下山
俺たちはウルの山を駆け下りていた。
「はぁ、はあ、はぁ、なんで私たちが走らなきゃいけないんですか?」
「そうよ。悪いことなんて何もしてないじゃない」
「すまん。あとで説明するから、とりあえず走ってくれ」
背後を振り返ると王都の兵士が追いかけてきている。
「くそ、しつけぇな」
俺が逃げているのは理由はいたって単純、王都の兵士に会いたくないからだ。
エレファントタートルは売れた。
それもびっくりするくらい高値で。
エレファントタートルなんて直訳すればゾウガメのくせに、地球産のものとは比較にならない大きさのモンスターだった。それゆえ、魔石もまた破格の大きさをしている。
直径1メートルという巨石といってもいいサイズだ。
それだけの魔石なので売却額も異常だった。
たった一個で100万ダリル。
そして甲羅はサッカーボールのような六角形模様に一つ一つに切り離されて、一枚当たり5万ダリルでの買取りになった。それが全部で19枚(一枚は俺が破壊していたので)。
合計195万ダリル。
ものすごい大金だ。
それはいい。
それはよかったのだけど、エレファントタートル討伐は目立ち過ぎた。
ワイバーンを一撃で屠った新兵器も魔法都市ドニーの人々を沸かせたが、エレファントタートルを単独で討伐した人間というのはそれ以上に注目の的だった。
それに軍が秘匿する新兵器と違って、俺はみんなの前に実在していた。
一瞬で取り囲まれてしまった。
そして、その噂は先に魔法都市に入っていた王国の兵たちの耳にも入り、俺への面会を求めてきた。というか、いきなり宿に来たから窓から逃げた。
逃げるだろ。
ふつう逃げるよな。
あいつらに対していい感情は一つもない。
俺に面会を求めた理由が、ただ称賛を送りたいとかその程度のことならいい。
でも、魔族と戦闘中の国家である。
エレファントタートルを単独で討伐できる人間を欲しいと思ってもおかしくないと思う。
まあ、これは俺の意見というよりも仲間の意見だ。
俺が宿にいなかったから、残っていた二人に伝言が頼まれた。
理由は言わなかったらしいけど、フランもネルも「スカウトじゃない?」と言ってきたのだ。
魔王が復活して以降、Bランク、Aランクの冒険者に対してメーボルン王国は招集命令を出したらしい。ただ、冒険者はそもそも自由人である。ゆえに、それに応じたのは3つのパーティと、二人のAランク冒険者だけだったらしい。その後も、有望なものに声をかけているそうだ。
だけど、俺を”使えない”と言っていた連中が、いまさら力を貸してくれと言ってきたとして誰が力を貸すかっての。
そんなわけでエレファントタートルを討伐した翌日、魔法都市ドニーを脱兎のごとく逃げ出した。
といっても、すぐに追手が付いたわけではなかったのでエレファントタートルの討伐報酬でネルのための中級魔法書とフランの魔法剣は手に入れた。
本当なら大金も手に入ったことだし、ちょっと頑張ってマジックバッグを手に入れたかったのを我慢して俺たちは街を出ることにした。そして、出ようとしたところで兵士が俺たちに気付いて追いかけてきた。
というわけである。
かれこれ10分以上逃げ回っているのにあいつら諦める気がないらしい。
「ちょっと正面、魔物、魔物!!」
追跡者を見ていた俺は、フランの声であわてて前を向き直る。山道を塞ぐように立ちはだかるのは、白く美しい毛並みが特徴のホワイトグリズリー。体高が3メートルほどの熊だ。
皮が高値で売れるんだけど、素材を回収している暇はない。
「二人ともちょっとごめん」
一言断りを入れると右手にネル、左手にフランを抱え上げる。
「あわわわわ」
「ちょ、ちょっとーーー」
二人の悲鳴を無視して、前方のホワイトグリズリーを飛び越える。
エレファントタートルの討伐でレベル上がったっぽいな。
昨日より随分体が軽い。
背後を振り返ると、俺に飛び越えられたホワイトグリズリーが兵士たちと激突していた。兵士の剣と、ホワイトグリズリーの爪がかち合い甲高い音を響かせる。
これで時間が稼げそうだ。
「悪いけど、このまま走るよ」
「「え、ええええええ」」
俺はできる限り距離を稼ぐために、二人を抱えたまま山を駆け下りた。魔物との遭遇もあったが、ホワイトグリズリー同様に戦闘はなるべく避ける。
そして、上るときは半日ほどかかった山道を数十分で下山した。
「もういいでしょ。おろしなさい!!」
「ううぅ。おろしてください」
「あ、ああ、ごめん」
二人を下すとフランに殴られた。
「いってー」
「いってーじゃないわよ。なんなのよ。あんた!!ホワイトグリズリーを飛び越える? 意味わかんないわよ。ブラックウルフを片手間に蹴り殺すし、ポムドールの種を全部躱すとかおかしいでしょうが!!
荷物みたいに人を抱えて走るわ。そもそも、逃げる必要がどこにあるのよ。別にスカウトだったとしても、断れば済む話でしょ。
ちゃんと説明しなさい!!」
心なしか赤い髪がいつもより鮮やかになっている気がする。
怒ると赤くなるのかな?
「ちょっと、聞いてるの!!」
「フラン、落ち着いて」
「ネルもなんか言いなさいよ。この非常識男に」
「えっと、その、抱えられるならお姫様抱っこが良かったな」
「そういう話じゃないでしょうが!!」
怒ると髪の毛だけじゃなく瞳の色も明るくなるようで面白い。
ネルのちょっと天然な発言もかわいらしい。
「ごめんごめん。ちゃんと説明する」
「本当でしょうね」
「実は王都の軍部に所属していたんだ」
「兵士だったの?」
「まあ、そんな所かな? でも、二人も知ってるだろ。俺は武器の扱いが苦手でね。いま一つ馴染めなかったんだ。連中の顔を見たわけじゃないけど、知ってるやつだと嫌だなって」
真っ赤な嘘ってわけじゃないよな。
軍にいたのも事実だし、馴染めなかったのも事実だ。
「じゃあ、王都を離れたいって言ったのもそういう理由なんですか?」
「そうそう。そういうこと」
「でもさ、それなら見返せるんだからいいじゃない?」
「嫌だよ。あいつら俺のことお荷物みたいに思ってたんだぜ。正直、顔を見るのも嫌だね」
「ふーん。まあ、そういうことにしといてあげる」
なぜか上から目線でそういわれたけど、とりあえず納得してくれたらしいからいいとしよう。そのうち”勇者”っていうのも話せるといいんだけど、さすがに引かれそうだしな。
しばらくはこの関係のままで行こう。
「ほら、グレイウルフが来たぜ。せっかくだし、魔法剣試してみろよ」
「……ったく」
フランは新しい剣を鞘から抜き放ち、グレイウルフに向かって飛び込んでいった。