訓練と野営
フランの斬撃を右に左に躱しつつ、剣を振り下ろした後の隙だらけの背中を突き飛ばす。軽く押しただけだが、重心のバランスを崩されたフランはつんのめる。ぎりぎりのところで踏みとどまり、返す刃で剣を薙ぐがそこに俺はいない。
「っ!?」
反対側に移動した俺は、驚く彼女に足払いをかける。
背中から重力という手につかみ取られたフランは、それでも受け身を取りすぐに立ち上がる。
「もっと重心を意識しろ」
剣を構えるより先に俺の蹴りが彼女の肩を突く。肩を弾かれた彼女は半身をのけぞらせて剣を取り落とす。すぐさま拾おうとしたところで俺の足が剣の腹を抑え込んだ。
「違う!!」
一喝し、剣の腹を抑え込んだ右足を軸に体を回転させて回し蹴りを放つ。
剣を取ろうと若干屈み気味だった彼女の顔の真横を神速の蹴りが突き抜ける。風圧で彼女の赤い髪の毛を数本切り裂いた。彼女は攻撃を受けたわけでもないのにその場で尻餅をついた。
「はあ、はあ、はあ」
荒い呼吸を繰り返すフランに向かって俺は手を差し出した。一瞬、睨まれたが彼女は俺の手を取り立ち上がった。
「一回くらいは斬られなさいよ」
「嫌だよ。痛いし」
練習に使っているのは、魔法都市で手にした魔法剣ではなくボロボロのロングソードだけど、当たれば痛いじゃすまない。
「ああ、もう。だいぶ強くなったと思うのになぁ」
「良くなってるよ。けど、疲れてくるとやっぱり基本がおろそかになってきてる。だから、軽くついただけでバランス崩してしまう。それに、前にも言っただろ。剣士だからって剣にこだわりすぎるなって。剣を落としてしまうのは仕方ないけど、すぐに拾おうとするのはダメだって」
「わかってるんだけどね」
総合して彼女の剣術は悪くはない。
ここ数日でさらに技術は磨かれている。
足りないのは圧倒的に経験だ。それも強者との経験が少なすぎる。ここはゲームや漫画の世界と違って、コンテニューは使えない。死ねば終わり。
だから、仕方がないといえば仕方がない。
フランとネルが冒険者として、身の丈に合った安全な依頼や討伐ばかりをこなしていたのは普通のことなのだろう。
「ご飯できたよー」
声をかけてきたのはもちろんネルだ。
俺とフランが組手というか修行をしている間、ネルが食事の準備をしてくれていた。
「おなかペコペコ。今日はなに?」
「えへへ、昨日寄った村で新鮮なキノコが入ったからねシチューにしてみたの。それから今朝ホーンラビットが取れたでしょ香草まぶして丸焼きにね」
「うわっ、うまそう」
野営場所に近づくにつれていい香りが漂ってきた。
フランとネルは二人とも料理がうまい。小さな村で育つと、子供のころから家の手伝いなんかでそういうことは覚えていくらしい。それに新鮮な野菜とかの目利きもできるそうだ。
フランが料理できるのは意外だったけど、むしろ彼女のほうが料理の腕は高いらしい。
俺からすればどっちもうまい。
街道から少し離れたところにあったスペースで焚火の火がぱちぱちと音を立てていた。大きめの石を椅子代わりにして俺たちは焚火を囲む。
「どうぞ」
「ありがとう」
ネルから渡された木を削りだして作った器に注がれたキノコのシチューを味わう。しめじのようなキノコに、エリンギのような肉厚のキノコ、さらにえのきのような細いキノコと数種類のキノコが入っててすごくうまい。
「修行はどうだったの?」
「全然。一回入ったかなって思った瞬間あったんだけどね、あっさり避けられた。ああ、もう、悔しい。ネル、おかわり」
「はい、はい」
フランの差し出したお椀に、ネルがシチューを注ぐ。
俺はホーンラビットの肉をひと切れつまんだ。
うまっ!
赤身肉のうまみがじゅわっと口に広がる。
肉を味わいながら、フランとの訓練を思い出す。
「だんだん動きよくなってるよ。剣に重みが乗っているし、フランが言う一回っていうのもわかるよ。フェイントのタイミングもかなり絶妙だった。力の入れ方、目線の動かし方、本筋の攻撃へのつなげ方、よかったと思う。普通の相手なら引っかかってるだろうぜ」
「あんたには全然通じてないじゃない」
「そりゃあ、レベルはともかくステータス的には俺の方が上なんだからしょうがないだろ」
「そうだけど、そういう問題じゃない気がするんだよね」
鋭いなと思う。彼女の相手をするときはスピードもパワーも彼女に合わせている。ステータスごり押しのやり方はしていない。つまりは技術。でも、その点で言えば俺は小さいころから磨き続けてきたわけで、技術を学び始めたばかりの彼女に遅れを取るわけにはいかない。
「俺から見たらすごい勢いで成長してるんだけどな。ここ数日俺との組手ばっかりで実感がわかないんだろ。魔物って言ってもホーンラビットみたいな雑魚ばかりだし」
「うーん。そうなのかな」
と言いながら、フランがシチューにパンをディップさせて食べている。それがうまそうだったので俺も真似をする。硬いパンなんだけど、シチューを吸い込んで柔らかくなるとすごくうまい。
ここ数日は街道沿いを歩いていても魔物との遭遇がめっきり減っていた。ウルの山を下りた後は中級クラスの魔物は一度も出会っていない。
「ふふふっ、ホーンラビットのことを雑魚だとフランも思ってるなら、強くなってるんだよ」
「え、あ、まあ、そうなのかな?」
レベルやステータスを強さの指標としていた二人にとって、技術というのは実感しにくいんだろう。そんな話をしながら、俺たちは食事を済ませて日が暮れるとともに眠りについた。
翌朝、野営地の周りには巨大な蜘蛛が蠢いていた。