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決戦5

 氷塊にマイナス数十度の凍てつく空気が俺とネルを襲う。

 大小さまざまな氷の塊はどうとでもなる。だが、凍てつく空気というのは非常に厄介だ。戦闘で温まった体もあっという間に冷やされ、動きが悪くなっているのが実感できる。

 ネルが周囲に炎をまき散らしているが、焼け石に水。それどころか蒸発した雪が蒸気となり視界を塞ぐ。さらにその蒸気は凍てつく空気に急激に冷やされ、それ自体が凶器になってしまうのだ。


 かといって、周囲の空気を全く温めずにいればあっという間に戦闘不能に陥ってしまう。魔王とは思えない随分と卑怯な戦い方に思えるが、魔王を相手に正々堂々を要求するのも間違っているかもしれない。


「どうしましょう。このままじゃ私の魔力も持ちません」


 はるか上空よりブリザードを吹き下ろす白龍に対して俺たち二人には為すすべはない。さっきと同じように魔力糸で捉えようとしても、襲い掛かる氷塊が俺の行動の邪魔をする。さっきまではまだこちらと同じ土俵で戦おうという意思があったからまだ戦闘になっていたが、こういう戦い方をされたらどうしようもない。


 すべての出力が上乗せされる武神の加護を使うことさえできれば、空歩もより高くより素早く動けるだろうし、投擲の飛距離も伸びる。いまの白龍の位置はあまりにも高すぎる。

 だが、手をこまねいていても結果は変わらない。


「ネル。俺のことを上空に飛ばせるか?」

「はい?」

「風魔法で白龍のあたりまで飛ばせないか。落下は気にしなくていい」

「出来ますけど、それだとイチロウがダメージを受けますよ。イチロウは空を走れるんですよね。それだったら攻撃力が下がってしまいますが、体重を軽くすることなら出来ます。そうすればもっと自由に空が走れるんじゃないでしょうか」

「へぇ。面白い。それでいい。持続時間はどれくらいだ」

「調整できます」

「よし、ならそれで行こう。時間は30秒で頼む」

「わかりました」


 ネルが魔術の構成を開始する。その間、当然吹雪に対抗する炎は出せない。だから、それは俺が肩代わりする。蒼の森でしたように魔力の質を変える。熱エネルギーに変換した魔力を放出してわずかにだけど周囲の温度を上げてやる。ネルの炎の魔法とは比べ物にならないが、やらないよりはましというレベル。


「行きます。ライトボディ」


 ”0”

 魔導回路が俺の体に吸い込まれるように固定化され、体重が軽くなったのがわかる。どういう原理か不明だけど、あいかわらずネルはとんでもない天才だ。


「白龍をもう一度叩き落す」

「わかりました。私はもう一度、止めを刺すための魔法を準備しておきます」

「頼んだ」

 

 ”4”

 ネルに言い捨てて俺は上空に向かって一歩踏み出した。

 それだけで驚くほどの高度に達する。そこから空気を踏みつけさらに上空へと飛び上がる。体重が軽くなった分、やすやすと空中機動を実現する。

 白龍も接近する俺に気がついたらしい。

 動きが変わったのがわかった。地上に向かって適当に降らせていた氷塊が俺を狙い撃ちするように降り注ぐ。だが、速度の上がった俺の動きを捉えることはできない。通常なら足を踏み込むタイミングに注意が必要だけど、いつもの数倍簡単に空歩が実行できる。


 ”10”

 ネルに頼んだのは30秒ほどの体重減少タイム。

 その間に、俺の体ははるか上空白龍のいる領域へと到達する。

 地上以上に凍てつく薄い空気が俺を出迎える。


「人の身に余る行為だと思い知れ」


 自分の領域を冒されたことを白龍が怒り、蛇のように長いボディをくねらせて攻撃を仕掛けてくる。いくら自由に動けるといっても、一撃でも受けてしまえば地上へと真っ逆さまだ。いや、かすめるだけも危険が大きい。

 だから、俺はギリギリではなく大きく距離を取って白龍の一撃を躱す。


 ”20”

 ネルが言ったように今の俺の体重は正確にわからずとも本来の半分以下。だとすれば、単純に考えて攻撃力も半減する。攻撃するのは魔法が切れた瞬間。その時、優位な状況にいられるように、白龍の攻撃を避けながら、マウントを取る。

 

 カウントが30になるその瞬間、白龍の上へと飛び上がった俺は渾身の力を叩きこんだ。

 巨体が落下する。

 俺はそのあとを追って空を蹴った。

 ダメージを与えたものの殺せるほどの威力はない。落下の途中で態勢を整えた白龍が身を捩らせ、反撃をしようとする。そこに追撃を加えて反撃を許さない。何度も、何度でも地面に激突するその瞬間まで。


 激震が走る。

 大地が陥没し、周囲の瓦礫が散らされる。俺は白龍から大きく飛びのき、そこにネルの魔法が叩きこまれる。爆発ではなく風の刃の乱れ打ち。

 中級の魔法書で身につけたテンペストとは一線を画す桁違いの荒れ狂う刃の乱気流。

 白龍の体の周囲を簡易結界で覆いつくし、その内部で風刃が踊り狂う。鋭い刃物で切り刻まれるように白龍の体中に裂傷が走る。

 魔法が解けたとき、爆発を受けた時とは比較にならない夥しい量の血をまき散らしていた。だが、それでも白龍は息をしていた。


「さすがは魔王ってところか」


 その息は荒い。

 周囲を取り巻いていた極寒のフィールドも緩和している今、やれるという自信はあるが油断は禁物だ。


「ネル。魔力はまだ持つか」

「もうそんなには残っていません。でも、大丈夫です。先ほどマジックポーションを一瓶飲みましたので」

「回復するまで援護に回っててくれ。このまま終わってくれればいいけど」


 白龍が再び人型へと戻った。

 どちらが元の状態なのか、どちらの方が強いのか。それは定かではない。だが、わざわざ状態を変化させたということは、それなりに意味があるのだろう。


「貴様のことを舐めていたことを詫びよう。所詮はまがい物と思っていたが、なかなかやるではないか」


 まるで攻撃など受けていないと言わんばかりに、余裕の表情を浮かばせる。龍頭ゆえにわかりにくいけども何となくそう感じられた。


「まがい物ってのは何のことだ」

「武神の加護」


 俺の祈りが届かなかったことを見ていたのだろう。武神の加護を持つものが勇者であるのなら、俺はもう勇者ではないのかもしれない。

 なぜ、祈りが届かなかなかったのかさっぱりわからない。いままでは祈りに武神は応えてくれなかったことはない。だが、さっきは何も起きなかった。それが意味することは何か。

 強いて考えられるとすれば最初に武神に助けを請うたときだろうか。オークの群れに襲われたとき、祈りの言葉を唱えずに武神は応えてくれた。だが、俺はどうなってもいいというから力を貸してくれという願いに対して、神は答えると同時に脅すようなことを口にしていた。

 いや、肝心な場面で力を貸してくれないという程度ではあまりにも小さいか。


「どうでもいいか。そんなことは。俺が勇者だろうとそうでなかろうとお前を倒すことは変わりない」

「そうか。我としてはもはや興味もないのだが、死にたいのなら殺してやろう」


 改めて向き直った白龍の右手にはつららで出来たような青白い剣が握られていた。限界突破を発動し、一気に間合いを詰める。打撃と白龍の斬撃が火花を散らす。

 あれだけ大量に血を流し傷ついていたというのに、白龍の動きに陰りはない。

 いや、それどころか研ぎ澄まされていると感じられる。

 人型である方が、龍を相手にするよりも幾分戦いやすくはあるが、だからといって容易い相手ではない。それに魔王の攻撃は剣だけではない。体の周囲に展開された氷塊もまた、縦横無尽に襲ってくる。その動きはまるで別の意思がある様に読みにくく対応がしにくい。

 避けきれずに被弾するものもあった。

 斬撃と比較すれば弱い一撃だけども無視することはできない。


 手数では魔王の方が上。

 しかし、こっちも一人ではない。俺と魔王との戦闘中に魔力を回復させたネルが参戦する。高速で展開する俺と魔王の動きにネルが付いてくることはできない。俺が隙を作り、ネルを高威力の魔法を打ち込む。それができればいいが、手数の多い魔王を相手にそれをやるのは厳しい。

 だけど、ネルが使えるのは圧倒的破壊力を秘めた魔法だけではない。


「イチロウ、こっちに」


 大ぶりの一撃を魔王にぶつけて、距離を取りネルの傍に降り立つ。その瞬間、ネルが詠唱句を口にして魔法が発動する。結界魔法が薄く俺の体を覆う。

 それを受けてすぐさま戦闘へと戻る。

 おそらくこの結界は魔王の直接攻撃は防ぎきれない。だが、数の暴力とも言えた氷塊は無効化される。

 それはかなり大きな補助となる。

 氷塊を無視できるようになれば、気にすべきはただの斬撃のみ。いつの間にか増えた一本を加えて二刀となった乱舞を俺は捌きつつ魔王に攻撃を積み重ねていく。


「ぐっ」


 龍頭に焦りが浮かぶのがわかる。


「人間舐めるなよ」


 吹雪の力を弱めるために、ネルが俺たちの周りを炎の壁で取り囲んでいた。体の中から湧き上がるような熱気とは別の熱風に体がさらされる。それは俺の体力を奪いかねないとも思えるが、氷使いの魔王と戦っている俺は目の前から流れ込む冷気に中和されている。それに引き換え、魔王自身は炎を弱点としているのか苦しんでいるようだ。


 魔王は俺から距離をとると、大きく息を吸い込んだ。ブレスを吐こうとしているのだろうが、それを許すつもりはない。開いた間を一瞬で詰め寄り、どてっぱらに拳を叩きこむ。

 否、拳が届くより先に魔王の牙が俺の肩口に突き刺さった。


「くそっ」


 囮にまんまと掛かってしまった。ブレスに見せかけ俺に噛みつくことが目的だったのだろう。牙が刺さった瞬間に、打撃を叩きこんで食いちぎられることは回避したが深々と刺さった牙は骨にまで到達していた。利き手側に受けたダメージは無視できない。

 魔王の斬撃が捌ききれなくなってきた。

 体に裂傷が走り、そしてついに浅く無い傷が入る。

 内臓に届いてそうな傷がわき腹に生まれる。結界がなければもっと深く刻まれていたのかもしれない。


「イチロウ!」


 ネルの悲痛な叫びを耳にしながらも、俺は追撃を受けないように必死に耐える。ネルの治癒魔法は近づかないと使えない。さっき結界魔法を受けたときと同じように、魔王から距離を取らなければならないがその隙が作れない。加えてネルの魔法といえども一瞬では傷はふさがらない。


 だったら考えるまでもない。

 右腕は満足に動かせず、腹からは血が流れている。それでも、血を流しつくす前に魔王を倒してしまえばいい。

 俺はバカなのだろうか。

 命のやり取りだというのに楽しんでいる自分がいる。


 ほとんど右腕が動かないにもかかわらず、だんだんと魔王の動きを凌駕し始める。極度の集中、アドレナリンが大量に駆け回り、轟流の奥義を使った時のように世界がゆっくりと流れている。いや、そもそも視覚の鋭敏化はすでに使っているのだ。そうでもなければ、魔王との高速戦闘には耐えられない。そのうえで、さらなら思考加速が起きている。


 短期決戦には奥義が欠かせないけども、今の右手では威力が下がる。だが、長い歴史を持つ轟流には利き手がなくても使える技もある。

 加速した思考で魔王の斬撃を捌き、奥義を打ち込むタイミングを計る。


 何かを狙っている俺に気付いたのか、魔王の剣捌きが変化した。時間稼ぎというわけではないだろうが、少し距離を取り一撃必殺ではなく手数を増やす。しかし、それは悪手だ。

 生半可な攻撃になれば俺の体を覆う結界でも十分に抑え込める。

 攻撃がダメージにならなくなった瞬間、俺は攻勢に転じる。


 陥没させる勢いで地面を踏み抜き、魔王に向かって貫手を放つ。だが、距離を取っていた魔王は半身を反らして貫手を躱す。

 胸元をわずかに切り裂かれながら魔王はさらに体を回転させて至近距離から剣を一閃させようとする。


「おせぇ」


 魔王の剣が俺を捉えることはない。貫手が入ればそれでよし、それがだめなら次の手を打つまで。魔王が身体を回転させたことで、勝負は決した。

 轟流奥義捌ノ型『椚』が突き刺さる。

 

 一言で言えばただのタックル。ケガをした体であっても繰り出せる。唯一無二の奥義。大地に根を張り、重心の深い轟流を極めているものが使えば、ただのタックルに収まらない。回転する魔王にカウンター気味に俺の全身が大砲の一撃となって激突する。


 魔王が白目を剥いた。

 はじけ飛んだ魔王に追撃を掛ける。右手には劣るものの左手で行う奥義の連発、『椿』『椛』『楡』。

 息が切れるまで連撃を叩きこみ、俺は顔を上げた。

 魔王の体はピクリとも動かない。

 白龍の時には頭を切り落としても復活したことを思えば安心はできない。恐る恐る近づいていき、魔王の身体を踏みつける。その瞬間、魔王の目がカッっと開いた。だがそれにかまわず差し込んだ貫手が魔石に触れる。

 焦りの表情を浮かべる魔王を見下ろしながら、それを素早く抜き取った。

 魔王には似つかわしくない真珠よりも真っ白な魔石が俺の手には収まっていた。

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