決戦4
「エスタ!!」
雷撃を受けたエスタは、意識を失っているもののまだ息をしていた。体の一部に火傷はあるものの無事らしい。同じ雷撃を受けた騎士たちとの違いはレベルやステータスの違いだろうが、そうなんども受けられる攻撃ではない。
フランがエスタを担いで走り出す。
碧獣を中心としたスパークが踊り狂うが、完全にランダムな攻撃であるがゆえに攻撃範囲外へと何とか逃げ出したフランたち。こうなればもう南門の先で準備しているソウに任せるしかないと考えた。だが、フランたちの前に、碧獣が再び姿を現すと、同時に放電が開始される。
「ちょっと、うそでしょ」
狙いを定めることはできなくても攻守一体型のえげつないやり方。
逃げたところでその素早さを生かして先回りされていては、もう逃げるという選択肢は選べない。とはいえ、何をどうすればいいかわからずにフランが足を止めていると、シエスが碧獣に向かって駆け出した。
「シエス!!」
雷に対して有効らしい絶縁体の手袋だけど、どこまで有効かは未知数だ。それに手袋に守られているのは言うまでもなく両の手のみである。あまりにも無防備すぎる特攻に焦るフランは、意識を取り戻したエスタを背中からおろして、彼女を援護すべく『雷斬』の斬撃を飛ばした。
斬撃は碧獣を覆う雷をほんのわずかに切り裂いた。
そしてできたわずかな隙間に差し込むように絶縁体に守られたシエスの拳が突き刺さる。たった二ヶ月ではあるけども、イチロウのもとで学んだ轟流奥義二ノ型『椿』、完成に至らずともその一撃は確かに碧獣の顔を捉えた。
驚愕に彩られる碧獣の顔、その体からはスパークが収束する。そこに畳みかけるようにシエスが拳を振るう。打撃が吸い込まれるようにして碧獣の体に叩きこまれていくが、碧獣とて三王の一人、最初の一発はともかく体重の軽いシエスの攻撃では抑え込むには足りなかった。
攻撃を受けながら態勢を整えた碧獣が反撃に出ようとした瞬間、フランが斬りかかる。完璧なタイミングで振るわれた横凪の斬撃、動きをキャンセルされた碧獣にシエスの蹴りがヒットする。シエスは打撃よりも蹴撃の方が強力である。否、蹴撃であれば、魔王の幹部にすら届きうる。腹部に突き刺さるシエスの足、「ぐふぅ」と碧獣が口からうめき声を漏らした。
「うりゃあああああああああ」
「まだまだですーーー」
フランとシエスはここで止まれば、もう後はないとばかりに猛攻を仕掛ける。速度特化のシエスの連撃と、反撃を無効化する絶妙なタイミングでのフランの『雷斬』。一撃一撃の破壊力は小さくとも、確実に碧獣から生命力を削っていく。
しかし、碧獣も黙ってやられているばかりではなかった。
爪や噛みつき、足といった物理攻撃で反撃をするのではなく、体から一際大きくスパークを走らせた。フランが『雷斬』を使う直前のそれは、今度は逆に二人の攻撃をキャンセルさせる。まともに電流を浴びせられたフランは仰け反り、碧獣から弾き飛ばされる。
シエスは両手のグローブを盾に電流を抑え込んだが、そうして生まれた隙に碧獣の回し蹴りが小さな体を捉えた。
エスタが受けたスパークより遥かに弱い威力のためフランはしびれる身体を抑えてすぐに立ち上がろうとする。それを許すまいと碧獣がかぎづめを振り下ろす。ギリギリのところで剣で受け止めたフランは地面に叩きつけられた。
「くはっ」
肺から空気が吐き出され、一瞬の呼吸困難になる。さらに数発、碧獣からの攻撃を受けたところでシエスが邪魔をする。口元から血を流し、苦痛に顔を歪ませているけどもその速度は失われていなかった。背後から襲い掛かるも碧獣はそれを難なく捌く。
シエス一人では、グローブをはめた打撃以外に攻撃手段がなく相手をするのは荷が重い。それでも抑えることができているのは碧獣もまたダメージを受けている証拠。シエスは必死に碧獣の攻撃を捌きながらフランへと視線を向ける。
よろよろと剣を杖代わりにフランは立ち上がっていた。
見るからにダメージは大きく、中でも利き手と逆の方の腕はだらりと下がっている。フランの剣は片手でも扱えるが、そもそも普段両手で剣を持つフランの場合十全とは言えない。それでも必死に食い止めているシエスのために、歯を食いしばり碧獣に向かって飛び掛かっていった。
『雷斬』が碧獣の動きを阻害する。
シエスが碧獣に向かっていったとき、フランの背中から降りたエスタ。まっすぐ立つこともできず膝立ちでありながら、弓を必死に引いていた。弓を引く力も足りずに騎士の補助を受けている。だが、それでも弓に込められる膨大な魔力はエスタの持つ最大級のもの。
限界ギリギリまで高められた魔力の矢が『雷斬』のタイミングに合わせて火を吹いた。
それの存在に碧獣が気付いていなかったわけではない。
だが、シエスの猛攻から逃れてエスタに向かうことは敵わず、そしてフランの『雷斬』を躱すこともできなかった。来るとわかっている強大な攻撃を前に、碧獣にできたのはただ覚悟を決めることとだけ。
一度目に受けた魔力矢とは比較にならない破壊力を秘めたそれは碧獣の体の半分をごっそりとえぐり取った。貫くなどと生易しい表現では足りないそれは、碧獣を襲った後瓦礫の山に人の体をほどの大きな風穴を数十メートルにわたって開けた。
身体を傾け地面に倒れ込もうとする碧獣の目がくわっと開いた。
フランの方に伸ばした手からスパークが迸る。道ずれを求めるような最後の力を振り絞った攻撃がフランへと延びる。
雷撃を受けたフランは激しく後方へと吹き飛ばされた。
その姿を見て満足そうに碧獣が目を閉じる。
「フラン」
「フランお姉ちゃん」
魔力を使い果たしたエスタは騎士に背中を預け、シエスがフランのもとに駆けよった。スパークが走る寸前、身を守ろうと剣を振り上げたおかげで雷撃はフランの魔法剣に衝突した。
フランは身体がしびれて動けずにいたけども、どうにか無事だった。雷撃が剣に当たったことで、フランに注がれる電流がわずかに弱まっていたのだ。
「よかったです」
「シエス、あの化け物は」
「死んでるですよ」
シエスが碧獣の方を見ると、騎士たちが魔石をえぐりだしているところだった。つまりそれは確かな死。
「そう、よかった。私たちやったのね」
「フランお姉ちゃんのお蔭です」
「何言ってるのよ。みんなでやったんじゃない。でも、シエス。あんな無茶はもうやめてよ。心臓が止まるかと思ったじゃない」
「ごめんなさいです」
ようやく痺れが取れたところで、フランはゆっくりと体を起こした。
「いたたたたっ。ねえ、薬ある?」
「あるですよ」
「悪いけど飲ませて。っていうか、シエスも飲んで。ボロボロでしょ」
「ハイです」
「と、もう一本もらえるかしら」
「ふふ、もちろんですよ」
シエスの手から一本のヒールポーションを受け取りエスタへと手渡した。
「お疲れさま」
「そっちこそ」
互いに健闘を称えあう二人にはもうどこにもわだかまりはなさそうだった。