ポーターを雇う
飯屋でシチューを頼んだ俺たちは、袋ウサギの子供に少しずつシチューを口に運んでやった。持ち上げてみると、子供の体は予想以上に軽く、そして掌に帰ってきた感触はごつごつとした骨の感触だった。どこにも肉がついていない。
しばらくそうやってシチューを流し込んでいると、袋ウサギの子供は目をぱちくりとさせて意識を覚醒させた。金色に輝くきれいな瞳をしていた。
「あの、ありがとう…です」
「自分で食べられるか?」
「は、はい」
シチュー皿を受け取って、少しずつ自分の手で飲み干していく。食事が終わったところで事情を聞いてみた。
名前はシエスというらしい。
この街で生まれ、ポーターをしている父と二人で暮らしていたそうだ。お腹に袋があるのは雌だけではないらしい。ちなみに母親は小さいころに死んだそうだ。そして、二か月ほど前にダンジョンに潜ったきり父親が戻ってこなかったという。
父親の予定していた日数分の食費はあったもののそれ以降ほとんど何も食べることができず路地をふらふらとしていたそうだ。
「あ、あの。私を雇ってくれませんか?」
シエスが大きな目をくりくりとさせて俺たちに訴えてきた。
「まだ、子供でしょう?」
「で、でも。袋はありますから」
「どのくらい入るの?」
「え、えっと、お兄さんのカバンの半分くらい……」
フランの質問にしりすぼみになっていく答えるシエス。彼女の体の大きさでそれだけのものが持てれば十分立派だけど、ポーターとしては足りないのだろう。冒険者が抱える量しか持てなければ雇う必要はないからだ。
俺たちのそういう空気を察したのか、シエスはがばっと顔を上げると必死の形相でこの機会を逃がさないとばかりに詰め寄ってきた。
「で、でも、レベルが上がれば容量も増えるです。だから!!」
ウサギの顔を初めて間近で見たけど結構かわいいものだ。道場で子供のころから買ってた犬を思い出すな。まん丸の目がかわいかった。ロッキーにどこかしら似ている気がする。
「レベルアップで容量が増えるならいいんじゃないか」
「本当ですか」
シエスが顔をぱあっと明るくなった気がする。
だんだんウサギの表情が読めるようになってきた。
「ちょっと、本気なの」
「二人は反対?」
「うーん。私はいいと思いますけど、本当に大丈夫ですか?だって、子供ですし」
「そうだよね。ダンジョンの中を連れ歩くとなるとリスクもあるし、とりあえずギルドでステータス確認してみない?それからってことで」
「それでもいいです、お願いしますです」
必死に頭を下げるシエスを連れて、俺たちは冒険者ギルドに向かった。
お金で雇うポーターも、一緒にダンジョンを潜る仲間だ。仮に強敵が現れて、逃げなければならなくなったとき、ステータスがあまりにも低ければシエスが逃げ遅れることになる。それを気にしているのだろう。袋ウサギは攻撃力がない代わりに、スピードに特化しているらしい。
とはいえ、まだ子供だ。
食堂を出て10分ほどのところに冒険者ギルドはあった。
さすがはダンジョンの町の冒険者ギルドである。王都以上の喧騒に包まれていた。この街のギルドでは街の周辺に出かけるような依頼は少ないものの、ダンジョンで獲得した素材の売買を一手に引き受けているので賑わっているようだ。
冒険者の集まっているギルドカウンターを抜けて、ステータス水晶をレンタルする。ギルドの端にある個室に入っていった。
「じゃあ、ここに手を置いて」
早速とばかりに、シエスが水晶に手を置いた。
氏名:シエス
LV:3
STR:15
VIT:14
MAG:21
DEX:22
AGI:306
「すばやさはやっぱりすごいね」
レベル3としては異常なほど。それが袋ウサギという種族の特性なんだろうが、ここまで極端なステータスっていうのも面白い。
「上層で出る魔物ってどうなんだ?」
「普通にゴブリンとかだけど、すばやさが306もあれば何かあっても十分逃げれると思う。ゴブリンは大体150くらいって話だから」
「じゃあ、足手まといにはならないわけか」
「うん」
「じゃあ、二人ともいいんだな。シエスをポーターをして雇っても」
うなずくフランとネルを見て、シエスが地面に届きそうなほど頭を下げた。
「よし、じゃあ。明日からよろしくな」
「はい。頑張るです!」
「ところでシエスはこの街に住んでたみたいだけど、寝るところはあるのか?」
「だ、だいじょうぶです」
うん。これは大丈夫じゃないやつだ。
「一緒にダンジョンに行くんだし、シエスも一緒の宿に泊まろう」
「あ、あの。でも、そんな…」
「気にしなくていいぞ。ちゃんと休んで体調整えることもポーターの仕事のうちだろ」
「いいですか」
「問題ない。二人もいいだろ」
「ええ、いいわよ」
「はい。シエスちゃん。これからよろしくね」
こうして、俺たちはシエスを雇うことに決めた。
ついでということで、俺たち三人もそれぞれステータスを確認する。
氏名:ロキ
LV:15
STR:1994
VIT:1789
MAG:1623
DEX:1600
AGI:2412
「ひえええ、ロキさんすごいです」
「うん。ロキじゃなくてイチロウな」
「あいかわらず、理不尽な…」
「ほんとすごいですよね。普通ならレベル60オーバーですよ、これ」
「あー。さすがにエレファントタートルが効いたみたいだな」
氏名:フラン
LV:28
STR:938
VIT:856
MAG:441
DEX:788
AGI:941
「うわ、フラン。すごく上がってるね」
「ほんとだ。でも、魔物との遭遇はそんなに多くなかったからさ、つまりあんたとの組手の成果ってこと?」
「さあ。それにしても上がったな」
「フランさんもすごいです!!」
氏名:ネル
LV:24
STR:366
VIT:402
MAG:860
DEX:855
AGI:500
「うぅ。フランとすごい差が…」
「修行より魔法の習得優先してたからね」
「でもさ、中級の魔法覚えたから戦力としては格段に上がってるだろ」
「うわぁ、ネルさんはすごい魔法使いなんですね」
ステータスを確認した俺たちは宿を見つけて、それぞれベッドにはいった。
シエスは俺の方の部屋に来たのだけど、まあウサギだから問題ないだろう。彼女のやわらかい毛並みを撫でているとロッキーを思い出して少し寂しくなった。