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召喚前2

「ちっ」


 ソウの口から舌打ちが漏れる。

 追い詰めているのだろう。だが、油断はできない。


 案の定、左手に持っていたトンファーを捨てると小さな鉄球に持ち替えてきた。それを地面に叩きつけると外殻が割れて中に入っていたパチンコ玉ほどの小さな鉄球が飛び散った。衝撃を与えると中のバネの弾性力で小粒の弾丸を周囲に弾けさせるまるで爆弾のような武器である。接近している俺たちの近くで使えば当然、その攻撃範囲にソウも入るのだが、ソウはコートをくるりと翻しながら体を一回転させてダメージを無効化する。


 対する俺には防具は何もないので全身の筋肉を硬直化させて受け止めるしかない。

 轟流奥義玖ノ型『榧』

 散弾銃のような攻撃を全身で受け止めた俺は一瞬だが動きを止める。一回転したソウがにやりと笑うのが見えた。全弾打ち尽くしたと思っていた銃を俺に向けると後ろに飛びながら引き金を絞った。

 一瞬動きが固まったとは言え、正面からの攻撃を避けるのは造作もない。


 しかし、躱したときに弾丸にくっついている糸を目が捉えた。

 俺の動きを拘束しようとした網とは違う極細の透明な糸――いわゆるピアノ線と呼ばれるそれである。いつの間に仕込んだのか、あるいは戦闘開始前から準備していたのか壁に張ってあったピアノ線が弾丸に引っ張られて本来の形を取り戻す。

 発想としては投げ網と同じなのだろう。

 事前設置型にしたことと、ピアノ線にしたことで薄暗い道場の中で見切りにくくしたのだ。相変わらず恐ろしいやつだ。

 だが、気がついてしまえば問題はない。

 鉄のワイヤーであれば無理でもピアノ線なら切れる。


 轟流奥義漆ノ型『楡』


 手刀によってピアノ線を切り刻む。


「てめぇ、これ作るの結構大変だったんだぞ!!」

「お前こそ正気かよ」


 ピアノ線は人の皮膚など軽々と切り裂くのだ。それを高速で弾丸に載せて飛ばせば普通の人間なら捉えられて終わりじゃすまない。全身血だらけになってもおかしくないのだ。


 ピアノ線の攻撃が今回の目玉だったのか。

 そう思った俺の前に先端を尖らせた傘が突き出される。それもまた殺傷能力のありそうな武器であるが、俺はそれを危なげなく躱して見せる。

 その瞬間、傘が傘らしく開いて見せた。


 俺とソウの間に死角が生まれる。


 なるほど、こっちが本命か。


 ソウの持ち込んだ武器の中に傘は見たことがなかった。新しい攻撃に俺は笑みがこぼれる。俺は視界を奪うその傘を蹴り飛ばそうとした。が、傘を突き破って細長い鉄の棒が飛んでくる。生地を突き破るのだから、当然その先端は尖っている。


「完全に殺す気じゃねぇか!!」

「いつも言ってるだろ。ぶっ殺すってよ」


 傘の向こうから聞こえてくる勝ち誇ったような声。

 俺が何度も言ってきたことだ。銃口が見え、引き金を引く指の動きが見えていればどれだけ銃弾が早くても避けるのは容易いと。それに対して出した応えがこれなのだろう。


 傘が覆いつくす面積を十二分に生かし、小さな矢は俺の全身を串刺しにしようとする。射出された微かな音から判断するにその数12本。

 

 轟流奥義伍ノ型『桐』その一。


 視覚を鋭敏化させた俺の目は、高速で飛来するニードルを捉えた。

 一応、急所は狙われてないらしいが、脅威であることは変わりない。3本を躱し、4本は左右の手で弾いた。さらに、右足に飛んでくるニードルは足を上げて避けると、その足で腹部を狙ってきた2本を蹴り飛ばし、身体を半身回したところで背中の後ろを2本が通過する。

 そのまま回転を利用して回し蹴りでもって傘を弾いた。


 だがそこに、ソウの影はない。

 代わりに目に入るのは小さな鉄球。

 傘という目くらましから仕掛けてきたのは、何も連射式ボウガンによる12本のニードルだけではないらしい。俺が視覚を強化して攻撃を捌ききる可能性を考慮していたのだろう。視覚を強化すれば、自ずと聴力その他の感覚はほとんど働かない。

 銃を撃つ音が捉えられず、さらに言えばソウが移動した音も聞き漏らしている。俺の奥義の性質をよく熟知してやがる。しかし、視覚を強化している俺は突然目の前に飛んできた鉄球もギリギリのところで躱した。そして、感覚の鋭敏化を解除してソウの姿を探す。


 壁の方に向いていた俺は当然のことながら後ろを振り返った。


「チェックメイト」


 ソウの姿はそこになく、頭上から特大の口径を向けていた。わざわざ声を出したということは上に注目を向けたいということ。

 案の定、すでに発動済みのゴム弾が跳弾を繰り返し四方八方から同時に俺に向かって飛んでくる。右に避けようと、左に身をずらしたところですべての弾丸を避けるのは不可能という完ぺきなタイミング。そしてそっちに意識を集中させれば、頭上のソウの攻撃を避けるのは不可能。


 確かに王手といっても過言でない状況。

 ソウの持っている大口径の銃はグレネードランチャーのような大型の武器で、前にデモンストレーションを見たことはあるが、まともに受ければ俺の轟流奥義二ノ型『椿』すら上回る。ほんの少し前に発動した玖ノ型『楡』では防ぎきれない。

 だとしたら、ゴム弾を無視してでも警戒すべきは上からの攻撃それのみ。


 俺はソウとにらみ合いゴム弾を身体を縮めてその身に受け止めた。

 右肺裏、左腰後ろ、左右の腕で首や顔を守りそこへ二発。そして右太もも、左足首。

 一発一発が重たいが耐えられないほどではなかった。

 そしてそれらの攻撃を受けると同時に上から撃ち落とされるこぶし大ほどの鉄球。

 速度も通常の銃をはるかに上回り、弾自体の重さも悪魔の様。

 万が一脳天に受けるようなことがあれば、頭蓋が陥没して死に至る。ここに至っても殺す気満々の攻撃である。

 四方八方からゴム弾の集中砲火を受けている俺はどの方向にも逃げられない。だからこその”チェックメイト”の宣言なのだろう。

 

 だが――。


 轟流奥義参ノ型『楓』


 ゴム弾を受けるために体を縮めたわけではない。両の手を上に向かって突き出すようにして、同時に足と腰を伸ばして鉄球を受け止めるとそのまま弾き返した。驚愕に目を見開くソウは自分が撃ち込んだ鉄球をその身に受けて、天井から落ちてくる。それを俺は抱き留める形で受け止めた。


「くそったれ」

 

 悪態をつくソウだが、今回は今まで一番追い込まれている。タイミングも何もかも悪くはなかったのだ。ただ、残念ながらソウは轟流をすべては知らない。免許皆伝は与えていても轟流の奥義は一族の間でしか継承されていない。一部、俺が話をしたものはあっても全部ではない。

 轟流は”樹”である。

 木とは上に向かって伸びるものだ。

 それゆえ、長い歴史の中で真上に対する攻撃手段も考えられていた。ただし、通常の格闘戦ではあまりに使い道がないゆえに、俺は使用したことがなくソウは知らなかった。もしも、それを知っていたのならチェックメイトの攻撃は別の角度から仕掛けてきたかもしれない。


「大丈夫か」

「なんとかな」


 鉄球をはじき返しはしたが、ソウの使った大口径銃ほどの威力はない。多少ダメージを受けただろうが、まあ問題はないだろう。


「さっきのは何だよ」

「お前は知らないよな。轟流奥義参ノ型『楓』ってやつでな、攻城戦の時に城壁の穴から岩を落としたり、いろいろな攻撃がされるだろ。それを防いだりやり返すために開祖が生み出したらしい。正直俺も使い道なかったから実戦で使ったの初めてだけどな」

「マジかー。くそ、今度は行けると思ったんだけどな」

「いやいやいや、お前は度が過ぎてんだよ。これ以上の武器の開発はやめとけって。ニードルもダメだろ。普通に人死ぬからな。鉄球もあれまともに受けたら死ぬからな。殺す気かよ」

「ああ」

「真顔で言うな。怖いわ」

「いや、拳銃を使わない分。自重はしてるぜ」


 そういって取り出したのはまさに拳銃である。火薬を使って鉛弾を打ち出す銃刀法違反に抵触する立派な拳銃である。それを面白半分に作ったソウはバカだと思う。


「そういう問題じゃないから。お前の場合、火薬の有無なんて関係なく殺傷能力持たせられるだろ。大体ゴム弾でも後頭部とか打ちどころ悪けりゃ死ぬからな」

「イチロウの場合、殺傷能力のない武器じゃどうにもならん」

「そういう問題ないって」

「くそぉ。あとちょっとだと思うんだけどなー」

「いや、十分押されてたと思うぞ。攻撃を受けた数なら俺の方が多いし、普通の奴なら3回は死んでる」

「けど、お前には通じてない」

「そうはいうけどな。何度も言うけどお前の場合、そのくそ重たいコート脱いで身軽になった方が100倍強いと思うぞ」

「うるせぇ。俺には俺のやり方があるっつうの」


 鉄球を受けた腹部を抑えながら、ソウは立ち上がると道場内に転がっている弾丸やら武器やらを回収していく。それを俺も一緒になって拾い集めていった。


「とりあえず風呂でも入るか」

「だな。くそ暑い」

「だから、そのコート脱げっての」


 試合で流した汗をさっぱりさせようと、道場併設の風呂場に移動しようとしたとき見たこともない光が俺とソウを包み込んだ。


「何だこれ」


 つぶやくかつぶやかないか、刹那の時に広がった魔法陣は俺とソウの体を包みこみ、俺たちの体は見知らぬ世界に転移していた。


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