最終話
警察署の取調室に来るとなると、一般人ならどんな人間であっても多かれ少なかれ恐れという感情が出る。取調室などと聞くと、たいていの人間はテレビドラマなどで尋問されている場面が思い浮かぶのだろうか。それが俺の数十年の警察勤務で見つけた法則の一つであった。
しかし、目の前に座っているこの青年にはそれが当てはまらない。俺はさきほどから見飽きたその顔をもう一度見た。
容疑者として捕まって取調室に来ているというのに、まるでそれが一つの名誉だと言わんばかりに堂々と椅子に座っている。
「……で、お前はそれになぞって窃盗殺人を行ったと」
何度も繰り返した質問だ。男の態度も変わらず誇らしげに肯定した。
この男はある文芸誌の購読者らしい。そしてそこで連載している一人の小説作家の大ファンだという。
その作家の連載作品――男によると強盗殺人をテーマとした推理小説――が次の号で最終回を迎えるというのだ。そこでその記念に作品とほぼ同じ強盗殺人事件を起こしたというのだ。もちろん小説は完結していない。しかしその謎の部分――男によると最終話で明かされる最も核心的なトリック――は、なんと男がそれまでの話より考察し、独自のものに仕上げたらしい。
さらに厄介なことにこの青年は自分の仮説の整合性を確かめるためたいという。そのために盗んだものを隠し――これも例の小説の筋書きにあるらしい――小説の作者を呼ぶまで自分からは明かすつもりはないらしい。
とうていまともな考えの持ち主ではない。だからかまともな方法でその隠し場所を聞くことはできなかった。刑期の短縮などを餌に交渉するも、作者に会わせろとの一点張りだ。そのためにここ数時間は全くの進展はなく、音楽のリピート再生のように同じ言葉しか喋っり、同じ回答を得られた記憶しかない。
いや、そもそもこの数時間は全くもって無駄だったのかもしれない。犯罪者になってまで計画をするような男なのだ。ちょっとやそっとの雑音で心動かされることはないだろう。
意識た瞬間、どっと疲労と無意味さが襲ってきた。そして俺は男の正面から立ち上がると、外を覗いて手ごろな警官に指示を送った。
数十分後、取調室がノックされ、部下から件の作家だという人物が到着したと知らせてきた。
もう一度ノックが響くと痩せた男だ入ってきた。
そのまま来たのか、服装はジャージ姿だ。髪はぼさぼさに伸びており、汚れた眼鏡に少しかかっている。このような場所に来て緊張しているのか目がきょろきょろと落ち着かなげに泳いでいる。
作家に軽く現状の説明をし、男の前に座らせた。
「始めまして先生。私の元に来てくださるとは光栄の極みでございます。
男があまりに熱っぽくはなしかけるので、その作家はすこしたじろいだ。
「話は聞いています。それで一体どのような……」
男はゆっくりと話し始めた。男の方は記憶力もかなりのものらしい。手元に何もないにも関わらず、何月号の何行の何々の文章など細かい部分の説明が聞こえてきた。おかげで俺は読者ではないにも関わらず、おおよそのことは理解できた。
男の話は小一時間ほどかかった。その偉い学者の研究発表会のような時間の間、作家はその間口を挟まず、熱心に耳を傾けていた。それが終わると作家は審査員のような静かな口調で、
「それで終わりですか」
「はい。先生なら盗品の宝石がどこにあるかはもうわかっておられますよね。貴方の原稿と全く同じなのだから」
これでやっと終わるか。そう思った矢先、その作家はきらきらとした目で男の手を握った。
「いや、わからない。だから早く最後のトリックを教えてほしい」
「どうしてですか? 全く同じではないにせよ大筋は似ていると思うのですが。私の犯行はそんなに見当はずれでしたか?」
「とんでもない。完璧だ。ぜひ、最終話の参考にさせてほしい」