二人の勇者
拳を打ち合わせて、武神への祈りの言葉を口にする。
『武は力なり、武は勇なり、武は守なり、武は全なり、武は一なり、武は道なり、武は答なり』
「よせ。加護は得られん」
俺の儀式を邪魔するように、ソウがゆっくりと体を起こした。傷そのものは治っているはずだが、大量に流れた血のせいか、顔が青白い。
「祈りを捧げるだけ無駄だ。さっさとネルさんたちに加勢しろ」
「どういう意味だ」
祈りを中断して聞き返す。
「武神は封印した」
「は?」
「いや、違うな。手出しできないように遠くに行ってもらった……?」
「なんで疑問形? いやいや、そんなことより、神を封印? お前何言ってんだ?」
「やはり貴様かーーーーー!!」
ネルたちと戦っていた魔王が怒声を上げてソウをにらみつける。怒りのままに攻撃でも仕掛けてくるのかと思えば、憤怒の表情のまま動かない。
ネルたちも思わず攻撃の手を止めてしまし、一瞬の静寂が訪れる。
「我らの土地だけでは飽き足らず、神にまで手を伸ばすか人間風情が!!」
「神の傀儡が人間を語るな」
弱っているせいかソウの声に力はない。だが、その言葉は鋭利な刃物のように魔王を切り裂いた。何が起きているのかわからない俺たちは眉根を寄せるだけ。
「おい、説明しろ。さっぱりわからん」
「武神は別に俺たち人間を守るための存在じゃないってことだ。むしろ、人間と魔物が争う原因そのものだな」
「どういうことだ」
「武神は戦いの神だ。戦い、争うことを望んでいる。だからこそ、祈りの文句にもあるだろう。血や肉を捧げるって。神がそれを望む? おかしいとは思わないか。武神にとっては俺たちが勝とうが負けようが関係ないんだ」
「じゃあ、武神の加護は」
「基本的に人間は魔物と比較して能力的に劣る。だから帳尻を合わせるために人間に力を与えているだけだ。より拮抗した戦いを観賞するために」
「ふざけろ」
なんだそれは。
そんなくだらない理由のために、俺たちはこの世界に呼ばれ戦いに駆り出されたっていうのか。だが、ソウの発言に憤りを覚えたのは俺たちだけでなく魔王の表情がますますゆがめられた。
「ああ、そうだ。それがわかっていながら、貴様は何をした。戦いとは無関係の魔界の住民をどれだけ手に掛けた」
魔界についてわかっていることは少ない。なにしろ、前線の先は魔物の蠢く世界。調査をすることすらできないのだ。だが、白龍やヴァンパイアロードと戦った時に思ったんだ。人間とは比較にならない大きさの白龍の服を作っているのは誰なのだろうかと。人間から奪ったのでなければ、魔族にも服を作るものがいるということだ。それはつまり、街を作ったり文化を築いたりしているということに他ならない。
シエスを見ればわかる。
本来、戦闘向きでない知恵ある魔物だっているのだ。
だとしたら、そういう魔物たちが集まって生活を営んでいても不思議はない。
魔界にはそうした者たちもいたのだろう。それを問答無用でソウが消し飛ばしたのだとすれば、魔王が怒るのも無理はない。
「神の思い通りなどと癪に障るからな」
「お前は何様だよ。っていうか、別にソウは関係ないだろ」
「……あるんだよ」
「どういう意味だ」
言いにくそうに答えるソウに、俺は疑問を持つ。聞き返すと、ソウが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「召喚の儀でなんで俺とお前の二人が呼ばれたのか。俺は別にお前の召喚に巻き込まれたわけじゃない」
「は?」
「神は勇者としての力をお前に、心を俺に与えたんだ」
「は?」
意味が分からん。
いや、そうでもないのか?
「お前が魔王討伐の使命を逃れることが出来たのは、お前には勇者としての心がないんだよ。魔王を倒さなきゃいけないとかいう気持ちが根本的にないんだ。いまは命を狙われているから、戦ってるに過ぎないんだろ。でも、俺は違う。人を救いたいとか、魔王を止めなきゃって想いが心の底から湧き上がってくるんだ。くそ忌々しいことに神に心を弄られている。許せないだろ。だから遠ざけたんだが、不十分だった」
つまり、ソウが人々を助けようと動いたりしていたのは、勇者の心を植え付けられたからということか。らしくない行動をとっていた理由はそれか。
「ん。つまり、お前も勇者ってこと?」
「……うるせぇ」
若干、恥ずかしそうに顔を背ける。
まあ、気持ちはわかる。俺は勇者だ。なんてはっきり言ってこそばゆい。ネルたちにそれを言うのがどれだけ恥ずかしかったか。経験してきたからよくわかっている。
神が何で勇者の力と心を分けたのかはわからん。だが、戦いを観賞するのが趣味の性根の腐った神だ。ただの遊びのつもりだったのかもしれん。
そんなものに巻き込まれればソウが怒るのもしょうがない。だからこその意趣返しで、戦いですらならない殲滅を選んだのだ。そして、心に影響を与える神を遠ざけた。神にとっても計算外だったんだろうなソウのような規格外の天才は。
「はは、俺はどうやら脇役らしいね」
「何言ってんだよ」
「さあな。とりあえず、魔王をぶち殺してくる。話はそれからだ」
魔王の怒りはもっともだ。
だからといって、親友を殺させるわけにはいかない。これは持ち前の頭脳でのし上がっていく力無きソウが主人公の物語なのかもしれない。だが、魔王を倒すその時だけは俺が主人公でもいいだろう。
「ネル、フラン、シエス、エスタ。 援護を頼む」
「もちろん」「任せなさい」「ハイです」「了解」
俺の声に四人が応える。
魔王に向かってゆっくりと近づいていくと、魔王が嗤った。
「勇者の所為で、勇者が力を失うか。武神の加護の使えぬ勇者などただの人間と変わらぬ」
「ほざいてろ。武神の加護無しでも十分戦っていただろうが、ネルたち普通の人間すら突破できなかったくせに調子に乗るな」
「舐めるな人間風情が!!」
怒りに支配されているかのような魔王だが、無駄に突っ込んできたりはしない。俺と距離を取ったまま腕を振り下ろした。
その瞬間、強烈な重圧がのしかかる。
ソウの使った『鉄槌』とは比較にならない力に地面に押さえつけられる。
これが南門で使われた力だろうか。俺だけでなくネルたちも一様に地面にはいつくばっていた。潰されてはいないが、どこまで持つかはわからない。ソウの『鉄槌』ですら俺の体に傷を負わせたのだから。
「ディスペル」
ソウが呪文を唱えた瞬間、ふっと身体が軽くなる。俺との戦いで使っていた魔力を霧散させる魔法。
「助かった」
「油断をするな、バカが」
青白い顔のままソウが悪態をつく。
「それからこれを飲んどけ」
渡されたのはマジックポーション。それを飲みながら限界突破しつつ魔王へと接近する。だが、転移によって魔王の姿は掻き消える。現れたのはネルの真後ろ。この場で一番防御力の低いネルからと狙いを定めたのだろう。だが、現れた瞬間、ソウの拳銃が火を吹いた。
魔力を使わない火薬を使用した召喚時に持ち込んだオリジナル。
乾いた音を響かせて鉛の弾が魔王のこめかみを打ち抜くも、ほんのわずかに首を傾げさせただけ。
魔王との第二ラウンドの火ぶたが切って落とされた。