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夏風に薔薇③

 夢を見た。あの日と同じように私達は湖の畔に居て、あの日と同じようにみんなは楽しそうに花火をしていて、あの日と同じように私がふと横をみると片岡さんがいた。だけど、あの日と違って、片岡さんの顔は真っ黒に塗りつぶされていて、その表情はよくわからなかった。


「ごめんね、もっと仲良くしてあげてればよかった」


 私が言うと、片岡さんは真っ黒に塗りつぶされた顔を少しだけ傾げて返事をした。


「でも、それは私が自殺したからそう思ってるだけでしょ」


 そこで目が覚める。狭いビジネスホテルの天井は低く、部屋全体にリネンと消毒液の混ざった匂いがした。ベッドから起き上がり、カーテンをそっと開ける。向かいに立つ灰褐色のビル郡の隙間に、しろじむ夏の空が覗いていた。私は夢の中で言われた片岡さんの言葉をもう一度思い出す。彼女の言葉に私は何も言い返せなかった。片岡さんが自殺をしなければ、私は彼女のことをサークルにたまにくる同級生の一人としてしか考えることができなかったし、こうして彼女ともっと仲良くしておけばよかったなんて、きっと思いもしなかっただろうから。


 私は彼女のその問いに対する答えを見つけることができるのだろうか。私は少しづつ光の色を強めていく秋田の空をただ眺めることしかできなかった。


 片岡さんの実家は秋田駅から駅を乗り継いだ場所にある小さな駅から、さらに車で十分程走らせた場所にあるらしかった。ビジネスホテルを出て、秋田駅に乗り、四番線ホームから当駅始発の奥州本線の電車に乗り込む。冷房の効いた車内には地元の人以外にリュックサックを抱えた人たちが座っていて、時刻表やスマートホンを片手に列車の出発を待っていた。運転手の少しだけかすれたアナウンスと同時に二両編成の電車がゆっくりと走り始める。十分もしないうちにビルが立ち並ぶ街の風景はどこかへ消え、稲穂がピンと背筋を伸ばした田園風景が見え始める。


 駅が止まると、誰かが立ち上がり、ドアの開閉ボタンを押して電車を降りていく。代わりに誰かが乗ってくることもあれば、誰も乗ってくることのないまま扉が締められる。ドアが飽きられるたびに熱の熱気が車内に少しだけ入り込んできて、すぐに冷房によってかき消されていった。少し遠くで高校生たちの会話が聞こえてくる。近くで誰かが座る位置をずらし、カウチでできたシートが軋む音が聞こえてくる。


 一時間ほど電車に揺られ、東能代駅で降り、向かいに停まっていた五能線の列車へと乗り換える。レトロな二両編成の車両で、ロングシートは少なく、大多数の席はボックス席だった。私は空いていたボックス席の一つを選び、窓際に腰掛ける。少ししてから向かい斜めの席に首からカメラを吊るした女性が座ってきた。大きなリュックサックを隣の席に置いた。


「旅行ですか?」


 電車が出発してから三十分経った頃、女性が優しくほほえみながら尋ねてきた。


「はい」


 私は意味もなく嘘をついた。自分でも驚くくらいにあっさりと。私は彼女と少しだけ会話をして、再び車窓を眺めた。遠くに白い風車が見える。事前に少しだけ調べたところによると、私が今乗っている列車はこれからずっと海岸線に沿って走り続けるらしかった。一定のリズムでその羽を回す風車の姿が見ながら、私は再び片岡さんとの会話を思い出す。


 高校は寮生活で市内に住んでいたけど、実家は日本海側にあったんです。片岡さんが言う。海沿いの家って憧れるな。私ではない誰かが言う。確かに電車から見える景色は綺麗ですけど、毎日見てると見飽きちゃいますよ。私は彼女の言葉を思い出す。見飽きるほどにたくさん、彼女はこの電車に乗って、そしてこの景色を見ていたのだろう。その一回ごとにこの電車には違う人達が乗っていて、天気も日にちも違っていて、そして、片岡さんも違う服を着ていた。お出かけ用の私服であったり、あるいは中学や高校の制服であったり。


 私は向かいの席に目をやる。先程まで向かいの席に座っていた女性はいつの間にか席を立ち、次に開く電車の扉の近くに立っていた。彼女が振り向き、私の視線に気がついたのか、小さく会釈をする。アナウンスと同時に扉が開く。乾いた夏の風に混じって、海の匂いが少しだけ車内に入り込んできたような気がした。

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