水崎高校探偵部前編/1
始めに諸注意を読むことを推奨します。
菊崎弦は教室にいた。
彼の他にも生徒はいるが、その数は少ない。さらに、不機嫌そうにしている者はといわれると、残念ながら彼だけになってしまう。
もうすでに放課後になっている。数分までは賑やかだったここも、一人、一人と部活動に向かったり、家に帰ったりして、今は静かだ。
しかし、彼は席を動かない。
窓際に陣取って、退屈そうに頬杖をつきながら、窓の外を見つめていた。オレンジ色になっていく空の下、そこには1年生らしき運動部が、これからの高校生活に顔を輝かせながらせっせと準備にいそしんでいた。
(さすがにこの時期の一年はまだ元気だな……)
去年は俺もはたから見たらこんな感じに見えたのだろうか。
だが、俺の輝きは一年の間に粉々に砕けてどこかに行ってしまったみたいだ。まあ、それを惜しいとも思わないが。
(もうそろそろか……)
あいつは放課後になれば、すぐに部室に向かう。だから大体は俺の方が後に部室に来る。だが、今日はそれでは困る。
今日は帰りたい。
単純に行くのがめんどうくさい。帰りたい。
だが、奴に見つかった瞬間、強制的に部室送り。そして、そこで部活終了時間ぎりぎりまでこき使われる……残念ながらそれはごめんだ。
だから、わざわざこうして奴が部室に行くのを待っている。
「さーて、どうするかな」
まだ奴が部室に行くのには時間がある。とはいってもこの三階にある教室から動いたら鉢合わせする可能性がある。それだけは絶対に避けたい。
と、その時だ。
何かが廊下をパタパタとかけていく音が聞こえた。この時間だと部活にでも行っているのだろう。まあなんと熱心なことだ。俺はこれから帰るというのに。
菊崎は立ち上がると、カバンを掴んだ。それでもなお慎重に周りを見ながら教室を出た。
どうやら予測は当たっていたらしく、一階まで鉢合わせということはなかった。もはや靴箱は目と鼻の先だ。
菊崎は階段を降り切るとそのままの勢いで、しかし周囲の確認だけは怠らず、そして人影が無いことを確認すると、一気に駆け出した。
「おや?」
しかし、残念なことに曲がり角から急に人が現れた。内心舌打ちしながらそれを素通りしようと思い……しかし、菊崎はその直前で足を止めた。最後の最後で――菊崎はこの時間を選んだ自分を悔いた。
「菊崎ではないか。心配したよ。部室にいなかったからちょうど今から探しに行こうとしていた所でね」
そのすらっとした体型の好青年は安堵の表情を浮かべた。一方の菊崎はというと、それまでの上機嫌とは一転、苦虫をかみつぶしたような顔になった。先ほどあんなにも懸念していた相手にこうも簡単に遭遇してしまうとは。
「で、どこにいくのかい? 部室はこっちだけど」
嫌味なほどに笑顔で話しかけてくる。……本当はわかっているだろう。俺がサボろうとしていることぐらい。しかし、それを全く非難することなく、彼はただ柔らかい微笑を浮かべたままだ。こっちの方が下手に非難されるより、圧倒的に効果的だし、本人もそれをわかってやっているのだから性質が悪い。
だがそれでも、俺はまだ目的を諦めていなかった。
「おう、すまんな。今日は行けそうにないわ」
「今日は部活があるだろ? それはどうするんだい?」
声のトーンがわずかに低くなっている。しかし、表情は変わらず柔らかい微笑を張り付けたままだ。それが逆に恐ろしい。
「お前一人で充分だろ」
「あ、今思い出したけど」
そういうと彼は懐から一枚の紙を取り出した。それは見覚えがあり、そしてここにあってはいけない物だった。
「これ、君のバイトのシフト表なんだけど……うん? 出勤は明後日になってるね。そして今日は……おや、休みだ」
なおも菊崎は弁解しようと口を開きかけて、やめた。どうせシフト以外にも情報を握っているだろう。言い負かせる自信はこれっぽっちもない。
「あ、いやあれは明日だった……かな? うん。やっぱり明日だったわ。一日間違えたなぁ。ははは……」
「そうかい。それはよかった」
その男子生徒は元の穏やかなトーンで言った。そのまま背を向けるとどこかに向かって歩き出す。
ああ、俺の計画が……。菊崎はその背を恨めしく見つめた。
大橋夕霧はホームルームが終わると、すぐに教室を出た。そして急いで美術室へと向かった。
そろそろ彼女の属している美術部での展示会の作品の締め切りだ。でも夕霧だけはその作品の完成が大幅に遅れていた。
みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ、いつも足を引っ張っている。だから、夕霧はここ数日いち早く美術室に行っていた。
2年の教室を全て横切るとそのまま職員室によって鍵を借りた。そのまま階段を駆け上がり美術室までついた。
案の定鍵はかかっていた。まだ、誰も来ていない。さっきとってきた鍵で開いた。
「へえ、珍しい」
今しも美術室に入ろうとした時、後ろから声がした。
そこいたのは、同じ美術部員の女子生徒だった。
「まあ、私だけ遅れてるからね。早く仕上げないと」
「お、やっとやる気出したな」
彼女はからかうような口調で夕霧に言う。夕霧はそれに対抗するように
「そんなこと言う部長もいつも通り早いよね」
そういうと彼女、この美術部の部長の明石廻は、ばつが悪そうに肩をすくめた。
こんな彼女だが、とにかく色々なことで優れていた。真面目で勉強はもとより、部活でもいくつか賞をとっている。さらに私たちを
去年のある時――まだ夕霧が1年だった時に絵のテーマで揉めたことがある。しばらくそのままの状態が続いていたが、それをうまくまとめたのが廻だった。
そんな彼女が部長に選ばれるのは皆の目から見ても明らかだった。
私とは全く違う。足を引っ張ってばかりの私とは。
「じゃあ、画材とか出してくるね」
部屋に入ると、夕霧はまっさきに美術準備室へ行こうとした。
さすがに作品をずっとここに置きっぱなしにしていくわけにはいかない。椅子や机などはそのまま置いておいてもいいが、画用紙などは置いておくと授業の邪魔になるし、もしものことも考えると別室に置いておいたほうが安全だ。
そういう訳で、部員の作品や画材はすべて美術準備室に保管していた。
いつもこれら準備や椅子や机の移動は全員分、廻がやっている。今日ぐらいは休ませてあげたい――そう思ってのことだった。
しかし、彼女は首を縦にはふらなかった。
「ううん、夕霧は椅子の準備をお願い。画材とかは私が準備するから」
「いいよ、部長いつもやっているからちょっとは休みなよ」
夕霧はそのまま準備室に行った。いつもは廻が準備しているから、ここに入るのは久しぶりだ。
記憶を呼び起こしながら手早く準備をする。筆、パレット、絵の具……しかしあるものがどこを探しても見つからない。
慌ててもう一度部屋を探す。ない。さらにもう一回、今度はさらに隅々まで探す。
ない。
どこにもない。
「そんな……」
夕霧は呆然とつぶやいた。
「どう? できた……?」
心配したのか廻が準備室に入ってきた。そして夕霧を見て心配そうに声をかけてくる。
「どうしたの?」
「ごめん……部長」
しかし、こう言うのが精いっぱいだった。これ以上何も言えない。
「展示会用の絵が無くなってるの……」
廻も唖然としてその場に立ち尽くした。
結局二人でほかの部員を待って、無くなったことを伝えた。気持ちの整理を付けるためにも、その日の部活は中止になった。
その間、夕霧は一言も口を開けなかった。
(やってしまった)
ただでさえ絵が遅れてみんなに迷惑をかけているのだ。その上こんな形で迷惑をかけてしまうなんて。
「どうしたの、夕霧」
その時、同じ美術部の生徒が話しかけてきた。同じ二年の女子生徒だ。
「絵を見つけられなくて申し訳ないな……って」
「今回のはどうしようもないよ。それに夕霧が無くしたわけでもないし」
わかっている。
でも、どうしても探したい。
私は別段絵がうまいわけではない。美術部にいるのもただ中学でやっていたというだけだ。みんなと比べたら熱意なんてたかが知れている。
だから、これぐらいしか協力できない。
「こんな時、探偵部がまだあったらなぁ……」
彼女が思い出したようにつぶやいた。しかし、夕霧には聞き覚えのない名前だった。
「うん? 夕霧知らないの?」
彼女自身も
「昔、探偵部っていう部活があったんだって。部員は二人しかいなかったけど、ものすごい働きをしたそうだったの。学校で何か起こればすぐに解決したそうよ。最初は生徒の個人的なことが多かったけど、しまいには先生まで学校で何か起こったら、探偵部を頼りにしたとか……」
すぐに解決する――その言葉が夕霧を強くひきつけた。
今日の無くなった絵を探すのを手伝ってもらおう。自分ではそんなことできないが、そんなすごい部活の人に手伝ってもらえば大丈夫だ。
「それって今もあるの?」
しかし、彼女は首を横に振った。
「部員が二人から増えなくて、その二人が卒業して廃部になったそうよ。最近復活したって話も聞いたけど……まあデマでしょう」
デマでいい。とにかく可能性があることは試してみたかった。
「詳しく教えて。行ってみる」
彼女は行っても無駄だと思うけど、と前置きをすると夕霧に話し始めた。
恐らく多くの方、はじめましてかなりあです。
すみません、ものすごく複雑です……。理解してくださるかどうか……。
今までは多少字数が多くても無理やりやってたのですがこれからは、多いと判断した場合、分割していきます。
後編は9月3日前後を予定です。