「こらっ!」
以前「「見える」ということ」というお話をした時に触れた、友人Dが幼少期に体験した話。
当日、小学生だったDは、自宅のある駅から少し離れた「A駅(仮称)」という駅まで、習い事に通っていたという。
A駅は利用者が少なめの小さな駅で、比較的空いている駅だった。
なので、ホームで人と会うことは少なく、夜になると、寂しい感じになるのだという。
ある日のこと。
その日は夏の最中で、蒸し暑さが気持ち悪い日だったらしい。
習い事が終わり、帰宅するためにホームで電車を待っていたD。
日も傾きつつあり、暑さは和らぎつつあったが、なま暖かい風が吹いていた。
当時から見えないものを目にしていたDは、少し薄気味悪さを感じたため「早く電車が来ないかな」と思っていたという。
そんな時、小さな女の子を連れた母親が同じホームにやって来た。
Dの知らない顔だったので、おそらくこの駅を初めて利用した乗客だろう。
一人でいるのが嫌だったので、Dは少しホッとしたらしい。
そのうち、女の子がホームを探検するようにウロチョロし始めた。
たぶん、待つのに飽きたのだろう。
電車が来るまでは、まだ少し時間がある。
最初は注意されれば母親のもとに戻ってきた女の子だったが、だんだんとホームの端から端まで駆けずり回るようになった。
それに注意し疲れたのか、母親も目を離し始めた。
まぁ、他にお客さんもいないし、頻繁に電車も来ないホームだ。
だから、何も危険は無いはずだった。
しかし…
「こらっ!」
突然怒声が響く。
驚いたDと母親が声のした方を向くと、女の子が転んでおり、それに駅員が駆け寄っていた。
先程の声の主は、駅員のようだ。
怒られ、ビックリして転んだのか、女の子が火のついたように泣き始めた。
それに慌てて駆け寄る母親。
抱き上げられても、余程怖かったのか、女の子は言葉にならない程泣き叫んでいた。
我が子のその様子に、母親は駅員に食ってかかろうともせず、頭を下げて謝罪していたという。
駅員も、母親に目を離さないように厳重に注意していたらしい。
その後、駅員は一人でいたDにも近寄ってきた。
そして、固まったままのDに、駅員はこう言った。
「お嬢ちゃん、いつもこのホームを使ってるよね?」
頷くD。
すると、駅員は、
「いい機会だから注意するけど、一人でいる時は危ないから、絶対にホームの端とか、白線の外は歩かないでね。いいね?」
Dが私に言った「その注意の内容」は、その時にはごく普通のものに聞こえた。
だが、Dは震え声でこう尋ね返したという。
「…あの人がいるから?」
そんなDに、駅員は再びとても怖い顔になったという。
そして、表情を変えず、小さな声で言ったそうだ。
「…そうだよ。いいな、絶対捕まるなよ?」
脅迫でもするように、念を押してそう言うと、駅員はさっさとDに背を向けたという。
そこまで話し終えたDに、私は尋ねた。
何故、駅員はそんな風に注意したのか?
Dの言う「あの人」とは誰のことなのか?
すると、Dはおもむろに答えた。
「…私ね…見ちゃったんだ」
Dの話はこうだ。
最初、駅員の怒声が上がった時、そちらを見たDは、女の子が転んでいるのを目にした。
それは別に驚かなかった。
ただ、最初に違和感を感じたのは女の子の倒れ方だったという。
Dが見た直前までの女の子は、ホームに描かれた白線に沿って走っていたらしい(ちょうど「=」の形だ)。
しかし、その時、女の子は白線とは平行に倒れていなかったという。
どういう倒れ方か聞いたら、白線と「十」の字のように交差して倒れていたとのことだった。
Dに言わせると
「まるで、女の子の足を誰かがホームの下から引っ張ったみたいになっていた」
とのことだった。
背筋か寒くなった私に、Dは続けた。
「あのね、私、見ちゃったんだ…駅員が怒鳴った時、咄嗟にそっちへ目を向けた瞬間、ホームの下から全身真っ黒で、上半身だけが長い人影が出てて、それが蛇みたいにホームの下へスルスル逃げていくのを…」
Dの話では、その駅で事故があったという記録はないそうだ。
また、自殺者がいたという事件もないという。
だから、Dも「それ」が何なのか分からないらしい。
ただ、駅員は何かを知っていたのかも知れない。
だからこそ、怒声を上げたのだろう。
女の子にではなく、女の子を連れ去ろうとした、Dが見た「異形の人型」に向かって。
ちなみに、その駅はいまも実在するということを、最後に記しておく。