7,小さく足を踏み出して
「もう言ってもいいだろうと思ったら、俺は迷わず言うからな。」
メルベイユーはそう言って部屋へと戻って行き、エフェメールは俯いたままそのあとを追うように部屋に入った。メルベイユーは木刀を眺めるスピトゥピットの頭をぽんぽんと撫で、小声でエフェメールを頼んだぞ、と言ってピュールとルポゼと共に部屋を後にした。スピトゥピットはきょとんとその姿を眺めていたが、エフェメールの方を向いてにこっと微笑んだ。
「僕が守ってあげるからね!」
エフェメールはありがとうと言って微笑み返した。何故だか、その目尻には涙が滲んでいた。それからまた夕食に呼ばれるまで、2人は剣術の練習に励んだ。今日1日でエフェメールは、守りながら攻めるを少し理解出来た。昼食の時と同じようにフレルが夕食だと呼びに来た。2人は声をかけられてから自分達が空腹の限界だったことに気がつき、どちらともなく鳴ったお腹の音に、顔を見合わせて恥ずかしそうに笑った。下へ降りると、机の上に並んでいたのは真鯛とあさりのアクアパッツァだった。丸々一匹の真鯛を贅沢に使った一品で、周りのトマトや海老、イタリアンパセリの彩りがとても華やかだ。今にもはち切れそうなほど張りのある鯛の身とそこから香る艶めくオリーブオイルが視覚と嗅覚を同時に擽る。真ん中に置かれたバケットを今にも真鯛の旨味がギュッと詰まったタレに付けて口に放り込みたい衝動に駆られる。ひとまず全員でいただきますの挨拶をしてから、それぞれのアクアパッツァと向き合う。鯛の身をほぐして海老と一緒に食べると、ふっくらとした鯛の身とぷりっとした海老の食感がたまらない。しつこくない魚介の風味が口いっぱいに広がり、鼻からすーっと抜けていく感覚はとても心地よかった。トマトやあさりと一緒に鯛を食べると、またそれぞれ違った食感で別の料理を食べているかのようで飽きない味だった。バケットにタレを染み込ませて口に入れると、濃縮された魚介の旨味が口いっぱいに広がり、これもまた絶品だった。そんな穏やかな夕食を終え、皆で紅茶を飲んでいると、エフォールがエフェメールに何かを差し出した。袋に入ったその中身は木製のスプーンやフォーク、お皿やカップなどで、どれもシンプルで使いやすそうなデザインだった。
「それ、エフェメールの分の食器、よかったら使ってね!スプーンはシチューとか食べるときで、フォークとお皿はサラダとか食べるときに使って、カップはミルクを飲むときに使ってくれればいいよ!」
エフェメールは1つ1つをじっくり眺め、その完成度の高さに思わずため息を漏らした。
「ありがとう…!」
エフォールは嬉しそうにはにかんで、なにか作って欲しいものがあったら言ってね!と言った。エフォールは木で作るものなら大抵なんでも作れるらしい。手先が器用で物作りが得意なのだ。エフォールは他にもちょっとした小物や家具なども作る。しかし、制作スピードがゆっくりなため、あまり量を作ることはできない。エフォールは食器を丁寧に食器棚へ持って行き、自分用のスペースに仕舞った。丁度その時玄関の扉が開き、この家の主が帰宅した。家に入るなり白いコートをかけると、にっこりと笑った。
「皆、ただいま〜!」
元気な声と笑顔をぶら下げて入って来たオネットに、皆口々におかえり〜と言った。少しだけ疲れた様子のオネットは、小包を手に持っていた。それを机に置くと、オネットはメルベイユーに紅茶を要求した。
「今日はみんなにお土産があるよ〜!」
オネットはメルベイユーから受け取った熱々の紅茶を一口すすってから、小包の紐をシュルシュルと解いた。中には8つのネックレスが入っている。金属の鎖に指輪を通したような形をしているそれは、優しい銀色の輝きを放っていた。オネットがそれを全員に手渡し、言った。
「これは、俺たち家族を繋ぐもの!家族の一員であることの証だから、大切にしてね!」
言い終わるとオネットは全員の首にネックレスを付け、満足そうに頷いた。その後はいつものようにお風呂に入り、オネットとメルベイユー以外は眠りについた。
「束縛か?」
2人きりになった途端、メルベイユーはポツリとつぶやいた。オネットは小さく首を振って、そういう事じゃないよ、と言った。
「ただ、どんな時でも俺が、俺たちがついてるって忘れて欲しくないんだ。困ったり悩んだりした時には、思い出して欲しいんだ。もっと頼っていいんだって、思って欲しかった。それだけだよ。」
メルベイユーは頷いて、それならいい、と呟いた。メルベイユーには、何故かオネットが焦っているように、確かな繋がりを求めているように見えた。オネットは何かを思い出したようにぱっと顔を明るくし、少し声のトーンを上げて言った。
「明日は1日休みを貰ったんだ!みんなで買い物にでも行かない?」
メルベイユーはオネットをじっと見つめ、いつもと変わらぬ口調で言った。
「エフェメールには伝えた。くれぐれも目を離さないように気をつけよう。」
オネットはしっかりと頷き、久々の買い物に胸を躍らせた。普段は働き詰めのオネットはプライベートで買い物をすることは滅多になかった。そんな2人の対照的な様子を、花瓶に生けられた黄色い美しい花が、静かに訴えるかのように見つめていた。
最近盛り上がりに欠けてすみません、どうか温かい目で見てください!