魔王襲撃
地面に横たわるソウに向かって右手を伸ばした。
「くそっ、勝てなかったか」
俺の手をはじくと、自力で起き上がった。しかし、ダメージがないわけではなく、ふらりと体が揺れるが俺の肩を借りる気はないらしい。
「拘束するんじゃなかったのー」
「そうですよ。なんだが二人だけでわかり合っちゃって。戦う必要なかったんじゃないですか」
「お兄ちゃんはさすがです」
フランとネルが文句を言い、エスタも呆れたような顔をしている。シエスはただ、俺たちの戦いに感動していたようだ。
「で、俺の疑いは晴れたのか?」
「知らん」
「くくっ、何だよそれ」
ソウが笑い声を上げ、俺も一緒に笑った。
「くそっ、笑うと痛ぇ」
「はは、違いない」
「あー、もう。何しているんですか二人とも」
ネルが近づいて回復魔法を掛けてくれる。瞬く間に回復していく体にも慣れたものだ。骨がくっつくのが感覚的にわかった。俺の治療を終えたネルがソウの治療に取り掛かろうと動き出した時、ソウの胸から腕が生えていた。
「ソウ!!」
背後に回り込むと、そこにいたのはソウよりも小柄な人の影。ソレが何かも確認することなく俺はその小さな影を引き離した。
「治療は任せた」
「はい」
腕を引き抜かれ、胸に穿たれた穴から大量の血液がこぼれだしソウが倒れ込む。誰にも気付かれることなく接近し、その上防御結界の張ってあるコートをやすやすと貫き、ソウに致命傷を負わせた。考えるまでもなくこの小さな人型こそが魔王なのだろう。
「貴様が魔王か」
「邪魔をするな半端物が!!」
俺の連打を捌きながら、魔王の目が金色に輝く。見た目は白龍や碧獣ほど人とかけ離れたものではない。強いて言えば額に生えた角だけだ。顔は般若のような憤怒に彩られ歪んでいるが、その対象はどうやら俺ではなくソウらしい。
「俺じゃ不満かよ」
「貴様などどうでもよいわ。あの男だけは許せぬ。あの男だけは」
奥歯をギリギリと噛みしめ、会心の一撃が来るかと身構えていた俺の前からふっと姿を消した。次に姿を現したのは治療をしているソウのすぐ近く。意識を失っているソウと、治療をしているネルには何もできない。だが、そこにはヒールポーションを飲ませようとしているシエスがいた。
シエスが反射的に魔王に蹴りを放つ。痛痒すら感じていないのか魔王は涼しい顔で蹴りを受け止めると、そのまま拳を振りぬいた。とっさに腕を上げて防御姿勢をとるも、シエスの体はやすやすと弾き飛ばされる。だが、シエスが作ってくれた時間で俺は魔王へと肉薄する。
魔王には転移能力があるのだろう。その力でもって魔界にいるときも、王都で戦っていた時も魔導兵器から逃げ切ったのだ。戻ってくるまでのタイムラグが意味するものは分からないが、もはや疑いようはない。
ゼノビアやほかの騎士や魔導士を犠牲にした一撃は届いていなかったのだ。好きな人間ではなかったが、だからといって無駄に散った命を許せるはずはない。
ましてや今、ソウに致命傷を負わせ、シエスを殴り飛ばしたのだ。
「お前の相手は俺だろうが」
怒りを力に変えて、魔王を殴りつける。
見た目とは裏腹に魔王の体は白龍よりも重い。確実に入ったと思える打撃でも数メートルしか飛ばせなかった。
「邪魔をするなといったはずだ」
口から流れる血をなめとり、魔王が静かに応える。
「それは俺のセリフだ。治療の邪魔をするな」
転移だって自由にできるわけではないのだろう。だったら、その隙を作らせなければいい。一撃を入れたことで魔王の頑丈さは大体わかった。どのみち一撃で殺せるとは思っていない。だったら、少しずつ削っていくしかない。
スピードもパワーもついて行けないレベルではない。
これが魔王の全力ならということだが。
南門の前の惨劇。
あれは何か大きな力で押しつぶされたような痕跡だった。ソウが使った『鉄槌』に似たような魔法があるのか。警戒すべきは転移だけではない。そもそも、白龍より格上なのだろうから。
シエスは無事だったようで、ソウたちのもとへと歩いて戻っている。ネルの治療はまだ終わらない。傷が深すぎたのだ。そもそも生きているのかどうかもわからない。俺にできるのは生きていると信じるだけだ。
フランとエレンはそれぞれの武器を構えて、隙を伺っている。二人のレベルでどこまでついてこれるかはわからない。でも、昼の王を撃破したその力は魔王にも届きうるだろう。
「ちっ」
魔王が舌打ちすると大きく俺から距離を取った。だが、それを許すわけにはいかない。転移をさせないようにと素早く距離を詰める。すると不愉快そうに魔王は顔をゆがめると俺を正面からにらみつけてきた。
「いいだろう。まずは貴様から殺してやる」
ようやく俺を敵として認識したのか、そう言い放つ。それが本心からのものだとすれば、俺にとっても好都合だ。転移をさせないために、ただ手数を増やしていただけの攻撃では魔王と戦うには不十分だったから。
「まずはも何もない。俺で終わりだよ」
「力だけの勇者が粋がるな」
「言ってくれる!」
しゃべりながらも攻防は続くが、俺も魔王もどちらも多少のダメージを負っているが、決定打に欠けていた。お互いに必殺の一撃を仕掛けるタイミングを見計らっている、そんな様子見の鍔迫り合いが続いていた。
白龍がそうであったように、魔王にも第二形態のようなものがあるのだろうか。
小柄な体躯ながらも、その膂力は白龍を大きく上回っている。限界突破を使っているが、重なる連戦の所為で魔力も足りていない。このままでは長くは持たないかもしれない。
どうするべきか。
俺は視線の端でソウたちの様子を確認する。
ソウの治療が終わったのか、ぐったりとした体を横たえたままネルが別の魔導回路の構成を始めていた。
ネルが呪文を唱え、ソウの周りを光の障壁が包み込んだ。死んではないのだろう。出なければ、守ろうとするはずはないと思う。目覚めていないのは傷が深すぎたから。むしろ、胸のあたりに大きな穴をあけられて生きていたのなら、それだけでも僥倖だろう。
治療が終わったのならやることは一つ。
「みんな時間を稼げるか」
「やってやるわよ。そのために修行したんじゃない」
「ハイです」
「まあ、そんなに長くは持たないでしょうけどね」
みんなが肯定的に応えるなか、ネルだけが難色を示した。
「大丈夫なんですか」
「わからん。でも、魔王を相手にするんだ。武神の加護は欲しい」
強いて言えばあの時、俺たちが白龍と戦っていた王都は隔絶された空間の中だった。だから、神の加護が届かなかった可能性はあるのではないかと思う。その程度で通じないのかという疑問もあるが、ほかに考えられることはない。
タイミングを見計らい魔王の相手を交代する。
フランが魔刃を飛ばし、俺は魔王の前から離脱する。魔刃を避けたところにエスタの矢が雨のように降り注ぐ。攻撃力よりも数に重点を置いた時間稼ぎの技だがその効果は高い。魔王も命を脅かす攻撃ではないといっても、完全に無視することは出来ないようだ。そして、その技の切れめを狙ってネルもまた同様の攻撃を繰り出す。
風の刃の乱れ打ち。
最後はシエスだ。シエスだけは接近が必要だが、持ち前の速度は魔王にすら届いている。俺でも魔王の速度について行けるのだ。俺以上の速度を持つシエスにできないはずはない。四人の攻撃は一つとして決定打にはなっていない。だが、それで十分。