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5,鋼の色と染まる糸

次の日の朝、オネットとメルベイユーは朝日が昇る前にほぼ同時に起きた。メルベイユーは全員分の朝食を作り始め、オネットは身支度を始める。騎士の仕事には身軽な格好が適するため、オネットも必要最小限のものしか持ち歩かない。オネットは騎士服に着替え、胸ポケットから手帳を取り出し、本日の任務を確認した。隣町で行われる式典に参加する王女の護衛と、その街の視察だった。

「メルベイユー、今日は帰れるかわかんないから、皆のことよろしくね〜。」

オネットは寝起きののんびりとした口調でキッチンに立つメルベイユーに言った。メルベイユーは青いチェックのエプロン姿で頷く。

「くれぐれも無茶はするなよ。お前が死んだらこの家は崩壊する。」

「勝手に人を殺すなよ〜、大袈裟だな〜。」

オネットの遠出にいつものように笑い合いながら軽口を叩く2人。こんな言い方でも、本当に自分のことを心配しているのだとはっきりとわかる。だから家のことはメルベイユーに任せ、安心して任務へと向かうことができるのだ。

「オネット。」

不意にメルベイユーが何かをオネットに向かって投げた。よくわからないままそれを受け止めたオネットは、手の中身を見ると、嬉しそうに笑った。そして手に持った小さな袋をフリフリと左右に振った。

「ありがと!メルベイユーのクッキー大好きなんだ!」

オネットはそう言って手に持つクッキーを輝く瞳で見つめていた。メルベイユーは再び朝食の準備を始めた。移動中の軽食にしようと、オネットはクッキーを大事そうにポケットに入れた。しばらくして朝食が完成したころ、エフェメールが起きてきた。1番に眠りについたので少し早めに目が覚めたようだ。

「おはよ!よく眠れた?」

オネットが声をかけると、エフェメールは頷いて、シャワーを浴びたいと言った。オネットは風呂場へ案内し、タオルなど必要なものを揃えた。エフェメールが風呂場へ姿を消すと、メルベイユーは見計らったようにオネットに声をかけた。

「今日はひとまず料理担当に向きか不向きか判断してみる。明日は掃除、その次は装飾。順番にやらせてみる。合間にスピトゥピットに剣術を教えてやってもらう。…それでいいか?」

オネットはうーん、と考えるように腕を組んだ。

「そうだね〜、俺は先に剣術をしっかり教えておいたほうがいいと思う。料理の方は夕食の支度を手伝ってもらう程度でいいんじゃないかな?身を守ることが最優先だからさ。自分の身を守れる程度になってから手伝いの方はしてもらうことにしようよ。」

メルベイユーは分かったと頷いた。しばらくするとピュール、スピトゥピット、ルポゼがぞろぞろと起きてきた。それぞれ朝の挨拶を言いながら顔を洗いに洗面所へと向かう。その時丁度シャワーを浴び終えたエフェメールが部屋着からちゃんとした服装へと着替え、濡れた艶やかな栗色の髪から水滴を落としながら出てきた。

「おはよう。」

そう言ってエフェメールは微笑んだ。スピトゥピットが一際大きな声でおはよっ!と返し、それぞれも挨拶を返す。顔を洗い終え、自分の席に着く。

「あ〜!またフレルとエフォールは寝坊か?」

ピュールは朝食の並んだテーブルから立ち上がり、寝室へと歩いて行った。カーテンを開ける音と起きろ〜!と言って、ゆっさゆっさと体を揺らす音が聞こえてくる。それに応えるようにう〜ん、と唸る声。そんなやり取りが続き、やっと2人が起きてきた。この2人は朝が弱い。ついでに言うと、オネットとメルベイユー、スピトゥピットはどちらにも強い。中でもスピトゥピットは、やろうと思えば一睡もせず生きていけるのではないかというほど、どんなに夜更かしをしても朝はきっちり決めた時間に起きることができる。スピトゥピットの昔の境遇がそうさせていた。ピュールとルポゼは朝は強いが夜はとことん弱い。ルポゼは幼いのもあるが、2人とも日付が変わるまで起きていたことはないし、基本いつも9時には寝る。ただし朝は6時起きだ。それぞれにそれぞれの生活スタイルがあり、自分に向いたリズムを保ちながら程よく相手に合わせる。これは社会に出てからのことも考えてオネットが発案したこの家での暮らし方だった。だからエフォールとフレルがどんなに朝が苦手でも、朝食時には起こし、食事は基本皆でとると決めている。

「もうお腹減ったよ〜、早く食べよう!」

ピュールがぼやく。眠そうに目を擦るエフォールと、少し不機嫌そうなフレル。とはいえ2人ともお腹は減っているようで、そそくさと席に着いた。

「2人共おはよう!じゃあ皆揃ったし、朝ごはんにしますか〜!いただきま〜す!」

オネットの元気な声につられるように皆口々にいただきます。と言って、食べ始める。今日の朝食はメルベイユー特性ふわふわパンケーキだ。きつね色にカリッと焼かれた表面と中のしっとりふわっとした食感のギャップがたまらない。バターをのせて黄金色のメープルシロップをかけて食べる。

「おかわりはたっぷりあるから、いるなら言ってくれ。」

メルベイユーはエプロンを外しながら言う。その言葉を聞いた途端スピトゥピットがお皿を持って勢いよく立ち上がる。案の定椅子を倒す。

「おかわりっ!!っわあぁぁぁ…!!」

慌てるスピトゥピットにメルベイユーは学習しろよと困ったように微笑んで言い、お皿を受け取った。キッチンでスピトゥピットのおかわりを盛って帰ってきたメルベイユーに、エフェメールがそっとお皿を差し出す。

「私も、おかわり。」

メルベイユーはその目を一瞬探るように見つめ、すぐに穏やかな顔に戻ってお皿を受け取った。美味しい朝食をいっぱい食べて、次は仕事に向かうオネットを見送る。

「じゃあ行ってくるね!今日は帰れるか微妙だから先に夕飯食べてていいからね!」

手を振って王宮へと入っていくオネットの姿が見えなくなるまで見送り、家の中へと戻る。

「メルベイユー、今日は何をするの?」

フレルがメルベイユーに尋ねる。それを聞いたメルベイユーは一人一人にブラックボードを配る。これはそれぞれが今日やることを大まかに書いてあるもので、エフェメールにも渡す。

「今日は、スピトゥピットはエフェメールに剣術を教えてやってくれ。エフォールはエフェメール用の食器とかを作って、ピュールは部屋の掃除、フレルはそろそろ夏仕様の装飾の準備と、部屋の配置とかで何かいいアイディアがあったらそれに変える。ルポゼと俺は午前中に買い物に行って、午後は手伝い中心。こんな感じの予定で行こうと思う。」

それぞれ自分のブラックボードを見て頷き、早速動き始めた。エフォールは戸棚から木材を取り出し、フレルは何かの設計図を描き始め、ピュールは箒を手に取った。そんな光景を見つつ、少し戸惑った様子のエフェメールに、スピトゥピットが声をかける。

「今日は1日よろしくね!エフェメール!」

エフェメールに向けられた笑顔は、本当に彼に剣術を教えることなど出来るのだろうかと疑ってしまうほど眩しいものだった。

「うん。剣とか持ったことないから上手くできるかわからないけど、よろしくね。」

スピトゥピットの幼い顔は剣を握るとたちまち変貌する。オネットがコートを羽織ると雰囲気が変わるのと同じように、いや、それ以上に鋭く凛とした空気を纏うようになる。この家にいる人は皆スピトゥピットに剣を教わった。騎士であるオネットでさえも戦えば五分五分か、やや押され気味なのだ。

「じゃあまずは木刀の素振りから始めよっか!」

スピトゥピットは元気よく言うと、エフェメールの手を引いて二階へと上がっていく。1つの家庭に与えられているのは二階建て3LDKの部屋だ。昨日来たばかりのエフェメールが二階に上がるのは初めてだった。階段を上るとそこには左右に2つの扉があり、2人は左の部屋へと入る。少し広めのその部屋には、壁一面の大きな鏡と、光の差し込む窓、天井に沿うようにぴったりとくっついた蛍光灯。そして並べられた何種類もの木刀と剣しかなかった。扉を閉めたスピトゥピットは幾つかの木刀の中から1つを手に取り、エフェメールに手渡した。この部屋は少し音が反響する。

「それなら軽いし、初心者でも扱いやすいと思うよ!」

そう言いつつ自分も木刀を手に取る。その瞬間、エフェメールはふとスピトゥピットの空気の変化を感じた。木刀を眺め、再びエフェメールに向き合ったスピトゥピットの眼には、いつもの無邪気さは微塵も見られなかった。

「さぁ、始めようか。」

笑ったスピトゥピットの鋭い目の光と閉ざされた空間の静けさに、エフェメールは思わず小さく息を飲んだ。

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