大きな栗の木の下での約束
時雨瑠奈は1リツイートされたらフェロモン
たっぷりな豹の獣人で村焼きのお話を書きます。
獣人小説書くったー
色っぽい豹の獣人の厳しくも優しい女性と、
若干ツンデレ気質のハーフ少年のお話です。
序盤暗いですが、次第に雰囲気明るく
なって恋愛っぽくなっていきます。
(殺してやる……! 私から全てを奪った奴らを
殺して、復讐してやる……!)
鋭い目つきに黄色い毛皮の豹の顔を持つ女性が
不穏な事を思いながら足取りも荒く歩いていた。
彼女の名前はティアナ。豹の獣人族で、冤罪を
かけられて豹の獣人族の村を追われた娘だった。
体つきはかなり色っぽく、魅力的なフェロモンを
体から放つ彼女は目がぎらついてさえいなければ
男性が放っておかなかったかもしれないが、今
ティアナの心中を支配しているのは激しい憎しみだ。
自分はなにもしていないというのに、大切な家族も
愛し合っていた婚約者さえも失った。
その事がすっかりティアナを歪ませてしまっていた。
追放されるまでは、快活な明るい娘だったのにその
面影は欠片もない。
目指すは、自分を追い出した豹の獣人族の村へ。
彼女は一直線へ村へと目指していた――。
そして、ティアナはついに村へとやって来た。
落ちていた木の枝と、同じく落ちていた木の板に穴を
開け、こすり合わせて火をつける。
皆、燃えてしまえ。皆、死んでしまえ。
くっ、とティアナは歪んだ笑みを口元に浮かべると、
火のついた枝を村へと放り投げた。
何本も何本も火をつけ、何度も何度も投げ込んだ。
ざまあみろ、とティアナは思う。
おかしそうに笑っていた彼女は、燃え広がる炎を
見てなんだか異変を感じ取っていた。人の気配が、
全くしない。火をつけたというのに、何故誰の
悲鳴も怒声も聞こえないのだろうか。
訝しげな顔になったティアナは火に気を付け
ながら一度村へと立ち入る事にした。
(何故、誰もいない……!?)
村は妙にがらん、としており誰の気配もしない。
しかも、自分の鋭敏な嗅覚を持ってしても同族の
匂いが感じ取れなかった。残り香しかない。
調べが足りなかった、とティアナは歯噛みした。
この村は今、無人なのだ。何かの事情で、村人達が
出て行ってそのまま放置されたのだろう。
だったら、自分の憎しみは、想いは、誰に向ければ
いいのだろうか。ずっとずっと憎んでいた、恨んでいた、
殺してやりたいと思っていた、この気持ちは……。
ティアナはどうしていいか分からず、ぺたりとその場に
座り込んだ。自分が自ら放った火が、しだいに誰もいない
家屋を焼き尽くして燃え広がって行く。
このまま、死んでしまおうかとティアナは思った。
生きていたって自分には何もない。
と、全てを諦めた目をした彼女の耳に、少年の悲鳴の
ような声が聞こえたのはそのすぐ後だった――。
豹の耳と尻尾を持つ少年――シズクは豹の獣人族の住む
村で一人で暮らしていた。一応虎の獣人の血は引いてはいる
のだが、つんつんと立った癖のある黒髪と、ぱっちりと大きな
緑の瞳が特徴的な彼は、頭部にちょこん、と立った金色がかった
豹の耳と、長い尻尾がなければ獣人族には見えなそうだ。
ましてや、腕力が強く肉食獣のごとき鋭い目が特徴の豹の獣人族
の一員としては、やけに小柄でちびっこい。
それもそのはず、シズクは豹の獣人族と人間との間に生まれた
ハーフであった。そのせいか他の種族よりも人間に近い見た目を持って
生まれた。
(別に、俺は好き好んでハーフに生まれた訳じゃねえのに)
元々、この村にはかなりの人数の獣人族が住んでいた。それなのに、
何故今はシズク一人なのかというと、村でも年長のオババ様(ちなみに
シズクは彼女をババアと呼んでいた)が、ハーフの子供は不吉だから
ここに放逐して別の地へと移らなければならない、と言い出したからだ。
オババ様はシズクはともかく、他の豹の獣人族が決して逆らえない
存在。だから、シズクは捨てられた。シズクをこの世に産み落とした
はずの両親にさえも。
命までは取られはしなかった。今は十三にはなっているが、当時の
シズクはまだ五歳で、どうせ食べ物がなければ飢え死にするだろう、
との事で誰にも殺される事はなかったのだ。
しかし、シズクは生きていた。近隣の村から食料をかっぱらったり、
村から少し離れた地にある森で狩りをしたり植物を採取したりして。
村を離れればもっと違う生き方も出来たかもしれないが、シズクは
なんとなく村を離れる事はなかった。それは、ひょっとしたら「両親に
迎えに来てもらえるかもしれない」という無意識の欲求があったの
かもしれないが、シズクは自分では気づいていなかった。
この日、人間の村から干し柿を盗んで来たシズクは、村が燃えている
のに気づきぎょっとなった。干し柿を口に放り込みながら、慌てて
村に飛び込むと自分の家も何もかもが燃えていた。
そんな、とシズクは金色がかった三角の耳をぺたりと伏せる。
せめて家の中の食べ物だけでも取りに戻ろうとしたシズクは、思いの
他火の手が回っていた事に気付かず悲鳴を上げた――。
ティアナは思わず悲鳴が上がった場所へと向かってしまっていた。
まだ幼い少年の声が聞こえたのである。村の人間なんて死ねばいいと
思ってはいたが、あの少年の声には聞き覚えはなかった。
きっと、ティアナがいなくなった後に生まれたのだ。
ならば、その声の主を憎む理由などティアナにはない。
こんな事態を引き起こしたのは他ならぬティアナではあるが、助け
なければと強く思った。
声の主と思わしき少年は、とある家の内部で炎に囲まれ震えていた。
尻尾を震わせ、豹の耳を寝かせ、ぱっちりとした緑の瞳を潤ませて。
焼けた梁が落ちて来そうになったので、危ない!と声を上げて
ティアナは少年の前に飛び出した。少年が驚きに目を見開き、声に
ならぬ悲鳴を上げる。
大丈夫、とティアナは言いながら痛みに顔をしかめた。
火傷したのだから痛い事は痛いけれど、少なくともこの幼い少年
より体もがっしりしているのでそこまでの痛手ではなかった。
ともかくも、ティアナはびっくしている少年を腕に抱き上げて
外に出る。少年は恐慌状態に陥っていて口もきけないよう
だった――。
……と、ティアナは思っていたのだが、シズクが口を利かなかった
のはこの状況に怯えていたからではなかった。確かに驚き、そして
自分の代わりに別の女性が怪我をした事で傷つきはしたが、それより
彼の言葉を封じ込めてしまったのはティアナの魅力だった。
一見怖そうに見えるけれど、凛々しく美しい顔立ち。綺麗な毛並みの
耳と尻尾。色っぽい体つきは幼くも年頃の少年の胸を、こんな状況で
あってもドキドキさせてしまったのだった。
(な、何だこの女……。すっごく美人じゃないか、それにやけにいい
匂いするし色っぽい……)
余談だが、ティアナは同族に自分の匂いを気取られない用朝入浴した
ばかり。当時滞在していた村で村娘の間で分けてもらった、ハーブと花が
練り込まれた石鹸をその時使用していたのだった。
そのおかげで、豹の獣人族特有の人間と、それに近い見た目を持つ
ハーフが嫌悪感を示すような獣の匂いはほぼ消えていた。
「危ない所だった……。大丈夫か?」
「お、俺は大丈夫だけど……あんたが、怪我を……」
「私は大丈夫だ。君よりは体も丈夫だと思うしね。――それに、君が
こうなった理由も私のせいだから」
ティアナは少年に全ての事情を話した。自分は元この村の人間で、
冤罪をかけれて追放された事。ずっと村の人間を憎んでいた事。
自分がこの村に火をつけた事を全て話した。
少年は驚いたような顔はしていたものの、ティアナを責めなかった。
「まあ、それなら恨んで当然じゃねえの? 住処を失ったのは痛かった
けど、俺だって誰も戻って来ない村にいつまでも執着しているべきじゃ
なかったんだよな……」
悲しそうに呟きながらも決してティアナを悪くは言わない少年に、
ティアナは一緒に行こうと告げた。
「行くところがないなら、一緒に旅に出ないか? 私も、行く場所が
なくて各地を転々としているんだ。君、名前は?」
「シズク……」
「そうか、私はティアナだ」
豹の獣人族の女性ティアナと、ハーフの豹の獣人の少年シズクは
奇妙な出会いから旅の相棒として一緒に行動する事になったの
だった。
「本当に、あんた――ティアナは、俺をつれてってくれるのか?」
「ああ、心配なのか?」
「俺の両親は、俺を捨てた……自分達で生み出した癖に……!」
「私は、ずっと君のそばにいるよ。何があってもずっと」
「や、約束だからな! 俺、あんたから離れないからな!?
約束破ったら、絶対に駄目なんだからな!?」
「うん、約束するよ」
豹の獣人族にとっては神木とされる燃えかけた栗の木の下で、
村を追い出された女性と、両親に捨てられた少年は約束を
交わした――。
シズクはティアナにすぐ懐いた。元々、彼は母親の愛情を得られず、
愛情に飢えている子だったのだ。厳しくも優しいティアナに懐くのは
必定だったのかもしれない。
ティアナも多少素直じゃない所もあり、ずっと一人だったから可愛げ
のないひねくれた部分もあるシズクを自らの子供のように愛しく思い
彼を愛した。
復讐したいと思っていた気持ちも、村の人間が憎かったという気持ちも、
彼と一緒にいると感じない気がした。
と、シズクがどんっとぶつかるようにティアナに抱きついた。
ティアナが目を見張ると、赤くなってそっぽ向きながらシズクは弁解する。
「……シズク?」
「べ、別に俺、あんたがいなくならないか心配とかじゃないからな!?
ただ、寒かったからあんたならあったかいと思って……!」
「ああ、それは気が付かなくて悪かったね。おいで、シズク」
「ふ、ふん、あんたがどうしてもって言うならくっついてやんなくも、ない」
ティアナがいなくならないか心配なのか、くっついておきながら寒いからだと
嘘をついたり、わざとティアナの前からいなくなって探させたり、わざと悪態を
ついたりちょっかいをかけたりしたり。
万事が万事この調子なのだ、シズクは。甘え方がよく分からないのかも
しれない、とティアナは思うので困ったもんだと思う反面微笑ましい気持ちに
なっていた。
さすがに、ティアナの気を引こうとしたのか、万引きまでやった時はこっぴ
どく叱り彼女も叱り、お仕置きとして耳や尻尾を嫌と言うほどくすぐって
やったそうだが。泣きながら笑った彼は必至で謝ったそうである――。
村や街や町を転々としつつ、離れる事なくずっと一緒にいたティアナと
シズク。しだいに、シズクはティアナが約束を勝手に反故にしたりしない
と分かり大人しくなって行った。可愛げのない口調だけはそのままだが。
そして、それから数年が経ち、シズクは幼い少年から青年へと変わり
そうになっていた。
「シズク? シズク! どこに行った!?」
ティアナが心配そうに叫ぶ声を聞きながら、シズクははぁっとため息を
ついていた。初めて彼女と会ったあの日から、もう五年が経とうとして
いる。当時ティアナは二十歳だったというから今は二十五、そして
自分はもう十八歳だ。
だというのに、ティアナはいつまで自分を子供扱いする気なの
だろうか。確かに、五年前の自分はまだ子供だった。
彼女に、愛情ではなく母性を感じたのも嘘ではない。
しかし、今はそんな母親のように接してくるティアナにシズクは不満を
感じてしまっていた。
シズクは水たまりに自分の顔を移して見る。あの頃はちびだったけれど、
大分背が伸びて顔からは幼さが抜けかかっていた。
豹の耳や尻尾も成長するごとに立派になって行っている。
だから、シズクはもう一度誓いを立てようと思った。
五年前、燃えかけた栗の木の下で誓った時と同じように――いや、
今度は別の誓いを。
「ティアナ……」
「あっ、シズク! 全く、君はいつまでたっても私に心配ばかり――」
「もうっ、子ども扱いすんなよお! 俺、十八歳だぞ! ティアナは、
いつも俺を子ども扱いして……」
「そういう、すぐ膨れる所が子供なんだよ」
むくれて見せたものの、やっぱりティアナにまた子供扱いされて
しまうシズク。しかし、シズクは今日はティアナに言いたい事が
あった。
「……ティアナ、それはいいからこの村の栗の木の下に来て
くれよ」
「いい訳がないだろう!?」
「――いいからっ!」
ティアナはシズクがいつになく真剣なのを見て引き下がる
事にして頷いた――。
そういえば、シズクは前より背が高くなって顔立ちも凛々しく
なって来たな、とティアナは思った。子供だ子供だとばかり
思って来たけれど、なんだか最近彼を見ていると胸がドキドキ
するような気がする。七歳も年下の相手にそんな想いを抱いては
いけないと、自分を律するつもりで殊更に子ども扱いしたのだ
けれど、シズクはそれが不満なようだった。
やっぱり、私ではどうしても彼の母親にはなれない。
彼だって成長して来て、自分とティアナとの違いが嫌になって
来たのかもしれない。だから、約束をきっと反故にするつもり
なのだ、とティアナは思っていた。
ずっと一緒にいると、五年前誓ったあの約束を。
ティアナが栗の木の下に恐る恐る近づくと、すでにシズクが
待っていて遅い!と苛立ったように声を上げた。
そんなに私と早く離れたいのか、とティアナは胸が痛むのを
感じながらごめんと謝る。
「ティアナ……」
「なんだ、シズク……」
「俺と――」
離れてくれ、と言われると思いティアナは耳をふさいで
しまいたい心境にかられた。しかし、聞かねばならないと
自分で自分を叱咤しシズクを見つめる。
「俺と――結婚してくれ!」
一瞬、何を言われたのかティアナは分からなかった。
耳がおかしくなったのかと思い、シズクに聞き返す。
「今……なんて?」
「あんた、獣人なのに耳遠いのかよ!? だから、結婚
してくれって言ったんだよ!」
耳まで真っ赤にして喚くように言うシズクを、ティアナは
泣きそうになりながら抱きしめた。恥ずかしいだろ、と悪態を
つきつつもシズクはティアナから離れない。
この日、村を追い出された豹の獣人族の女性と、ハーフの
豹の獣人族の少年――いや青年に新たなる誓いが立てられた。
生涯、お互いを死ぬまで愛し合うという甘やかな誓いが――。




