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貧乏女と不思議な子

作者: stenn

恋愛……してません。

 『世界は美しい――』そう誰が言ったんだろう。世界はこんなにも、血と泥で汚れているのに。見上げる空はあんなにも遠くて、何も掴めないと言うのに。



「ちょっと。シア。何ぼんやりしてんのよ? 手が止まってるわよ」


 言われて私は我に返っていた。辺りを見回せば見慣れた炊事所。私は何時もの様に右手にスポンジ左手に食器。つまりは食器を洗っていた。


 ここはいわゆる『王の台所』――王様の為に料理を作るところ。当然お城の中にあったりする。まあ王宮で働くのは貴族と決まっているんだけど、この場と清掃は例外で庶民が雇用されている処だ。まぁ、『汚い仕事』はやりたくないらしい。お貴族様は。


 そんな私も庶民なんだけど。


 私は小さく欠伸を噛み殺しながら、目の前で野菜を切っている先輩に目を向けた。


 めんどくさいなぁ、そう思いつつ。


「――はぁ。すいません。ちょっと寝てないもので」


 別に嘘ではないんだよ。何故か昨日の夜どこかの子供に遊べと振り回されて一睡もしていない。


 王宮に要る=王族の可能性が高いので嫌とは言えずこの始末。基本的に庶民はここから出られないし顔なんて見ることできないので本当は誰だか知らないけど。


 年齢は確か十五。と言っていた。この国王子にしては若いし、どう見ても見た目それ以下なので(素直に言ってみたら泣きそうで大変だった)違うだろうし。


 まぁ、関係ない。私は貴族や王族と関わりたくないし。――いいことなんて何一つなかったから。なら何故働いているかと言えば単純に給金がいいから。私は孤児院で暮らしていたんだけど、最近は寄付も少なくて――なので私が働いて生活費を送っている。


 正直どうしてここに受かったのかはよく分からないのだけれど。ものすごい倍率だったし。ああ。騎士団に知り合いがいるせいだろうか。


 ――下っ端の。


「しっかりしてよね。その皿高いんだから。また宮女長さまに怒られるわよ」


「はぁ。すいません」


 高い――皿。言われてまじまじと私は皿を見つめた。一般人がお目に掛かれない白磁。金で縁取りをしてあって……一体どれほどの値段何だろう。見当もつかないけど一つぐらい割っても『お金持ち』なのだから良くないか。と思ってしまう。


「買い直せばいいのに」


 呟き一つ。それ場誰も答えることなんて無いと思ってたけど。


「そんなことできないね。言っただろ? 高いって」


「……」


 何故ここに居るんだろう? と私は首をひねっていた。隣に居るのはちょこんとした男の子。自称十五歳。麻の慎ましやかな服を纏っているけれど、その隠しきれない『いい所の子供』感は消えては居なかった。


 灰色の髪。同色の目。将来美人になるように約束された整った顔立ち。まぁ『王子』様と言っても可笑しくないだろう。


 まぁ、そんな事よりも。私は軽く頭を押さえた。


「ラク……こんなところに来ちゃダメじゃない。ここはお貴族様の来るところではないんだから」


 別に明確な規則は貴族側には無いと思うけれど、あちらが一方的に忌み嫌って見下しているから今まで貴族の影を見たことも無い。


 無いので周りの同僚はあっけにとられたようにこちらを見ていた。


「は? 俺は平民だよ」


 嘘を付くな。


 カラカラと笑って服を見せる様にくるりと回る。絶対十歳児だろうな。と思いながらため息一つ。


「服を着ても平民にはなれないの」


「し、シア? その人は? き、貴族だよね?」


 何て口の聞き方をしているんだよと言いたげな視線。いや、だってこう話さないと泣くっていうから。泣いて私処刑されたくないし。いや。人前でこういう話し方をすると処刑されるんだっけ?


 ……如何しろと言うんだよ。


 私は思いつくままに口を開いていた。何とかごまかせなければ通報されかねない。ここの職に就きたい人間なんて万ほどいるから知り合いのため足の引っ張り合いなんて余裕だし。


「ち、ちがいますぅ。よ? ね? わ、私の孤児院から見学に……」


「……でも」


「ねっ? ラク?」


 慣れないウインクにラクはこてんと首を傾げた後で思いついたように顔を上げた。


「あ――うん。そうそう。よろしくな。おばちゃんたち」


 何? その上から目線。いや、合ってるけども。――合わせてないよね。それ。私は半ば彼を引きずるようにして休憩に入ってた。




 休憩所なんて無いので、炊事場の近くにある小さな庭に二人で腰を掛けていた。空を見上げれば昼近く。賄いを食べ損ねたと考えつつ、隣で座っている少年に目を向ける。


 蝶を視線で追うなよ。自称十五歳。猫かな?


「で? 何しに来たのよ?」


 私がぶっきら棒に言うと少し考えた後で口を開いた。


「遊びに?」


「……帰れ」


 何故疑問形なんだろうか。大体、こっちは暇ではないし。言うと少しだけ頬を膨らませた。


「せっかく来たのに。切なくない? それ? 昨日シアと遊んでてすげぇ楽しかったんだから」


「私は楽しくないんで。王宮連れまわされただけだし」


「案内だよ。酷いなぁ」


 庶民を案内してどうする気だったんだろう。『王様の私室』とか案内されても反応に困る。昼だったら入れたのにとよく分からない事を言い出した時にはもう泣きそうだった。入って掃除でもすればいいのだろうか。


 変な汗を描いたのを覚えている。


「案内してどうするのよ。別に私はここにずっといる訳ではないんだし――庶民が出歩けるとこでもないんだし」


 貴族と出会って、玉の輿もここに来た当時考えたけどそれは無理だと知った。出会わなければ無理だし法的な問題もある。それを超えて結婚する気にはならないだろうな。と思う。


 まぁ、どっちにしろ出会ったのは子供だけだし。


「そうなの?」


「そうよ。……私は孤児院を運営しなくちゃならないし。皆を無事成人させなきゃ」


 まだまだ小さな子供ばかりで。私が一番年上で『残っている』唯一の子供だし。『お母さん』の後を継がないと。そう、心に決めている。


「シアって何歳だっけ?」


 聞いておいて感想無って。そして何だろう。その唐突な質問は。何故だろう何かイラッとする。


「……二十歳よ」


「もうすぐ行き遅れだぁ」


 さわやかに。しかも笑っていうな。そう。弧の間にの結婚適齢期は大体十八〜二十。それを過ぎると行き遅れ扱いになり嫁の貰い手は格段に減る。そして女は仕事が限られているので生活が出来なくなると言う……何とも言えない状況に立たされる。


 でも。私は大丈夫。孤児院があるから。皆がいるし。大体『お母さん』だって結婚してないもん。


 大丈夫……。


 あ、泣きそう。


「うっ、煩いわね。私は大丈夫よ。孤児院を運営させて見せるし」


 私は鼓舞するように言うとゆっくり立ち上がった。私の軌道を大きな灰色の目が追う。何かを見透かすようにして。それがとても心地悪い。


 ジワリと背中に汗が浮かぶような気がした。


「運営……ね。あ。シア」


「何よ。もう行くし」


「貰ってあげようか?」


「……」


 なにを口走っているんだ。この子供は。にこにこして。まぁ、きっと『よくある』ことだよね。『弟』達にもよく言われるし。


 けど。上から。上からは嫌だ。


「結構です。貰っていただかなくても。というか、私に恋人要るとか考えないの?」


「ん。いないよね? いたら発狂しないよね」


 殴りたい。その笑顔。いや。子供を殴ってはいけない。その前にお貴族様を殴っては私の人生が終わる。


 ぐぬぬと震える拳を抑え込み私はひきっつた笑顔を浮かべて見せる。


「大人をからかうものじゃないし」


「大人。そう大して変わんないじゃん」


 いやいや。声変わりさえしてないからね? 十五とかどう見ても無理だからね? ――と言いたいけど言えない。微妙な問題でまた泣きそうだし。態度大きいくせに案外メンタル弱いよね。この子。


 そう思っているのは私だけかもしれないんだけど。


 私はため息一つ。


「あのね。それに。貴族と庶民の結婚は許されてないでしょ?」


 そう。赦されていない。血を守るためとか言われているけれど貴族としての矜持だろうと思う。貴族と庶民の男女が結ばれずに心中したというのは割とよくあることだ。


「貴族じゃないよ」


 ラクはぶくぅと膨れて見せた。可愛いけどかわいくないし。イラッとする。


「真面目な話をしているのよ」


 いい加減殴ろうかな。いいよね。良くない? 叩くぐらい。思わず辺りを見回せばだれもい無いようだ。


 ヨシ。


 じゃないか。


「真面目な話だよ。俺。王族だもん」


「……」


 デスヨネ。知ってた。知りたくも無かったけど。思わず死んだ目をしてしまう。警護とか隠れていそうで嫌だ。


 じゃなくて。『さらに』だろうが。神代の時代から『血』を重んじ貴族でも近い貴族からしか婚姻を認めていないじゃないか。さらに言えば国の安定のため他国との『政略婚』がほとんどだし。確か……王妃様は隣の国から来てたと思う。


 妾であればどんな貴族でも大丈夫と聞いたけど。あくまで貴族限定。いや、なりたいと思わないし。


 お金があってもそんなのつまんないから。


「よけいじゃないのよ」


「そうかなぁ? じゃあ。『愛人』は?」


 殺すよ? 本気で。と言うかそんな言葉どこで覚えたんだろう。やっぱり大人しかいないこの環境がまずいんだと思う。


 かわいそうな子。と何となく同情してしまう。けどそれとこれとは話は違う。


 愛人なら――貴族なんて関係なくなるけど……イヤダ。その称号。子供は認知されないし、関係が無くなったら生活の援助も無くなるし……。


 ……。


 首を吊るところまで想像してしまったじゃないか。


 私は軽く空を仰いでからラクを睨み付けていた。


「ばっかじゃないの? と言うかこの話いつまで続くのよ。うんざりなんだけど」


「ずっと?」


 首を傾げたラクに思わず乾いた笑いが漏れる。


「ははっ。私は忙しいのよ。賄いだって食べ損ねたし」


 おなかすいたし。今日はあまりの野菜でシチューだったんだから。くだらない雑談している暇はない。


 私は踵を返したが何故。なぜか両脇を知らない人にホールドされているんですが。え。どこから来たのあんたら。護衛か何かですかね。音も影も感じなかったんですがそれは。


 え。怖い。有能だけども。何。この国。


 処されるの? 処されるの? 私。


 真っ青な顔で考えているとラクは天使のような微笑みを浮かべてこちらを見ていた。いや。死神にしか見えない。


「じゃ、俺の部屋に届けさせるから一緒に食べよう?」


 何で――?


 顔をフルフルと振ってみるけれどどうやら拒否権は……ない。私は引きずられるようにしてその場を後にした。





 石畳の上で私はずっと誰かを待っていた。戻って来るから。絶対。一人にさせないから。そんな言葉を信じて。一年。二年。三年が経った頃私はようやく気づいた。


 もう。戻っては来ないんだ。そう言う事を。


 ようやく気づいた。





「……おはよう」


「――?」


 身体が重い。なにこれ。酷く頭が痛い。


 というか。ここどこ? この子――誰? 目の前のきれいな少年を見ながら私はぼんやりと思考をめぐらせた。


「……ラク?」


 そうか。この子の名前はラクで――王族で。私は……。私は。


 ようやく思考がクリアになる。私はここに担ぎ込まれてごはんを食べて……それから。


 私は弾けるようにして飛び起きていた。


 広い窓から見える景色は明らかに夜だ。――無断欠勤は解雇あるのみなのに。なんてことをしてくれるんだろう。明らかに何かを盛られたと思う。口の中には苦い薬が残っている様に思えた。


 私は顔を顰め、少年を睨みつける。


「何をしたのよ? ――遊びも大概にしないと王族でも殺すわよ?」


「いや。俺は何も。まさか毒が入ってるとは思わなくて――俺は弱い毒なら耐性があるし、気付かなかったんだ。毒味は俺付けてないし」


 自分で作るからと申し訳なさそうに小声で付け加えた。


 よく見ると疲れ切った顔がそこにある。少しだけ申し訳ないことをしただろうか。そう思って小さく謝ると『大丈夫』と返って来る。


 小さな身体。『毒の耐性』って――王族って言ってもいいことばかりではないんだ。


 項垂れた頭に手を置くと驚いたような表情。顔が真っ赤に染まる。耳まで。いや、撫でてるだけなんだけど……こっちが恥ずかしいわ。


 思わず手を引っ込めてしまう。


 ため息一つ。


「それにしても。謝ってこなきゃ。首にされるわ」


 もう遅いだろうけど、必死に謝れば何とか――ならないか。思わず乾いた笑いが漏れ、項垂れた。


 どうしろと。これから。後一か月は持つだろうけど、その先が見えない。帰ったところで食い扶持が増えるだけ――。


 泣きそうだし。


「でも、もう一週間たっちゃったから。無理だと。あ――一掃するからいいのか?」



「は?」


 私は慌てて顔を上げる。


 今何て? 聞き間違いで無ければ『一掃』と言った気が……。一週間はどうでもいいけど一掃はたまらなく嫌な響きを感じる。そしてそれを平然と言うラクにも不信感を覚えていた。


「当然だよな。毒が入ってたんだし――殺さないだけましだと思うけど? 昔は殺してたみたいだけど、ま。首謀者以外解雇だろうね。又試験を受け直せるし。優しいよね?」


 ええ。あ――うん? 優しい……カナ? 優しいの? それ。少なくとも私には優しく無いような。一掃って言ったから当然私も解雇。


 もう一度受かる自信なんて無いよ? どうして受かったのか分からないのに。


 でも。王宮で働いたと言えば『箔』で働かせてもらえるかもしれな――。


「ちなみに。シスは王宮(ここ)から出れないよ?」


「は?」


 何言ってんだ。この子供。良い笑顔で。うわ言。それとも希望? どっちにしろ私はここに居てはいけない人間だし、いないとみんなが困る。


 私は冷たい表情でラクを見た。


「だって、孤児院から『買った』し」


「……」


「……」


 えっと。人身売買は違法だよね。確か。えっと。それを王族が行った――じゃなくて。どう言う事? 何を言っているのかまだ理解できない。


 あの慈愛に溢れた『お母さん』がそんな事許すはずなんてないし。


 ……。


「ちなみにいくらで?」


「……100で」


 はした金! ちょっと。近所の定食屋。おさかな定食スペシャル。と一緒の値段!! 私の値段安すぎ!


 完全に遊んでると確信した。


 私は頭を抱える。


「分かった。……返す。お金。私は帰らなきゃならないし、みんなを護らなきゃならないんだから遊んでられないし、暇じゃないのよ――それに。返してくれなきゃ言いふらすわよ? 王族が人身売買に手を染めた――って! いいの? いいの?」


「ここに居れば言いふらせないし?」


 尤もです。


 と言うか、この子供は私をどうしたいんだ。本当に帰らなきゃいけないのに。遊んでる暇なんて無いのに。


 私はぐっと唇を噛んでラクを見つめた。


「ラクは私をどうしたいのよ?」


「結婚したい」


 にっこり。と笑う。


 いやいやいや。駄目だって言ったよね。終わったよね。その話題。愛人にならないよ? 私。ていうか子供の愛人って何なのさ。


 普通に成長するとして……私は『おばちゃん』じゃん。


 並んでいる所を想像すると泣けるわ。そして捨てられる未来も容易に見える。


 首吊り嫌。


「子供のわがままに付き合いたくはないわ」


「子供……俺、そこまで子供でもないけど? まぁ、暗示掛けてあるからシスたちには『そう』としか見えないんだろうけど」


「暗示?」


 私は眉を跳ねた。どう見ても子供じゃないか。ぶくぶくした肌。不安定な高い声。大きな目。それでもって。この行動。何が違うんだろう。


「この姿の方が動きやすいし、シアだって警戒しないでしょ? 今だって、そんな格好なのに気にすることもないし」


「……」


 格好? 言われて私は自分の姿を確認する。そう言えば服が違うし――と言うよりガウンですけど? 胸元が大幅に開いているんだけど?


 ……。


 ……。


 よし、これでいい。私はぐっと胸元を締め『残念』と言っている子供を睨み付ける。先が思いやられる。この子。


 私には関係ないけどね。


「ともかく。結婚なら他の誰かとして――平民にだって人生はあるし。なんども言うけど遊びには付き合えないのよ」


「えー。付き合ってよ。欲しい『言葉』はなんだってあげるからさ」


「いらない。他で遊んで。私にこだわる必要ないよね?」


 服はどこだろう。こんな姿では帰れないし。クロゼットの中かな。そんな事を考えながら辺りを見回しているとふっと身体に重みが掛かり、私はベッドから天井を仰ぐことになってしまった。


 ああ。天井にも装飾が施されてるんだ。


 じゃなくて。重いから。想像以上に。見た目以上に太っているの? この子は。身体が言う事を聞かない。病み上がりのせいもあるんだけど。


 ともかく私の上に上るのをやめて。


「重――ちょ、どいてよ」


「俺は――シアが好きなんだよね。昔から」


 無視するなし。退いてほしい。


「……昔?」


 私は顔を顰め記憶を巡らす。


 この間じゃなくて? 私は王族に知り合いなんていないんですけど。いや、庶民の誰も王族に知り合いなんていない。多分貴族の知り合いも少ないと思うけど。


「子供の頃さ。俺、孤児院に居たんだよねぇ」


 すっと手が私の頬に優しく触れた。そのどこか憂いを帯びた視線は少年の物ではなく色気さえ漂って――。


 ……。


 違う。違うから。


 変態ではない。違う。違うって。そんな事あってたまるか。孤児院の子供たちに顔向けできないじゃない。


 こっ――この体制が悪いんだ。


 私は余計な思考を振り払いながら少年を見る。未だ身体は自由にならない。


「私は知らないし。と言うか退いてって。重くて死ぬから」


「知るわけがないよ。俺は『女の子』として入ったし。半年もいなかったから。いられなかったから」


「……」


 綺麗な子供。子供が子供と言うのだから――そんな年数は経っていないんだろうけど。大体三年くらいかな。でも。そんな子供記憶なんてない。同じ歳ぐらいならまだ孤児院に居るし。


 というか。王族が孤児院って前代未聞。ありえないからね? そんな事で気を引こうとしても無理だからね?


 その思考を読み取ったのかクスリと笑うラク。


「だって。俺『愛人』の子供だし。母さん亡くなれば必然と孤児でしょ? まっ、その後で後継者がいなくなったここに都合よく拾われたんだけど。もちろん妾の子供と偽ってね」


「あ」


 何でもないことの様に笑いながら言っているけれどそれはどこか酷く悲しく見えた。まるで泣いているようで。話させてはいけないことだったのかもしれない。


 頼んでないけど。それでも申し訳ないなと思う。


「だからシア。嬉しかった。君がここの仕事に応募してくれてさ。綺麗になっていて」


「綺麗――」


 どの辺が? 生活していくのが精いっぱいで肌もぼろぼろだし。髪だってぼさぼさなんだけど。化粧だってしかり。突っ込みたかったけれど、突っ込む前に額にキスを落とされる。


「!!!」


 再度どこかに落されそうになって辛うじて自由になる右手でラクの口許を押さえていた。


 ムぐっとラクが不満そうに呻く。


「どさくさまぎれに何するのよ! わっ、私はそう言う趣味は無いし――何度も言うけど情に訴えかけても私は結婚しないから。いや、できないからね?」


 法的に。愛人にもならないし。


「『称号』なんてどうでもいいよ。俺は。別にシアと一緒に居たいだけだし。うんと言うまでここに閉じ込めようか?」


 一瞬ぞくっと背中に悪寒が走る。持たれた手首はピクリとも動かない。相手は子供だと言うのに本能的な恐怖が私を支配していくように思えた。


 でも。負けない。口元を真一文字に結ぶと涙目で見上げていた。


 ここで何かを言わないと本気で私を拘束する気がする。


「ふざけないで。ラク。私はこんな事をする人を好きになるつもりもない。そんな人――誰も愛されない」


「……」


 睨み合う事一拍。ラクはようやく私から離れると何かを探すようにして私の元から去った。体が軽くなったのはいい。それはいいとして。なんだか申し訳ないことをしただろうか。いや――違う。私は悪くない。


 多分。


 暫くしてラクは何かを抱えて戻って来た。それはきれいに洗濯された私の服。それを足元に置く。


「え? いいの?」


 見線を映すとかなり落ち込んだ様子のラクが立っていた。何となく、何となくだけど一瞬で人は死人のようになれるんだと思った。


 そして申し訳ないとも。けど謝らない。それとこれとは違うから。


「――分かった。ごめんな。シス。俺、一週間シスの寝顔見てて浮かれてたのかもしれない。応えてくれると」


「思いどうりになることなんて少ないよ、心なんて」


 考えながら昔の事をふと思い出していた。待っても待っても現れなかった子供。迎えに来る。そう言ったのに。


 あの子は現れなかった。嘘を付かれたと一日で分かっていたのに諦めきれなくて何日も待っていたんだっけ。


 『あの子』が誰だったか忘れたけれど。遠い遠い昔の話。


「……うん。だからね。だからさ。やり直すよ」


「うん?」


 なんか違う方向に話しが流れたような。


「明日から侍女として雇うから。よろしくな。」


 ん? いや。まて。ここから出て行ったときそんな算段をしてたのか。この子供は。意地でも私を王宮(ここ)に留めると?


 にっこり笑う少年。それでも生活を見れば断ることのできない私がいる。


「クリスタ。彼女を整えて紹介してやってくれ」


「はっ?」


 またどこから湧いた。この侍女。隣にいつからいたんですか? 存在を消す。侍女の鏡ですか? しれっと無表情で立っているけども。ええと美人ですね。


「え。え、ラク?」


「大丈夫。貴族の娘だってねつ造しておいたから」


 問題はそこじゃない。と言ってもすぐばれるわ。良い笑顔をするな。


「お嫌ですか? 丁度人でが足りなかったので」


「……いや。ええと」


 よろしくお願いします。


 それぐらいしか言えなかった。

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