第十二話 少女の慟哭/監獄の住人は小さな懺悔を洩らす
今日で私がここに来て半年経つ。
少し前にここに来てから時が進みのが早いということを言ったが、あれはここにいるのが楽しいというのが理由だと最近気が付いた。
前は自由に外へも行けず、ほぼ軟禁状態。しかも古井戸さん以外の人間は全て敵のようなものだった。
まぁ、でも前世で母親に殴られたあの時よりかは、いくらかましだけどね。あの時は本当に殺されるって思ったことが何回もあったし。今世で叔母さんが冷たい視線を寄こしてくる位、どうってことない……。いつも通りだ。
「俺も今日から仕事かぁ……」
そんな、私のシリアスな雰囲気をぶち壊すように気怠げな声が聞こえてくる。声の主は、ソファで寝転がっているイセラさんだ。
うわ、半年も休業してた犯罪者ニートがなんか言ってる。
「仕事って何するんですか? 最近のイセラさんはぐうたらしすぎて息してるだけでも褒めたくなってくるのに……」
「後の一文ほんとに必要!? 仕事は絵を描くことだよ、前にも言ったでしょ贋作絵師だって」
あぁ、そういえば言ってた気がする。ここに来て2日目の時だっけ。
ふと、少しその贋作に興味が湧いた。
「へぇ、その贋作見たいです」
「良いよ、今乾かしてるし。じゃあおいで」
イセラさんの部屋は私の隣の隣だ。ここに来てから一度も入っていないし、入っていいとも言われたことがないので、私は実はこの部屋には大いなる秘密が隠されており【決して開けてはいけない部屋】だと思っていたのだ。滅茶苦茶すんなり、入れるじゃん。えぇ……、思ってたんと違う。
そうこう脳内でやりとりしてる内にイセラさんの部屋の前に立つ。イセラさんが慣れた様子で手袋をはめ、暗証番号を高速で押すとガチャッと音がした。
そして、ドアを開けると待っていたのは──。
「『ロルフ・ガメラディア・ホーストン』の【惨憺たる】。の、俺が描いた贋作」
題名通り惨憺たる状況を表した目をそらせないその絵は、鎧を着けた美麗な若い男が齢2歳ほどの赤子の首に剣を差し込んでいた。赤子は髪を掴まれ必死に泣き叫んでいる、自分を殺そうとしている男の足元に父親の首ともう動かない血塗れの母親があることなど知らないように、ただ助け乞う。
「これは【伍勇黎明譚】ってあるでしょ? あの異能者とノーマルの立場がひっくり返った時のお話。その話で出てくる、異能者を奴隷にしたり処刑した悪逆非道、血も涙もない愚王・バティス8世の最期の絵」
「あの、悪役の……?」
伍勇黎明譚というのは、数年前にも話しただろう、この乙女ゲームと密接に関わっている御伽草子である。異能名家の人間であれば誰もが知っている話だ。
「そうそう、でもこれじゃあ、どちらが悪役か判らないね? この絵は本当はノーマルのロルフが【伍勇黎明譚】の卑劣さを伝えるため、ノーマルと異能者の地位の溝を埋めるため描かれた絵なんだけれど最近じゃあ伍勇を讃える絵として鑑賞されている」
「……え?」
「おかしいと思わない? 両親を殺し赤子をにまで手を掛けようとしているこの男を狭くて強大な世界は勇者、又は英雄だと讃える。きっと、この世界はずっと前から何処か壊れている」
随分と気色の悪い世界だ。ただそう思った。
やはりゲームとして創られた世界では、何処か歪みが起きるらしい。
「さてと、そこに座りなよ。ごめんね、今注文されてる絵がこれしかなくて」
「いえ……大丈夫です」
上手いですね、とか言った方が良いのだろうか。いや、異能だし。というか、予想以上にインパクトの強い絵で何も言えない。
突然、イセラさんは座っている私の前で座った。隣に座るかと思ったので、私は目を瞬かせた。イセラさんはゆっくりと私の顔に手を伸ばす。
「あ、狂偽ちゃん、髪に埃付いてるよ」
目の前に見える、顔に伸ばす手。
絵画の死んだ母。
ぁ、まっ……て、あれ? お父、さ──。
☆★☆★☆★
「どうして、あんな事を言った!!!!」
それは、父の後輩に母に暴力を振るわれている、父はそれを見て見ぬ振りをしていると伝えようとしていたとき、20分で帰ってくるはずの父がすぐに戻ってきてそれを聞かれてしまった後だった。蒼白する私をつれ、父はいつもの作り笑いでその場を去り、誰も居ないところで私を怒鳴りつけた。
「ただでさえ、官僚の醜聞はデカいネタになるっつぅのに、テメェは……!!」
そう言うと、父は私の顔にゆっくりと手を向けた。そして、乱暴に髪を掴み壁に打ち付けた。
「い”っ………!? ごめっ……、なざいっ!! もぉ何も言いませっ……う”っ!!」
ゴスっ、ゴスっと聞きたくもない音が何度も何度も頭に響いた。
「育ててやった恩を仇で返そうとするんじゃねぇぞ!! このクソガキがぁあ!!」
☆★☆★☆★
「……はっ、……ヒュっ、カヒュッ、はぁっ……!」
違う。
この人は、あの父じゃない……。
解ってる、頭では解ってる。
けれども、髪を乱暴に掴まれた幼児、死んだしまった母、その全てからこのゆっくり近づく手がどうしても髪を乱暴に掴むのではないか、このソファの角に頭を打ち付けるのではないかと思ってしまう。
「……ぁ、……、ゃだ、ごめんなさ──」
「大丈夫」
「……ぇ?」
体に温もりを感じた。
「大丈夫。俺は君を絶対に攻撃しない」
私は、数秒経った今、抱きしめられていると気付いた。
「狂偽ちゃん、誰かに繰り返し殴られたような経験は無い?」
「……? な、無い!」
そう言わなければ。また──。
「ここには、それを肯定しても君を殴る人間なんていないよ」
「……っ、ほん、と?」
「うん」
そう言うとイセラさんは少し私の髪を撫でた。
「誰も蔑んだりしない?」
「うん」
「誰も私を殴らない?」
「うん」
「誰も私を蹴らない?」
「うん」
「誰も、あんなに優しかったのにって思わせないの……?」
「……うん、勿論。今まで、随分と──」
「──辛かったね……」
「あ……」
一瞬の同情でも良かった。
その視線に哀れみではなく優越感があっても良かった。
ただ、私、誰かに──。
辛いって認めて欲しかったの。
「辛い……。私、辛かった! 悲しかった!」
「うん」
前世では誰にも気付いてもらえなくて。誰にも言えなくて。どんどん友人との溝も深まっていって。
諦めてしまっていた。
あんなに優しくて、強くて私を守ってくれていた母が壊れていなくなってしまった。
「ぅあ……あぁぁぁぁあ!」
こうやって、頭を撫でて、抱きしめて、そんな、泣きつく家族がずっとずっと欲しかったの。
もういないお母さんがそうしてくれたように。
☆★☆★☆★
「寝たか?」
物憂げな顔をして部屋から出てきた男にそう声を掛ける。背中には、小さな女の子が目を腫らして寝ていた。
男は一瞬、驚いたように目を見開いてから伏せ、ばつの悪そうな、機嫌の悪そうなどちらともとれる顔をしていた。
「……、盗み聞きとかほんと趣味悪いな」
「そう怒んなって。あんだけ、ビャービャー泣いてたら盗み聞きも何も無ェよ」
「あっそ」
「お前が言ってもらいたかったこと好きなだけ言ってやれ。俺には出来ないからな。」
そう、俺には出来ない。
あの時、コイツが一番弱ってる時に、救うのは俺じゃなくていいと逃げた俺では。
「……! うるさいな、……判ってるよ。じゃあ、俺はこの子をベッドまで運んでくるから」
「おう。────」
「───すまんな」
あの時、『辛かったな』の一言も言えなくて。
はい、というわけで最近増えてきた二本立て。
あ、そういえば、何故イヴァンさんを『監獄の住人』と呼んでいるかというと、イヴァンさんの異能の【強制延命】、これのルビがゲフェングニス・レーベンというのですが。
ゲフェングニスは監獄。
レーベンは生。
というわけで、生の監獄。または生き地獄という読み方なんですよ。因みにドイツ語です。
その監獄にちなんで監獄の住人と呼ばせていただきました。
イヴァンさんとイセラさん、どちらも今後に大きく関係のあるキャラなのでよろしくお願いします。
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