王都消滅
結界が解除された世界に太陽の光が入ってくる。
「悪いな。せっかくお前がいろいろ準備してくれたってに、必要なかったわ」
「倒したのか」
「ネルのお蔭でな」
「そ、そんなこと、私のしたことなんて……」
「あー。死ねばよかったのに」
「ひでぇな」
軽口を叩きながら南門の前に戻ってくると、5門の大砲が王城に狙いを定めてありいつでも魔力を込められるように宮廷魔導士が待機していた。彼らを守る様に騎士が周りを固め、フランやシエス、エスタも一緒にいた。
そして、俺とネルの告げた魔王討伐の報を聞き歓声を上げた。
「すぐに殿下に報告を」
「ああ、そうだな。すぐに行こう。勇者殿、済まないが魔王から取れた魔石を受け取っても構わないだろうか。殿下への報告に証拠として提出したい」
「構いませんよ」
白龍から取り出した魔石は、ヴァンパイアロードをはるかに超える魔力量を秘めた真っ白な宝玉だった。ちなみに碧獣の緑色をした魔石も併せて騎士に手渡した。
「これが…」
「恐ろしいほどの魔力を感じる……」
「確かにお預かりしました。魔法都市への街道沿いを進んでいる殿下一行に追いつくのは難しい、可能でしたら転移陣にて魔法都市に移動し、そこから馬で向かいたいのですがお願いできないでしょうか」
騎士の言う通り、それが最短での報告できる手段だろう。それに、魔法都市に行けば、伝達用の鳥もいるはずだ。これからの段取りとしては、騎士が王族への報告をすると同時に、魔法都市内にいる兵士や魔導士を王都へ派遣し、崩壊した王都の復旧作業となる。
襲撃の際に発生した火災はいまだ続いて王都の町を燃やし続けている。それの鎮火に都市内の死体の搬出と、魔物の駆逐がある。王都内の生存者を探した時に、魔物の討伐をしているはずだがそれでもすべてではない。
そして魔物の死骸をそのままにしておくことはできない。きちんと処理をしなければ新たな魔物を呼び寄せる可能性があるからだ。
魔王を倒して、それで終わりとはいかないのだ。
だが、ここから先はメーボルン王国の仕事だろう。
「ネル、ニースの様子を見に行くか?」
「いいんですか」
「いいに決まってるさ。これだけの魔物が王都に集まってきたんだ、気になるだろ」
「はい。でも……」
「構いませんよ。魔王を討伐された皆さまの行動を制限するなどできません。むしろ護衛や馬の手配をすべきところ何もできず申し訳ありません」
「いえ、その」
急に丁寧な対応をされたネルが、どうしていいのかわからず、あたふたと慌てている。ネルらしいけども、やっぱりジャイアントキリングをやってのけた当人とはとても思えないだろう。
「フランもいくだろ」
「当たり前でしょ」
「よし、シエスもエスタも一緒に行こう」
「私も?」
「ついでだし」
「ソウはどうする?」
「俺はここでやることがあるさ。勇者を降りたお前と違って、俺には立場ってもんがあるんだよ」
「そいつは立派なこった。じゃあ、俺たちは行くわ」
「ああ、達者でな」
あっさりしたものだけど、この先会えなくなるわけではない。だからこれでいい。
騎士や宮廷魔導士に挨拶をして、俺たちはニースの村にむかって歩き出した。ニースの村までは普通に歩いて4時間程度である。まだ昼少し前と考えれば明るいうちには到着するだろう。
戦いは終わったのだ。
王都の復興とかいろいろ大変だろうけど、楽しい日々がきっと待っている。
しばらく歩いたところで、ふと、後ろを振り返り王都の方を見た。何だかんだで召喚されてからしばらく暮らしていた場所。そして、さっき……
しかし、王都があるはずの場所をなぞのドームが覆っていた。
「なにあれ」
誰かがつぶやいた。
誰の声か、確認しようとしたときドームは小さく収縮し消えた。
まるで吸い込まれるように突風が王都の方に流れ前のめりに倒れそうになる。
一拍遅れて激震が走り、今度は逆方向に衝撃波が届いて俺たちの体を吹きとばした。
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王都のあった場所に戻ってきた俺たちの目に写ったものは何もなかった。
大地は陥没し、おおきなクレーターができていた。
「街が消えてる」
「何が」
あったのか。
それを聞きたくても聞ける相手はどこにもいなかった。
騎士も宮廷魔導士も、そしてソウもどこにもいなかった。
「何なのよ」
「みんなはどこ行ったですか」
「……」
「何だよコレ。ふざけるなよ。魔王は死んだはずだろ。なんで、なんで、こんなことになるんだよ」
ソウが死んだのか。
そんな考えが頭に浮かび、即座に否定する。
「そんな馬鹿な……」
「イチロウ」
ネルが俺の服をつかんだ。
けど、俺はソウの消えた空間を呆然と見つめていた。
ぽっかりと空いた半径数キロにも及ぶクレーター。街は川から水を引いていたからか、ちょろちょろと流れ込んできた水が少しずつ底に流れ込んでいた。ここに確かに王都があったのだと、それだけが物語っていた。土台も何もかもが虚空へと消えてしまったのだ。
ソウが避難場所として作り上げた”隔絶された空間”はどこにもなく、南門がどこにあったのかさえ分からない。用意していた魔導兵器も、転移陣も、なんの痕跡も残っていなかった。
それでも、信じられなかった。
「ソウさんは生きてますよ」
「ネル」
軽はずみなことを言うなというようにフランが注意するのを、俺は首を横に振って否定した。
「ソウはあきらめの悪いやつなんだ。どんな状況でも諦めるなんてカードを切ることなんて絶対にないんだ。だってそうだろ。ソウは俺に何度負けても決してあきらめなかった。一回や二回じゃないんだ。百回も千回も仕合って負けて、でもアイツは「次こそは」って毎回立ち上がってきた。そういうやつなんだ」
だからどうしたという顔でエスタが俺を見た。フランやネルでさえ訝し気な表情をしている。言いたいことはわかっていた。
諦めが悪いからと、どうにかなる状況ですらないのだと。空間そのものが消滅していればどうすることもできないのだ。
目の前の状況を論理的に判断するのなら、敵の起こした現象ではなくソウの作った魔導兵器によるものなのだ。
つまり、俺たちが去った後、魔王が現れたのでソウは魔導兵器を作動させた。その結果、ソウ自身も含めてこの辺一帯が虚空へと消えた。
「わかってる。わかってるんだ」
「イチロウ」
「うん。これは、そうだよな。あいつの成し遂げたことを評価すべきだよな。あいつは…あいつは魔王と刺し違えたってことだよな」
「お兄ちゃん」
シエスが俺の服の裾を引っ張った。その力はとてもつよく、俺はその場に膝から崩れ落ちた。シエスの手が俺の顔に伸びた。その手が濡れたのに気がついて初めて泣いていることに気がついた。ネルが俺の顔を胸に引き寄せてくれた。
ソウが死んだ。