戦いの後
エレファントタートルから飛び降りた。
戦闘中はアドレナリン全開で痛みを感じてなかったけど、甲羅を砕いた右手はボロボロだった。
「もう、無茶しないでください!」
「あっきれたわね。本当にこんな化け物倒すなんて」
それぞれの感想を口にして、ネルが傷だらけの俺の胸に飛び込んできた。小さな柔らかな感触にドキリとする。
「無事でよかったぁ」
安堵すると腰が抜けたのか、その場に崩れ落ちそうになるネルを片手で抱きかかえると、両目から大量の涙がこぼれていた。
「ごめん」
泣くほど心配をかけたのかと思うと、いたたまれなくなる。
「二人ともごめん。それにありがとう」
エレファントタートルの動きは遅いとはいえ、こんな化け物がいるなか結界の外に出るのは怖かったはずだ。なのに、俺の傍で戦いを見守り、絶妙のタイミングで結界を張ってくれた。あれがなければ、死んでいてもおかしくなかったと思う。
「私は何もしてないわよ」
「そんなことないだろ。ネルを守ってくれただろ」
「……」
フランが恥ずかしそうに顔を背けた。
相変わらず褒められるのは苦手らしい。ネルひとりじゃ、化け物に近づくのなんて無理だったはずだ。そこにフランがいたから、ネルも一緒に結界の外に出られたのだ。互いにできないことを補うからこそ、パーティなんだろう。
そういう意味じゃ、今回の俺の行動は身勝手だったと思う。
「悪い。二度とこんな無茶はしないから」
「ほんとに?」
緑色のきれいな瞳をウルウルさせてネルが上目づかいに俺を見つめる。
かわいすぎるわ!!
「ち、誓う。誓うからちょっといいかな」
俺はネルからちょっと離れる。
だめだ。
あの目はだめだ。
可愛すぎる。
「あんた、いま変なこと考えてなかった?」
「な、な、何言ってるんだよ。そ、そうじゃなくて、その、手の治療をしてほしいなって」
「あわわわ、ほんとだ。もう、早く言ってくださいよ!」
何とかごまかせたらしい。
俺が手を出すと、ネルが小さく悲鳴を上げてすぐに治癒魔法を発動させた。暖かい光に包まれて、徐々に痛みが癒えていく。
「ところでさ、さっきのスキル?」
「スキルって?」
「体を赤いオーラが覆ってた。あれってスキル発動してたんだよね」
「……マジで?」
え、どういうこと?
スキル?
赤いオーラ?
やべぇ、ちょっとそれ見たかった。
かっこいいな赤いオーラ。
もしかしてあれか?
轟流奥義睦ノ型『梧』
他のは二人の前で使ったことあるし、ほかにないしな。
けど、スキル…?
火事場の馬鹿力だから、えっと…。
「もしかして限界突破とか?」
異世界ものではよくあるスキルだ。
「マジ!?それ、聞い事あるけど、かなりレアスキルだよね」
「そうなの?」
「そうだよ。一時的にステータス1.5倍になるって話。一握りのAランクの冒険者のさらに一握りがたまに顕現させるって聞くけど、正直眉唾だと思ってた。ああ、もう。ほんと、あんたって何でもありだね」
轟流奥義睦ノ型『梧』=限界突破かどうかはわからんが、まあ似たようなもんだろう。
「ふぅ。こんなもんでどうですか?」
治療にあたっていたネルが必殺の上目遣いを使ってきた。
「うん。大丈夫。全然痛みもないみたい」
手をぐーぱーぐーぱ―して状態を確かめる。
彼女の魔法は本当にすごい。レベルがあがったのもあるんだろうけど、限界突破?したうえで分厚い鉄板のようなもの殴った俺の手は砕けていた。それが完治である。
「ありがとう」
「いや、その。どういたしまして」
しりすぼみになるような声で彼女が離れていく。それと、入れ替わるようにってわけじゃないが俺たち三人の周りにできていた人だかりの中から一人が一歩前に進んできた。
「君が倒したのか?」
「ああ」
話しかけてきたのはこの街の兵士だ。王都の連中とは装いが違う。
「それで、これらの素材はどうする?もしよければ、この街で買い取らせてほしい。エレファントタートルの魔石は大きさも魔力も高い、それから甲羅は強度が高く鎧の素材として価値がある」
願ってもない話である。
というか、持ち運ぶことすらできないんだから、この場で売り渡す以外に道はない。
「いいけど、査定は?」
「ああ、それは冒険者ギルドを通すから安心してくれ。解体もこちらで引き受けよう」
念のためにフランとネルに目配せすると、二人ともうなずき返してくれた。
「じゃあ、それでお願いします」
いくらで売れるだろうか?
マジックバックまでは届かなくても、剣の一本は買えるかもしれない。
期待に胸を膨らませて、俺たちは出発したはずの魔法都市に戻っていった。




