首狩りウサギ
冒険者ギルドで一通りの説明を受けて、ダンジョンに潜るための利用料を支払った。初回利用料には1階層の地図も含まれているようで、1万ダリルとまあまあ高かった。これは経験の浅い冒険者の生存率を上げるための処置らしい。
ダンジョンの一階は、洞窟型の迷宮で地図を見ると分岐点が多くそれでいて広大だ。フランを先頭にネルとシエスを間に挟んで、最後に俺が続く。光の魔法が閉じ込められた魔石をカンテラにいれて周囲を照らす。
壁は土と岩肌で、通路は幅4メートルくらい、高さも同じく4メートルくらいあるのでフランが剣を振り回しても問題はなさそうだ。
「早速お出ましみたいよ」
前方に三体のゴブリンが見えた。
「フラン、二体任せるから一体はこっちに回してくれ」
「…了解」
敵を前に余計な疑問をさしはさまずにフランが飛び出した。出会った頃よりレベルの跳ね上がったフランにゴブリン程度では相手にならない。二体を切り捨て、ゴブリンの横を通り過ぎた。
「シエス、よく聞いて」
「はい」
身をかがませて、袋ウサギの少女の手に素材回収用の幅広のナイフを握らせる。幼い彼女にはただのナイフでも、ショートソードくらいの大きさに見える。
「シエスはスピードだけなら、ゴブリンの倍以上ある。だから、このナイフをこう構えて、あのゴブリンの横を全力で駆け抜けろ」
「はいです」
「ちょ、ちょっと、何させようとしてるんですか!!」
ネルが抗議の声を上げるけども、大きくうなずいたシエスはすぐに行動を開始した。ナイフを右手で逆手に持ち、左手で抑える。ゴブリンの高さくらいに構えたところで全力ダッシュだ。
自分の倍以上のスピードを持つ、シエスにゴブリンは反応できない。
右手に持ったこん棒を振り上げようとしたときには、頸動脈を裂かれて血しぶきを上げていた。
「よくやった!!」
「よくやったじゃないわよ。あんたシエスに何させてんの!?」
「そうですよ。シエスちゃんはポーターですよ」
「ダメですか?」
血糊をぬぐって剣を鞘に収めたフランが詰め寄ってくる。
悪いことをしてしまったのだろうかとシエスが、耳を垂れさせて怯えるような表情をしているので、問題ないよと頭を撫でる。
「でも、レベル上げてやらないと、ポーターとしての能力が発揮できないわけだろ。ゴブリン程度ならスピード的にも問題ないって二人も言ったじゃないか?」
「私が言ったのは、いざというときの逃げ足の話よ」
「じゃあ、どうやって彼女のレベルを上げるんだ?」
「それは…」
どんな経験でもレベルは上がるらしいから、一緒にダンジョンに潜っているだけでも、少しずつレベルは上がっていく。とはいえ、魔物との戦闘、特に格上との戦いから得られる経験値が一番大きい。
「これが一番効率いいんだって。俺も別にシエスにこの先もずっと戦いに参加させるつもりはないよ。上層で下級の魔物を倒してある程度、袋を拡張させるまでだからさ。無理をさせるつもりはないし、こんな感じでやっていこうぜ」
「確かにシエスちゃんの容量は増えたほうがいいと思いますけど……」
「頑張りますから、見捨てないでくださいです」
「あ、いや、見捨てるとかそういうつもりはないっていうか」
反対気味だった二人も、シエスのつぶらな瞳には勝てないようだ。
「わかったわよ」
「そうですね。私もしっかりサポートします」
二人の了解も得て、シエスのレベルアップにいったん注力した。
ゴブリンは定期的に俺たちの前に立ちはだかるので、一体だけシエスに攻撃させるようにしながらダンジョンを進んでいく。
レベル上げと、戦いに慣れさせることを目的にしたのでダンジョン攻略初日は一階層をぐるぐるとまわって、ひたすらゴブリン狩りを行った。
1階層は地図もあることから、初級の冒険者でもなければ留まらない。
そんな関係もあって、すれ違う冒険者の数も少なく魔物も一定量現れ続けたので、修行にはもってこいだった。
そんな感じでシエスのレベルを上げつつ、俺たちは地下三階まで降りていた。
まだ、出てくるのはゴブリンだけだが、時々ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンより一回り大きめの魔物が現れるようになっていた。
「来たよ」
前方に目をやると、ゴブリン三体とホブゴブリンが現れた。
「任せるです!」
シエスがナイフを手に、一気にトップスピードで駆け出した。あっという間にゴブリンの間合いに入ると、ナイフを一閃させてゴブリンの首を狩る。シエスの接近に気が付いたゴブリンが、「げぎゃぎゃぎゃぎゃ」と声を上げて、こん棒を振り上げるが遅すぎる。
シエスは一瞬にして二体のゴブリンの首を斬ると、優れた脚力で壁を蹴り上げて逆さまに天井に着地した。そして、天井を蹴るとホブゴブリンの脳天にナイフを突き立てる。
ふわりと着地したシエスの前で、ホブゴブリンが膝から崩れ落ちた。
「えへへ。どうでした?」
「よくやったな!」
嬉しそうに俺のそばに駆け寄ってきたシエスの頭をなでなでしてほめた。たった数日で見違えるように、シエスの戦闘スキルは向上した。
「よくやったじゃないわよ!!!」
「なんだよ。出番がないからって怒んなよ」
「そういう話じゃないでしょうが!!なんなのよ。ちょっとレベルを上げるどころか立派な戦力になってるじゃない?」
「それの何が問題なんだ?」
「シエスちゃんはポーターですよ」
それはもちろん知っている。
レベルは確認してないけど、シエスの話だと彼女の袋の容量はすでに俺のバックパック3つ分くらいまで拡張されているそうだ。いまや素早さもフランと比べても遜色ない。
そんなわけで、食料その他を買い込んで本格的な攻略に乗り出したところだった。ちょっと高いけど、念のためにマジックポーションを二つ買って、シエス用にも素材回収用じゃないナイフを手に入れた。おかげで財布はすっからかんである。
「まあいいじゃん」
「はあ、もう。あんたと話してると自分の常識がどんどん崩壊していくわ」
「ごめんなさいです」
「いいのいいの。シエスは何も悪くないから」
戦力が増強したこともあり、俺たちはその後も順調にダンジョンを進んでいった。
というか、完全にシエスの独壇場だった。
四階層に入るとホブゴブリンの出現する割合も増えて、グレイウルフも時々出るようになったけども、シエスのスピードは彼らを凌駕していたので問題なかった。
問題があるとすれば、ダンジョンの広さである。
一階層は地図があるので難なく攻略できたけど、二階層から先は自力で進んでいたので散々迷いながら、抜けるのに半日近くかかったのだ。三階層を抜けたところで結界を張って休憩し、四階層へと進み、ようやくダンジョンっぽいものを発見した。
宝箱である。