屋上遊園地
目を開けると一面の暗闇が広がっていた。
いや、正確にはそれは完全な黒ではない。所々に大小さまざまな光がのまれまいと存在感を放っている。その中でも他のものよりはるかに大きく、存在感を放っている円形のものもある。
それは夜空だった。それを俺は寝転がって見上げていたのだ。
蒲団替わりだったベンチから上体を起こしつつ、記憶を探る。最後に残っているのは黄昏時だ。どうやら盛大に居眠りをかましたらしい。
寝起き特有のはっきりしない頭を周囲に向ける。電気の消えた遊園地が広がっていた。いや、遊園地としては非常に狭い。ショッピングモールのゲームコーナーを少し広くしたぐらいの大きさしかない。そこに押し込められた遊具もよく見るとあちこちに「調整中」や「故障中」の文字が目立つ。まともに動いているもは場違いなほどに立派で大きい観覧車ぐらいだ。
それを見て俺は声を上げて笑った。光景の悲惨さに対する同情ではない。壊れているガラクタたちへの憐みの為だ。
かつては100年に一人のギャンブラーとまで言われるも、それはあくまで一度も負けなかったの話。一度大負けしてしまえば誰もが手のひらを反すように酷評し始め、そして最後には雇われの警備にまで成り下がった。だがふと思うことがあるのだ。
負けたのはただの偶然だったのではないか。
本当は自分には神から与えられた豪運があるのではないのだろうか。負けた一回はそれこそただの偶然で、その後は再び名誉を取り戻せていたのではないだろうか。
実際あの後には一度も賭けを行っていない。あの一回が自分の真の実力だということは証明されていないのだ。今は、故障中のガラクタの中に押し込まれているが、実はここの観覧車のように桁違いの人物ではなかろうか。
ふと足元に何か光っているものがあることに気がついた。拾い上げると、それは小さな金色のコインだった。片面には少年のようなキャラクターがデザインされており、もう片面にはロゴらしきものがある。菓子かなにかのおまけだろう。よくある客の落とし物だ。
丁度いい。最も得意なコイントスだ。
それを上に向かって放り投げる。賭けは表。
夜空に一つの金色の円が浮かんだ。それは一瞬月と重なり成り代わる。しかしその栄光も長くはない――次の瞬間には無残な落下を始めた。
落ちるは一瞬。すぐに俺の目線の高さに至るまでに一秒とかからない。それを慣れた手つきで右手の甲に叩きつけた。そして少しずつ左手をずらし始める。
しんと静まり返った空間において自分の心音だけがひたすらに響いていたことに気がついた。
あと数センチ……もはやここがどこか忘れてただ、自分の手と右手、そして大きな期待だけが全てを満たしていた。
もうわかる。はやく。どっちだ。これは……
コインが示しているのは……裏。
それまでこの場を支配していた興奮が、突然冷水でもかけられたかのように一気に冷めていった。
過去の成果はた運がよかっただけ。その一言が証明されたのだ。喜びはない。ただ未来に対するやるせない気持ちと、それを見つめる冷静な心だけがあった。
俺は役目を失ったコインを思い切り放り投げた。コインはあたりを囲っているフェンスを越えて屋上から下へと落ちて行った。
さて、そろそろ長かった休憩も終わりだ。俺は客もいない屋上遊園地を見回り始めた。