコボルトである。体の大きさは人と同じくらいで10頭くらいの群れだった。
「シエス、囲まれないように気をつけろよ」
「はいです」
「私も出るわ」
駆け出すシエスを追って、フランも剣を抜く。二人に任せれば問題ないだろう。
「でも、不思議だよな」
「何がです」
「だって、コボルトは魔物なわけだろ?」
「そうですけど?」
二足歩行の犬が魔物で、二足歩行のウサギが魔物ではないとなると線引きがよくわからない。
「まあ、シエスは人の言葉がわかるし不思議でもないのか?」
「何の話ですか?」
それこそ不思議そうな目をしてネルが小首を傾げる。
「終わったわよ」
十体もいたコボルトの群れがあっさりと一掃されていた。
「何の話をしてたんですか?」
「ああ、コボルトは魔物なのに袋ウサギは魔物じゃないのって不思議だよなってそんな話」
「え?」
「は?」
「あんた、何言ってるの?」
三人がそろいもそろって口をあんぐりと開けていた。
なんか変なこと口にしたか?
「いやいやいや、ちょっと待って、もしかして、え、いや、うそでしょ」
フランがひときわ大きなリアクションで頭を抱え込んだ。
「なんか、変なこと言ったか?」
「言ったわよ。言ったでしょうが!」
「えっとですね、イチロウは勘違いしているみたいですけど、袋ウサギは魔物ですよ」
「は?」
シエスが魔物?
意味が分からん。
シエスは人の言葉も話せるし、魔物というには可愛いすぎる。
「ちょっと、待ってくれ。あり得ないだろ。だって、魔物ってのは…ん?魔物ってなんだ?」
「そこなの!!」
「魔物は体内に魔石を宿した生き物のことですよ」
「えっと、つまりシエスの体には魔石があるってこと」
「そういうことです」
「いやいやいや、でも下級や中級の魔物は知能が低いって話だろ」
「袋ウサギは上級ですよ」
「え?」
上級?
シエスが?
かわいいのに?
え?
「基準がおかしいだろうが」
「なにが」
「何がじゃないだろ。普通は下級より中級が強くて、中級より上級が…」
強いとは限らないわけか。
上級より強い中級の魔物はいるって話だったか。ワイバーンやエレファントタートルとか、それに温厚の魔物もいるって話だから、人に敵対しない魔物がいても不思議はないってことか?
「はあ。本当にわかってなかったのね。だから、シエスにナイフを与えて戦い方を教えたり、おかしいと思ったのよ」
「それってつまり…」
「魔物ですけど、こうして共存してるのは袋ウサギに戦闘能力がないからです」
「もしかして、不味かった?」
力をつけたシエスが、危険視されて討伐対象となったとしたらそれは俺の所為だ。
「もう一緒にいられないですか?」
不安そうな、泣きそうな声でシエスが俺のシャツをつかんだ。
「そんなことないよ」
シエスの頭に手をのせる。
「そんなことないよな」
「そうですね。袋の容量も十分増えましたと思いますし、これ以上の戦闘は避けた方がいいかもしれないですけど」
「そっか、人に見られなきゃ問題ないか」
「そういう問題でもないけど、そうね」
俺たちの言葉でシエスも安心したようだ。
気を取り直して、コボルトの魔石を拾い集めて出発する。
それにしても、こんなにかわいらしいのが上級の魔物とはなぁ。
「もしかして、王都や魔法都市に袋ウサギがいなかったのって魔物だからってこと?」
「そうですね。街には結界がありますから」
「ここにはないの?」
「ないですよ。気が付きませんでした?」
「全然。でも危なくないのか。街には冒険者以外もたくさん暮らしているだろ?」
「ダンジョンは生き物だって言ったでしょ。詳しいことはわかってないらしいけど、ダンジョンが縄張りを主張してるらしくて弱い魔物じゃ近寄れないんだって」
つまり、袋ウサギが活躍できるのもここのような迷宮都市だけということか。
マジックバッグがなければ、袋ウサギの価値は計り知れない。シエスを雇うことを決めてからわかったけど、彼女たちポーターの給料は袋の容量によって違いはあるけど、一日2000ダリル~と危険な仕事のわりにけっこう安い。それにも魔物というのが理由としてあるのかもしれない。
そして、シエスの戦闘への参加をやめてダンジョン攻略を再開したのだが、第六層で俺たちは足止めを食うことになった。