1,歯車はくるくると回る
国の中心に聳える王都。その周囲には自然豊かな森が、王都を囲む様に広がっている。王都では商業を中心に多くの人々が生計を立てていた。華やかな王都とは違い、穏やかな時間がゆっくりと流れる外側の森の中の村も人気があった。豊富な食料が取れるよく肥えた土壌。澄み切った空気と優しい風。木漏れ日の落ちる森には、歴史書物にも時折登場する、“宝石の民”と呼ばれる民族が住んでいるという噂もある。
そんな噂をもつ比較的平和なこの国に暮らす騎士の少年オネットは、貴族の護衛や街の警備などを積み重ね幼いながらも立派な騎士へと成長した。そして彼の知らぬ間に実力だけでなく知名度までもが向上していた。オネットは14歳という若さにして、剣術のセンスも持ち合わせ、顔立ちも整っていた。そのため人気が出るのにそう時間はかからなかった。騎士の象徴でもある白いコートを羽織り、背中に王家の紋章を背負いながらそれをはためかせる姿からは、凛々しさが窺えた。左胸には騎士団の紋章を携えたものや、煌めくサファイアの埋め込まれたものなど、多くのバッジがつけられている。右胸には繊細な刺繍が施されている。そんな飾り気のあるコートに対し、中に着ているのは紺色の比較的ぴったりとした動きやすい素材でできた質素な服で、ワンポイントは金色のボタンと、肩に沿う様に縫われた同じく金色の筋だけだ。左腰には剣が収められている。細身のもので、重量も軽い。あくまでも護衛のためのものだからだ。
まだ日が昇り切らない頃、オネットはいつでも駆けつけられる様にと宮廷の脇に建てられた言わば騎士たちの寮から外に出た。今日はオネットは非番の日だったが、やる事も無かったので街に出てぶらぶらと警備に当たる事にした。オネットは昔から正義感が強く、真っ直ぐな性格をしていた。それは今でも変わる事はなく、それが故にオネットは強くなり、立派な騎士になる事ができた。オネットはこの国を心から愛していた。愛で満ちていると思っていた。美しい町並みを眺めながら、オネットはゆっくりと王都を散策した。この国の町並みを想像するには、きっとイタリアの町並みが最適だと思う。あんな感じだ。背の高い建物に囲まれた道を歩きながら、オネットは人々との会話を楽しんでいた。人々とのコミュニケーションも大切だ。その時前から少女がかけてくるのが見えた。両手を後ろに隠し、バランスの悪い体勢でオネットの前にやってきた少女は石を埋め込んでできた道につんのめる。オネットが右手で包む様に少女を抱きとめると、少女は顔を真っ赤にして慌てたように喋り始めた。
「オネットさま、オネットさま!このお花、私が育てたの!一生懸命育てたから、オネットさまにあげたくて!」
少女は後ろに隠していた手をオネットの目の前に差し出して、握った黄色い花を向けた。オネットは少し目を丸くしてから、優しく優しく微笑んで、少女の頭を撫でた。
「ありがとうございます。私には勿体無いくらい美しい、まるで貴女の笑顔の様ですね。」
オネットがそう言って少女の手の甲にそっと口付けた。これは敬意を表している。少女は嬉しそうにはにかんで、お辞儀をして元来た道を走り去って行った。オネットの一連の行動には14歳とは思えない大人っぽさが滲み出ていた。オネットはその姿を微笑ましそうに見つめ、もう一度受け取った花を見つめて目を細めた。戸棚にしまってあったガラスの花瓶に大切に生けて部屋に飾ろうと、オネットは思った。風が運んだ花の香りは、甘さの中に少しだけ切なさを交えていた。
まるで、この後の彼が体験する出来事を詰め込んだかの様な、そんな香りだった。