表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

8,少しだけ振り返って

次の日の朝、いつものように起き、朝食をとった。そして今日はいつもとは違い、総出で買い物へと向かうのだ。ピュールは赤地のチェックのシャツに7部丈のジーンズを履いている。フレルはビジューの付いた白いトレーナーに短パン、エフォールはシンプルなデザインのTシャツにグレーのパーカーを羽織っている。メルベイユーは青いシャツにベージュのズボンを履き、スピトゥピットはフード付きの白いトレーナーに短パン。ルポゼはTシャツに花柄のスカートを履いて、エフェメールは少しつばの広い帽子を被り、優しいピンク色のワンピースを着ている。そして全員の胸元には煌めく銀のネックレス。みんなそれぞれいつもとは少し違う格好をしているが、オネットだけはいつもの騎士服姿だ。家を出る時、いつものように白いコートを纏おうとするオネットに、ピュールが怒ったように言った。

「今日は家族での外出でしょ?なのにそれ着ていくの?」

オネットは少し困ったように笑って、自分の手の中のコートを見つめた。

「そうだね、確かに今日は仕事じゃないし、騎士として街に出る訳じゃない。だけど、街の人たちにとって俺は騎士のオネットでしかないんだ。だからこの純白のコートが、家族以外の人にとって、俺の存在そのものなんだ。」

オネットはそう言うと、コートを羽織って静かに目を閉じた。再び目を開けた時には、もうそこにいたのは一人の騎士だった。その様子を見て、誰も、何も言えなかった。まだ幼いルポゼでさえも、その言葉の意味を理解しているようだった。

「では、行きましょうか。」

扉を開けて振り返るオネットの首元に銀色の輝きが一瞬覗いた。困ったようで、辛そうで、少しだけ怒ったような複雑な顔をしたメルベイユーが小さく頷いて後を追った。そして、そのあとに続くように全員が家を出た。しばらく歩いて市場へ向かう間、ほとんどがたわいもない話をしている中でメルベイユーだけはスピトゥピットに誰にも聞こえないような小さな声で囁いた。

「極力エフェメールのそばを離れないでやってくれ。彼女は狙われやすい。」

スピトゥピットは少し緊張感を持った表情になり、長いトレーナーで隠すように自分の両腰に携えた短剣を両手で静かに撫で、頷いた。そしてその場から駆け出し、前を歩くエフェメールの左腕に掴まった。にこにこと笑いながらエフェメールを見上げるスピトゥピットに、エフェメールも笑顔で応えた。エフォールは四つに折りたたんだ紙をルポゼと眺めながら、回るルートを確認している。ルポゼはよく買い物に来るので、市場については一番詳しいのだ。ピュールは遠くの山を横目に眺め、口をきつく結んでいる。フレルは歩きながら空を眺め、小さく息を吐いた。それは溜息のようでも、呟きようでもあった。それぞれの瞳が何を映しているのかは、誰にもわかることはない。一人一人が、色々な過去を背負っている。だからここに集まった。オネットは最後尾からその様子を見つめながら、一つ、深い溜息をついた。自分のついた溜息に驚いたオネットは首を振り、再び騎士に戻った。その様子をじっと見つめていた赤紫色の瞳が、小さく揺れた。

市場へ着くと、そこはすごい賑わいで、人で溢れかえっていた。大人がほとんどで、この中ではぐれれば、探し出すのはは難しそうだ。

「これ、どうする?8人で行ったら絶対バラバラになっちゃうよね?」

エフォールが恐る恐る聞く。エフェメールが分担して買い物すれば?と言った。ピュールも頷いた。

「二人一組とかで分かれて、担当の商品と集合場所と時間を決めておけばいいんじゃないか?」

その案を聞くとすぐさまスピトゥピットがエフェメールの隣につく。

「僕はエフェメールと行く!」

スピトゥピットはそう言ってメルベイユーを笑顔で見つめる。メルベイユーが頷くのを見て、さらに嬉しそうに微笑んだ。残りのペアはルポゼとメルベイユー、フレルとエフォール、そして残ったピュールとオネットだ。これはほとんど戦闘能力で決めた。いくら人通りの多い市場だからと言って子供だけでいる以上油断は出来ない。それぞれ担当の商品を決め、一旦バラバラになった。12時の鐘までに市場の入り口に集まること、という約束をし、分かれて市場へと入っていった。エフェメールとスピトゥピットはひと月分のお菓子を買いに行く。皆の好みはスピトゥピットが把握しているため、大体はスピトゥピットが買っていく。ルポゼの好きなキャラメルや、フレルの好きなスティック型のビスケット、エフォールの好きな小さなチーズケーキ、ピュールの好きなポテトチップス、メルベイユーの好きな中にイチゴ味の入ったチョコレート、スピトゥピットが好きなみるく味の飴。ぽいぽいと買っていき、スピトゥピットはエフェメールに聞いた。

「エフェメールは何が好き?エフェメールの好きなのも買うから!」

エフェメールは少し考えてから、笑って言った。

「私は一口サイズのゼリーが好きかな!」

スピトゥピットはわかった!と言ってエフェメールの手を引き、別のお店へと駆けていく。エフェメールも走ってついて行き、カラフルなゼリーがたくさん売っているお店にたどり着いた。

「好きなの買っていいよ!」

スピトゥピットがそういうと、エフェメールは山積みになっているゼリーを目を輝かせながら眺めた。じっくりと吟味して色々な味の入ったお買い得パックを購入した。2人は買い物を終え、集合場所へと向かった。

ルポゼとメルベイユーはもしもの時のための保存出来る食料を買いに行く。ルポゼがメルベイユーの手を引いて色々なお店を巡った。果物の缶詰や肉や魚を味付けして缶詰にしたものなど、市場には多くの種類があった。物価があまり安定していないため、急に価格が高騰したりし、そういう時の非常食として缶詰は必須なのだ。ルポゼが新商品のスパゲッティーの缶詰を見つた。

「メルベイユー!スパゲッティーの缶詰だって!買おう、買おう!」

メルベイユーの服の袖を引っ張るルポゼに、わかったわかったと言って、購入した。メルベイユーは大量の缶詰が入った紙袋を片手にルポゼと手を繋いで市場の入り口を目指す。

フレルとエフォールは木材や布など、創作に必要な物を買いに向かう。フレルはそろそろ夏物のカーテンを作ろうと考えていたので、涼しげな水色の布を購入し、エフォールは大きめの木材を買った。

「次はカーテンレールを木製にして欲しくて。図案は私が描くから、頼める?」

エフォールはフレルのその言葉に大きく頷いて、もう1つ細長い木材を購入した。

「僕に作れるものならなんでも作るから、なんでも言ってね!」

そう言って笑ったエフォールに、フレルは微笑んでありがとう、と言った。この2人はスムーズに買い物を終え、市場の入り口へと向かった。

ピュールとオネットはクールの餌や雑貨などを買いに市場に入った。2人は最初にクールのいつもの餌とおやつを買い、次に雑貨屋の並ぶ通りをぶらぶらと歩いた。メモ帳や電気などの日用品を買い終わり、大方買い物を終えた2人は便利そうな雑貨を探していた。ピュールが何かを見つけてオネットを呼ぶ。

「オネット!このクッション買おうよ!」

それは低反発で手触りのいいクッションだった。木の家に木の家具なので、椅子も少し硬いと思っていた。ちょうどいいと思ったオネットは、頷いて言った。

「そうですね、では人数分買って帰りましょう。」

クッションを購入して再び歩き始めたオネットとピュールは、市場の入り口へと向かう。しかしその途中にあった風鈴屋で、オネットが急に立ち止まった。リンリンと少し早い涼しげな音が響く中で、オネットは中でもとりわけ美しい音を生み出す風鈴に目を奪われていた。黄色いひまわりがあしらわれたそれは、他より少し控えめな音を奏でている。オネットはピュールの方をじっと見て、訴えた。

「このような趣あるものも1つは必要ではないかと思うのですが。」

普段物欲はほとんどなく、自分から何かを欲することは滅多にないオネットの一言に、ピュールは思わず頷いた。それを見てオネットは嬉しそうに風鈴を買った。そしてまた歩き出した。

ちょうど12時の鐘が鳴る頃、全員が入り口に戻ってきた。それぞれ買い物を済ませ、手に荷物を抱えている。

「では、家に戻って昼食にしましょう。」

オネットがそう言って、帰路についた。帰りは行きよりも少し賑やかに喋りながら帰った。家に帰るとクールが座って出迎えてくれ、コートを掛けたオネットがクールを愛おしそうに抱きしめた。それは騎士でも家主でもない、ただの猫好きな少年の姿だった。




誤字・脱字等ありましたら是非ご指摘をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ