第七話 吹雪と、コートと、下卑な笑み。
叔母は笑っていた。それも、私に向かって。
やったー! いつも、軽く五人くらい殺せそうな目で睨んでくる叔母さんがやっとデレた! これで、狂偽ちゃん円満ハッピーエンドへレッツらゴー!
んな訳無くて。
いや、流石に私はそこまで脳天気じゃないですよ。
いつもあんな目で私を凝視してくる叔母が私に笑顔など向けるはずがないのだ、よっぽどの良いことが起こらなければ。
そんな、恐ろしすぎる作り笑いをしている叔母さんはこう言った。
「知り合いの伝手でね、これから貴方はロシアにホームステイさせて貰うのよ。いい? きっと貴方にとって良い経験になるから。だからお利口さんにしててね♡」
で、全然笑っていなかった目元は
『丁度良い伝手があって、これからお前をロシアにホームステイという名の厄介払いをさせて貰うわ。言ってることはわかるわよね? お前の経験なんてどうでもいいこと他ならないけど、面倒事だけは起こすんじゃないわよ……?』
と、言っていた。因みに全ての文章末に(威圧)がついている。嫌なオマケだ。
本当に叔母さんの目は素晴らしいことよ。睨みもヤクザ並みだと思うし、目だけで思ってることが全部伝わる(嫌なことだけね)。
☆☆☆☆
ってな訳で私が今ロシアにいる。もう何回か言ってるねこのセリフに似たようなこと。
それにしても、空港での古井戸さんの見送りが凄かった。もう、大号泣。つられて私も大号泣。
でも、ロシアに行って長期、古井戸さんから離れられたのは少し良かったと思う。前世の母に続き、古井戸さんにも私は依存してしまっていた。酷くなる前に、距離を取れて良かった。
さようなら、古井戸さん。まだ、五歳児だけど自立できるように私頑張るね。
そんな感傷に浸っていると、車を停める音が外から聞こえ、ハッと時計を見る。現在2時56分、待ち合わせ時間が3時きっかし。そろそろ、来たっぽいな。私のベビーシッターさん。
どんな人なのだろうか。叔母の伝手とわかっていても期待してしまう。
足音がする、そろそろ来るだろう。
そして、自動ドアの開いた先にいたのは、イケメンだった。
え、イケメン?
見ると、そこにいたのはなんとも見目麗しいイケメンだった(何回も言うよ)。
紺瑠璃色の目と髪に、同色のコート。冬国だからか肌が透きとおるように白く、右目の下にはほくろが色っぽくついていた。髪が長いのか軽く結わえていて、そこもまた彼の色気を引き出している。いくつ位だろうか、青年にも見えるし大人にも見える。
コンッコンッとブーツを鳴らしながら、ゆっくりと微笑み、私の元へ歩んでくるその人が私のベビーシッターか同居人であることは間違いないだろう。
そうして、その人は至極笑顔で。
「どーも、初めまして、鬼目堂 狂偽ちゃん。今日から君のベビーシッターの鈴木 イセラです。よろしくね」
と、言った。饒舌な日本語で。
「……、日本語喋れるんだ」
「え……?」
「あ、いえ! こちらこそぉよろしくおねがいしまーす」
頑張って五歳児の仮面を被り、馬鹿っぽく見えるように、『ま』と『す』の間は伸ばしておく。前世の祖母が意味の無いところで音を伸ばす人は馬鹿に見えると言っていたので、それを活用してみた。ただ、独断と偏見の具現化と言われた(私が勝手に言っていただけだけど)祖母のその言葉が正しいのかどうかは分からないが。
イケメンもといイセラさんは優しく私に笑いかけると、
「外に車が駐まっているから、乗ろう」
と、言った。
私は「はい」とは言わず、「うん」と応えイセラさんの後を着いていく。
それにしても、この人本当にイケメンだな。しかも超色っぽい。長身で細身、涙ぼくろ装備してる時点でもう惚れる。流石は乙女ゲームの世界! 顔面偏差値が高い! ビバ! イケメン!
私に歩幅を合わせ、ゆっくりと歩いてくれるイセラさんに連れられ、先程よりかは吹雪がおさまった外へ出て行く。温室の温もりを全身が求め悲鳴を上げている。ふと、柔らかな吹雪の中、一人の青年の影が見えた。後ろの車に寄りかかっている。水浅葱色の色素の薄い髪に対し、深碧の主張の強い瞳、まるで自分の顔が整っているとは知らないようなむすっとした顔。
せっかくきれいな顔なのにあの人、もったいないな。
そんなことを思いながら、その人をじっと見つめていると、相手もこちらに気付いたのかギョッとした目で見られた。
私の顔になんかついてるのかな?
「Это правда……(本当だったのかよ……)」
「Я сказал тебе не лгать(嘘じゃないっていっただろ)」
イセラさんと青年が話し始めた。青年は、呆れたというように溜め息をついているのに対し、イセラさんヘラヘラと人懐っこそうに笑いながら何かを言っている。
お、おう……。多分、ロシア語なんだろうけど、なんつってるか全然分からねぇ。英語ならまだしもロシア語はちんぷんかんぷんだ。キリル文字だっけ? 私、外国語ニガテなんだよな。
「狂偽ちゃん?」
「あ、はい!」
「ごめんね。急に分からない話をしちゃって。まぁ、積もる話がこちらはあるしそれは車で話そう。Ну тогда Иван С уважанием(じゃ、イヴァンよろしく)」
日本語で私にそう話した後、一言その青年に声を掛け二人で後部座席に乗る。その時にすかさず、ドアを開き、車に乗り込むときの段差で手を貸してくれるのもやはりこの世界の特権かもしれない。
私とイセラさんが後部座席ということはこの青年が運転手なのか。
「改めて、君のベビーシッターを務めさせてもらう、鈴木 イセラです。母はロシア人で父が日本人のハーフで、父の母国に興味があったから、日本語はまあまあ喋れるんだ。で、今運転してる無愛想な奴はイヴァン・レフ・スミノフ。イヴァンで大丈夫だけど、日本語喋れないから多分話す機会が無いと思う。ロシア語はその内覚えてくれればいいから」
「はい」
へぇ、イセラさんはハーフなんだ。イヴァンさんは、日本語が喋れないということは別段、馴染もうとしなくても良いかもしれない。
馴染む?
あぁ、間違えちゃった。
これから私のすることは、上手く居座れる場所をつくるだけなんだから。
一見ニコニコしているこの男、でもよく見ると笑顔なんて浮かべていない。彼が笑いかけているのは私じゃなくて、私の世話をする事で貰えるお金だ。政界にいた父の周りの人間の笑いにそっくりだ。そして、
『あぁ、私これでアナタと一緒の地獄に……』
このセリフの真意、アナタが誰かなんてのは分からない。だが、この言葉の理由に、この男達が関わっている可能性は拭えない。もしかしなくとも、この男達は私を絶望に突き落とすかもしれないのだ。
ポイントをくださった方、ブックマークを付けてくださっている方、ありがとうございます。
またもや、私の話に付き合っていただきありがとうございます。
そして読んでくださった皆様、ありがとうございます!
できたら、また見に来て欲しいです。