メロスは激怒した。
「走れメロス」とは何の関係もございません。
メロスは激怒した。
その過程がいかなるものであるか……
僕は叫びたい……
ある日、メロスの元気がなくなった。
僕はメロスの元気な姿に惚れたのに……そうか。きっとあのことだ。
きっと僕達の親の不倫が原因だ。
あろうことか、僕の父親とメロスの母親には関係があった。
実質、僕とメロスは義兄弟になってしまったのだ。
僕はその現実を受け止めている。なのに、メロスは受け入れようとせず現実から逃げている。
僕達の親は僕達の親だ。僕達は僕達だ。そこに壁はない。だから今まで通り仲良くやっていきたいのに……
だけどやっぱり、メロスにとってはその現実が受け入れ難いのだろうか。
そのことで毎晩毎晩悩んだんだろう……
ある日、メロスと旅行に行くことになった。幸い付き添いには、僕とメロスのおじいちゃん的存在のぺリッツァ=ケン=忠志(僕らは忠志じいちゃんと呼んでいる)が来てくれることとなった……
旅行は一週間後、それまでにはメロスとの壁も壊しておかなければ……
「メロス。一週間後だね」
「そうだな。俺達は義兄弟だもんな。こうなることは仕方ないことなんだよな……」
やっぱりメロスは現実から逃げている。この先大丈夫だろうか。
旅行に行く前の一週間が長かった。頭の中では旅行に行きたくないと思っていた。
そして、旅行が二日前に迫った頃、信じられない出来事が起こった!
なんと、僕の家にメロスとメロスの母親が押しかけてきたのだ。
あいにく、僕の母親はのんびり屋な性格だけあって、父の不倫の事は知らなかった。
それが幸いしてか、父とメロスの母親のぎこちない態度にも、終始笑顔だった。
しかし、悲劇は起こるものなんだ。僕はこれほどまでにメロスを恨んだことはない。
多分、メロスはぎこちない空気に耐えられなかったんだ……
「もういいじゃないか! 隠し事はやめろよ! 俺達は知ってるんだぞ。息子達は知ってるんだぞ。お前達の汚らしい真実をな……」
終わった。もう、旅行どころではない……
いっそこの場から逃げようか……
遅かった……僕がこのようなことを考えている間に話はどんどん進展して……
「僕は……」
僕が言葉を発しようとしたその時には、既に僕の想像を遥かに超えるような事態に……
不思議なもので、こういう修羅場の方が話は弾むものなのか。
いつもはのんびり屋な母親が目を真っ赤に充血させて叫んでいる。いつもは厳格な父親が土下座で謝っている。当然、メロスの母親も一緒に……
僕はようやく今の事態を理解した。メロスはいったい今の事態をどう思っているんだろう? 僕は、さっとメロスを見た。偶然なのか? メロスも僕を見ていた。
そのとき僕はあのメロスの冷めた眼を見て感じたんだ。現実から逃げている男とは思えない。何を考えているんだろう……?
だが、考える暇があるはずもない。躊躇なく鉄槌をふり降ろしたのは、いままでに見たこともない母親の姿だった。
「これは……わたしに対する裏切りなの……? それとも……夢なんて事はないでしょうね……」
僕は、これほどまでメロスを憎んだことはない。
あろうことか、なぜ……今このタイミングで……君は……真実を吐き出してしまったんだ……
「すまん……つい魔がさしたんだ。もうそんなことはしない……だから……」
「本当です! ちょっと遊ぼうと思っていただけで……そうしたら……流れで……」
もう駄目だ。メロスのせいで僕達の家族は終わりだ。もう、この場にはいたくない。
「なに本当のこといってるんだよ」
「しかたがなかったんだ。隠しているのが嫌になったんだ」
「お前って……最悪だな」
無我夢中に外に出て行った。
僕は、あの状況で一体なにができた!?
メロスと仲直りし、全てが一件落着すると思っていただけに、そのショックは大きかった。自分の思いが、こんなにも届かないなんて……
頭がパニックになると、どんな人物の思考の中にも闇が芽生える……それを信じることすらできはしなかったのだ……
力が急に抜け、眼が異様に熱くなっていくのが、時間が過ぎ去るとともにはっきりとしてきた。
僕は無力? 人の心の闇の前には。これは誰のせい? そうだメロスだ。全てはあいつだ。
もう、僕が戻る頃にはきっと……戻ろう。多分そこは。
「遅かったじゃないか。もういないよ。うるさい馬鹿達は」
やっと分かってきたよメロス。君は現実から逃げてなんかいない。逆だ。受け止めすぎたんだ。全てを君は終わらした。
床に広がる汚らわしい血痕。返り血を浴びた君の姿。
「全てを自分で背負い込んで自分で解決して満足かメロス?」
「……辛いよ。どちらかがやらなかったら」
血だらけのメロスや床についた血痕をみたときに自分の弱さにきづいた。
「この後……どうする?」
僕は悩みながらも、この質問をしてみた。
すると、メロスは返り血のついた顔をいくらかこちらに向けて、楽しげに話した。
「人ってのは、案外簡単に死ぬもんだね。この後か……そう……死人は一番困る。なんせどう処理すればいいか試行錯誤を繰り返さないといけないからね」
その声にはすがすがしさが漂っていた。 僕のいつもの調子では、発狂してしまう程の解答だったのかもしれない……しかし、今は違った。
「僕にいい考えがある……」
「お前の考えがどうであろうと、俺はお前の考えに従うつもりはない。つまり、お前はいらない」
メロス。君は快楽の餌食になってしまったようだ。でも、これも運命なのかな。
「そうだねメロス。奇遇にも僕も同じ。僕の考えはただ一つ。メロス。お前が死ねば試行錯誤を繰り返す必要なんてないだろう? つまり、お前はいらない」
僕はもう迷わない。もう、君のそんな姿を見ているのは嫌なんだ。僕は今の君が大嫌いだ。だから君は死ぬ。
それもこれも全てメロス。君のせいだ。だから……僕は激怒した!
メロスは手に持っているナイフをこっちに向けた。
僕はテーブルの上にあるビンを割ってつきつけた。
「まて!!」
二人の死線を葛藤が貫いた。
『忠志じいちゃん!!?』二人は同時に向きを変えた……
「やめるんじゃ……やめるんじゃ……」
忠志じいちゃんは、錯乱したように同じ言葉をこだまする。
僕は忠志じいちゃんの事は嫌いじゃない。出来ることなら……
「困ったなぁ。俺はあなたに恨みはない。でも、こんな状況を見られちゃったら仕方ないよね!?」
メロス。君はすぐに僕の期待を裏切るね。本当イライラする。でも、だからこそ、忠志じいちゃんには感謝したい。
僕には今、守りたい人がいる。快楽の餌食になったメロスから忠志じいちゃんを守りたい。その一心で僕は動ける!
僕は忠志じいちゃんを守らないと!
僕は忠志じいちゃんを背にメロスから守った……
「えっ?」
僕の背中に違和感が……なにが起こった? そうか……どうして?
「忠志じいちゃん……どうして……?」
僕は忠志じいちゃんに刺されたんだ。
そこには、もう僕の知っている忠志じいちゃん。そして、メロスはいなかった……僕は……? それも分からない……
痛みより、恐怖が僕をあおりたてた……目の前の光景、次第に遠のいていく意識……この手には……まだ……のこっている
「……ここは……」
気がつくと、見知らぬ場所にいたが、僕はそこがどこであるかすぐに理解した……
「気がつきましたか」
看護婦が急ぎ足でこちらにやってきた。
なぜ助かったのだろう。あの地獄とも呼べる場所からの生還は今考えれば皆無に等しかった。
「背中の傷、痛みますか?」
思い出した!! 忠志じいちゃんは僕にナイフを刺したまま抜かなかった……あの時は本当に殺されるかともおもったが、もしかしたら……
今となっては、答えをみつけることは不可能だと言うことが、とてつもなく虚しく感じられた……
でも、僕は動かなくてはならない。忠志じいちゃんの真意。そして、メロスを停止させてやらなければならない。
僕にはやらなくてはならないことが多すぎるんだ。どうしてだろう。少し前ならこんなこと……なるはずなんかなかったのに……
「大丈夫です」
「そうですか。では痛み出したらコールしてくださいね」
看護婦は去った。さぁ、動こう。僕は動かなくてはならないんだ!
「立たなくていい。俺は君のよく知る場所にいる」
脳内に響くメロスからのテレパシー。
メロス。もう、僕には分からないよ。君は一体何者だ?
僕は痛みをこらえながら病院をぬけだした。病院をぬける途中、無意識にある物を手に取って……
歩きながらメロスは一体何者か考えるも答えがでない。
そうしているうちに、あの恐ろしい家に戻ってきた。
一歩歩くごとに鼓動が凄まじく響いている。もう少しで、決着がつく……ここが全ての始まり……そして今、全てを終わらすために……
扉が開いている。そこから少し入った部屋の扉も……そこに近づくにつれ、もう二度と戻れないとわかり始めた……
そこには、メロスが居た。義兄弟で二日後に旅を共にすると約束していたあのメロスが……
メロスは激怒などしていなかった。
むしろ、この世には存在しない異形の姿に変わり果てた彼は、心の底から笑っているように思えた……
「やぁ。驚いたかい?」
「いや、君が人間じゃないと知れただけで少し安心だ」
「そうかい。なら、これならどうだい?」
メロス。君はもう……快楽とかそういう次元じゃない。嬉しいかな? 僕に忠志じいちゃんの死体を見せ付けてそんなに嬉しいかな?
君の笑顔は凍りついてる。君の嬉しさは快楽からきている……
「よかった。驚いているみたいだ。お礼をいっておけよ。忠志じいちゃんは自分の身を捨ててお前を守った。お前を死なない程度に刺して俺に殺したようにみせかけて、忠志じいちゃん自身は僕に……アハハ。お礼といっても死んでるね。血を垂らして死んでるね。それでもお礼をいっておけよ? 君は一度命を失っている」
「ウワァ〜〜〜〜〜」
僕は激怒を超えた。
「メロスお前は絶対ゆるさねぇ!!」
自分が激怒で自分を失い、病院にいったときにあった薬を思い出した。
僕はその薬を使い自分を失った。
使ったら脂肪が筋肉に変わり、今までは想像できない姿になった。
まるで生まれ変わったようだ……頭からつま先までまるで違う。僕は、なんで生まれてきたのか……そう思えるほどの激怒。
メロスは、それでも笑っている。
「こんなにも、こんなにも楽しい気分は初めてだ。いっそのこと、自分をも殺してみたくなるほどの気分だ」
メロス……君のその、心意気に惚れた僕が、今正しいとわかった……
「俺もそうだよ。楽しい楽しい楽しすぎる」
もはや、考えることすら不可能に近い状況に陥っていた。脳みそまでもが筋肉に変わり果てていき、考えるという文字すら浮かばなかった……
その瞬間、僕の肩をメロスの右腕が貫いた!!
「肩がエえぐレるとおおは、こうイッタああモのなノかあ」
それとほぼ同時に、僕の左腕は、メロスの心臓を握り締めていた。
「心臓の鼓動がきこえるかい?? これこそまさに、激怒を超越した憤怒の快楽だというものなのだ」
僕達の新鮮な鳴き声は、とどまることを知らなかった……
もう、どうにでもなれ。肉は腐れ。骨は溶けろ。
僕達はもう快楽の奴隷だ。メロス。君が何者か……同じ舞台に立ってようやく理解できた気がするよ。
どうでもいいんだ。親が不倫していようが君が人を殺そうが、そんなのは……心の奥底ではどうでもいいんだ。
結局は争いたい。傷つけたい。破壊したい。そういう感情に結びつく。快楽の奴隷となってしまう……
あぁ。もう、意識が失われていく。僕が僕ではなくなる。快楽に支配される。でもそれでいいんだ。
メロス。君は激怒した。そして、僕も激怒した。そして遂にそれすら超越した。ただ、それだけの話なんだから。
風景がうっすらになってきた。
僕は幸せだったといえるのか……
最後の意識が声となって表れた。
「みんなと仲良く暮らしたかったなぁ」
この事件は、人間の闇の部分をさらけ出し、なんとも残酷な終わり方をしてしまった。このあと、ここには快楽の奴隷となった彼の石碑はもちろん。忠志じいさんの石碑、それから亡くなったみんなの石碑が順番に建てられていった……これで事件は解決した。誰もがそう思ったとき、彼の他にもう一人快楽の奴隷となったメロスの存在に気がつく……
メロスは行方不明なのだ……この場のどこを探しても、メロスの死体はおろか、血痕、指紋すら探し出すことはできなかった……
メロス……どこへ……それとも……最初からメロスの存在は……
いや、きっと今もどこかで……
メロスは激怒している……
今回は友達二人と俺で適当な分量でリレー小説をして作った小説です。
初めての試みのことで、色々と滅茶苦茶な展開になっておりますが、初々しいと感じていただけると嬉しいです。