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街を出よう‥‥黒く甘い気持ちを持って。

「不愉快じゃ……」


 片尾が機嫌悪そうに大きな大木に背中を預け言う。


「仕方がありませんよ。いきなり山を降りれば見つかるんですから」


 そばで近くを流れる川から吊り上げた川魚を焼きながら錬が答える。


 昨夜、混乱しているうちに山を降りてそのまま逃走しようとしたが、片尾が途中で倒れこんでそのまま眠ってしまったこと。


山全体を結界が覆っていて、その夜のうちに山を降りることができず、仕方なく山中に身を隠し、片尾が目覚めるまでを待つしかなかった。


「まったく……山全体に結界が張ってあるとは……実に不愉快な連中じゃ」


 朝までぐっすりと眠り込んでいた片尾が川魚を丸呑みしながら不愉快そうに言う。


「まあいい……こんな結界などすぐにでも突破できる……それよりも」


 べっと骨だけになった魚を吐きだす。


「不味い!魚の味がこうも変わっておるとわな……それに何じゃこの臭いは?なにやら鼻がムズムズするな、特に街の方から……」


 木々の間から見える街を見下ろしながら、グシッと鼻を擦り上げる。


「おそらく昔と比べれば大気が汚れているのかもしれませんね……俺には何も感じませんが?この魚も美味いと思うますし」


 魚にかぶりつきながら答える。


「ふん、昔は川魚はもっと甘くて噛み締めるとじわりとした肉汁がでてきたものじゃ……空気だってもっとさわやかで、こんな不快な気分にさせられる事など無かった」


 目を伏せて、二匹目を大口開けてまた丸呑みしてもぐもぐする。


「なんにしても早くこの地から逃げないと……」


「そうおびえることもあるまい。確かに能力は落ちたが、それでも追っ手が来たところで返り討ちにするくらいの余力はある。そもそも……」


 黙りこむ片尾をいぶかしんで、錬が声をかけようとすると彼の顔のすぐ横を何かが高速で通過していった。

そして一瞬遅れて後ろで「グハッ!」という声がする。


 慌てて立ち上がり振り替えると、三人の男が居て一人は地面に倒れていた。


 どうやら魚の骨を超高速で口から発射したようで、それが当たったらしい。


「なんじゃ思ったよりも遅かったのう……錬よ、大人しく結界を崩しておる場合ではないようじゃが?」


 不適に笑って片尾が錬に目配せをする。


「仕方がないです……強引に突破してしまいましょう」


「吼えるな!蒼海の裏切り者め!」


 追手の一人が錬を罵倒するが、錬は気にせずに残りの魚を、持っていたリュックに詰めて火の始末をしている。


「き、貴様!無視するな!」


 火を消し終えた錬がチラリと男を見たが、無視してリュックを背中に背負う。


「片尾様……すぐに新手がまた来ますので、一気に片付けて街に下りてしまいましょう」


「うむ……わかった」


 その直後、山全体を震わせるほどの爆発が起こる。


 気づいた蒼海の者達、突然の爆発に驚いて山を見上げる街の人間達、彼らの両目に映ったのは少年を片腕に抱えて爆煙の中から楽しそうに飛び上がってくる女だった。


 女は着地すると、その白い巫女服をはためかせてさらにジャンプして街へと向かっていく。


「きゃはははは!楽しいのう!」


 子供のように笑いながら飛び跳ねる片尾に抱えられている錬はそれどころではなく、青い顔をして内部からこみ上げ来る衝動に必死で抗っていた。


つまりはリターンである。


「た……楽しそうですね」


「ああ楽しい!楽しいぞ~、やっと重く冷たい石の重みから解放されてお日様の下で思い通りに動けるのだ!これが楽しくないはずなかろう」


 そう言っている間に、ビルの屋上に着地してまた飛び上がる。


「うっ……、な、なんにしてもこれでは目立ちすぎますのでどこか適当なところで隠れましょう」


「なんじゃつまらんのう……」


「俺の身体が持ちませんよ」


「わかったわかった……それじゃ最後にもう一度~!」


「う、うわあああああ!」


 最後の跳躍でまるでロケットのようにまっすぐ太陽に飛ぶ二人を街の人間達が唖然とした表情でいつまでも見上げていた…………。





「まったくやわな身体じゃのう」


ビルとビルの間の通路に肩で息をしながら錬がへたりこんでいる。


 そしてそれを片尾があきれたようになじっている。


「……一応まだ人間なんでね、あまり無茶をしないでもらいたいですね」


「ふん、そんなことでわしとの約束を守れるのか心配じゃな」


「それならご心配なく貴女との約束は命に代えても守りますよ」


「ふ~んそうか」


 片尾が俯いている錬の顎に指を当てて上げさせる。


「……何ですか?」


 意外に冷たい言葉で錬が反応する。 しかし片尾はニヤリと笑って顔を錬の目の前に持ってくる。


「お前は本当に薄気味悪い男よの~。先程のように悲鳴を上げるかと思えば、わしの真の姿を見ても眉一つ動かさん……あの追手達は姿を見た途端にまるでウサギのように震えて叫んでいたというのにな」


「従者がいちいち主の姿を見て悲鳴を上げますか?俺はただの道具にしか過ぎません。もっとも役に立たないので毎日笑われていましたがね」


 表情を変えないで自分を見つめ返す錬にさらに邪悪な笑みを浮かべてさらに顔を近づける。


 すでに片尾の吐息が錬の顔にかかるほどの距離になっても、錬は顔色を変えずに黙っている。


「お前のその目は何もとらえない、写すことはあっても何一つとしてお前の目の中には入らない、ドロドロとした何かが瞳の中でうごめいているのに身体の外には決してそれを出さぬ…………一体何を考えている?」


「……何のことかわかりませんが?」


 そこでふっと笑ってさっと離れる。


 今度は快活に笑いだす。


「ははは良い良い。お前くらい欠陥あるほうがこれからどう変わっていくか楽しみであるからな」


 笑い出す片尾を無視して錬がフラフラしながら路地に出て行く。 思い出したように、


「服を買いに出てきます。 その姿は目立ちますからね」


「怒ったのか?お前にも怒ることがあるんじゃな」


 からかう片尾を無視して歩いていってしまう。


だが肩に力を入ってるところをみると図星だったようだ。


「クシシ……まだふりをしておるわ!」


「お姉さ~ん……可愛い格好してるね~。コスプレ?撮影?」


 金髪の若い男二人が片尾の肩に馴れ馴れしく腕を回してくる。


「まあ……なんにしてもアレじゃない?俺らと遊ぼうってことで……」


「そうか……わしと遊びたいのかお前らは……」


「そうそう……とりあえず俺らの車に行こうぜ?まあ嫌がっててもつれていくんだけどよひゃははは!」


 いつの間にやってきたのか、周囲を若い男達が囲んできているが、片尾はニッコリ笑って「さあ遊ぼうか……」とだけ言った……。





「……何をやっていたんですか?」


 錬が着替えを買って路地に戻ってくると、片尾が怒っていた。 積み上げられた若い男達の上に乗って……。


「全くこの時代の人間どもは一体どうしたことじゃ!ちょいと血をいただこうと思ったら不味くて飲めたものではない!いやむしろ毒と変わらん!どういうことじゃ!」


 そういって忌々しそうに地団駄を踏む。


 そのたびに下にいる若者達が首を絞められたアヒルのように「グエッ」とか「アグッ」という声を出す。


「ああなんと腹立たしい!魚も人も等しく不味くなってわしは美味なる物を食べることがもうできんのか!だいたいこんなに進歩してて……むぐわっ!」


 騒ぐ片尾の口に何かまるで直槍のような形で黒いものが突っ込まれる。


「……落ち着いてください」


「何じゃ!いきなりこんな……こんな……甘~い!なんじゃこれ!なんじゃこれ!美味じゃの~……はむはむ」


「チョコバナナですよ……すぐそこで売ってたんです」


「ちょこ…ばなな?まあいい……久しぶりに美味い物が食べられたの~……ニハ~」


 錬がご機嫌でチョコバナナを舐めている片尾を尻目に彼女の下で、すでに気絶している男達のポケットを錬がゴソゴソと弄っている。


「ふぁにしてるんじゃ?」


 バナナのチョコをしゃぶり尽くしながら質問する。


「服を買ったら金が底をついてしまいましてね……少し彼らから拝借しようかと……」


「この枝は不味いの~、まだこれは売ってるのか?」


 ポイっと串を投げ捨て、若者達から飛びのく。


 その仕草を苦笑いし、複数の財布を持った錬が彼女の手を取る。


「ちゃっかりしてるの~、見たところ昔のように餓死する程の窮乏はないんじゃろ?」


「お金っていうのは働いて得ようが、こうやって拝借しようが買える物は一緒ですから……まあ多少は心が痛みますがね」


「あまりそんな感じはせんがの~」


 すでにチョコを舐め尽し、中身のバナナも食べつくした片尾が名残惜しそうに串を舐めながら返す。


「思ったよりも多かったので、まだまだ買えそうですよ……あっ!その前に……」


 錬がしゃがみこみ、さきほど捨てた串を拾い上げて不思議そうに首をかしげる片尾の前に持っていって語りかけるように口を開く。


「ゴミのポイ捨てはやめましょう」





 同じころ蒼海の屋敷は大騒ぎだった。


 何百年も封印してきた大妖が……国内で並ぶ者がいないと評される蒼海の失態が白日の……しかも一般人の前に満天に晒されてしまったのだ。


 仕事の性格上、国の上部……政府や財閥との仲も浅くない蒼海が今回のことでマスコミや人々の噂にのぼることは一族の衰退に繋がることである。


現に片尾が強引に結界を突破した時の映像が地元のテレビにすでに送られているという情報が入り、関係のある筋から怒涛のように問い合わせが来ている。




それらを何とか誤魔化し、同時に地元のテレビ局に放送をしないようにという圧力をかけているが、テレビは何とかなっても個人が取った映像など規制できるものではない。


よって蒼海家は疾風迅速にこの状況を解決しなければならず、開祖以来最大の危機を迎えていた。


 その中で一部の者達が当主鈴音によって謁見の間に集められた。


 集まったのは一族の重鎮、月代、日輪に陸、そして日間で、皆これから言われることの苛烈さを予測して強張った表情をしている。


「……良くぞ集まってくれたな」


 心無しか鈴音の顔も暗い。


「皆も知っての通り、封印されし大妖片尾が結界を破って街へと逃走をした……錬を連れてな」


 最後の一言で月代と日輪の顔が一瞬曇る。


「……ことは急を要する。早急に自体を収集しなければ我ら蒼海の名は地に落ちることになる!ことここにあっては非常なる処置も致し方なしと決意する」


 突然の当主の宣言に陸が戸惑ったように手を上げる。


「非常なる決意と申しますと…具体的にどのような手段なのですか?」


「それについては私が……」


 月代が遮って『非常なる処置』を話し始める。


その処置に全員が絶句するが……現実にその方法しかないことを考えると納得せざるを得なかった…………。


「それではここに集まった方々…わかってはいると思いますがこのことはくれぐれも内密にお願いします……それでは各自準備が済みましたら正門前に集合してください」


 月代が事務的に閉会を宣言する。


 謁見の間から出てくる面々の顔は暗い…。


 当主である鈴音でさえも普段の飄々とした姿からは想像もできないほどの厳しい顔をして黙って廊下を突っ切って自室へと入ってしまった。


 一族の重鎮達も今回のことには蒼海一族の命運もかかっているため、皆ピリピリした雰囲気で出て行く。


 鈴音…重鎮達とすれ違った者たちは彼女らが語らずともその雰囲気で感じ取って不安そうにひそひそと話し合っている。


 屋敷全体を不安の空気が渦まいている。


 ほんの二日前までは十年ごとにやってくる儀式の準備で活気にみちていたというのに……。





「何で買えんのじゃ!金ならあると言っていたではないか!」


 街の中心部にあるバス停で声が上がる。


 この街中では目立つ巫女服は捨てて、シックな黒のワンピースにその上から白いカーディガンを羽織っている。 そしてその白いカーディガンにすでにチョコのシミをつけて抗議する。


「金は確かにありますよ、これからの旅費はね……それにあと何を食べるつもりなんですか」


 冷たく見つめる錬は黒いニット帽に黒いジャージ、そしてズボンも黒ジャージといういでたちで、手には何十本もの串が入ったビニール袋を持っている。


 そして文句を言う片尾の両手にはチョコバナナが握られていた。


「わしは四百年ぶりに目覚めて腹が減っているんじゃ!仕方なかろう!」


口の周りにチョコをつけて怒鳴り、その間にもチョコバナナにかじりつく。


「だからって二十本は食べすぎでしょう、しかもその後にたこ焼き食べて、焼きそば食べて……そしてまたチョコバナナですか。これじゃ金が全部それに化けてしまいますよ」


 バスの出発時間をメモしてポケットに入れる。


「とにかく早くここから出ましょう。今にも追っ手がやってくるかもしれないんですから」


「嫌じゃ!もっとあの黒くて甘い物をあと五本買ってくれるまでわしはここを動かん!」


 そういって駄々っ子のようにその場にどかっと胡坐をかいてそっぽを向き座り込む。


「……わかりましたよ。本当に五本だけにしてくださいよ」


「わかった我慢してやろう」


 誇らしげに立ち上がってふんぞり返る。


「それじゃ行きましょうか……買ったらすぐに街から出るんですからね」


すでに手に持っていたチョコバナナを食べ終えて夢見心地でいる片尾は曖昧に返事を返すだけだった。





「また君達か、今度は何を買ってくれるんだい?」


 ビルとビルの間に存在している小さい店の青年が愛想良く、何度も買いに来る錬達に笑顔で話しかける。


「はい……またチョコバナナ五つで……」


 少しゲンナリした表情の錬とは対照的に片尾は目を輝かせて、ちょうどいま新しく作られたばかりのチョコバナナを見ている。


「それにしてもよく食べるね……いくら甘いものは別物だとはいえこれだけ食べるのは凄いよ」


「……はい、とても手がかかります」


 青年が透明なビニール袋に五本チョコバナナを入れて片尾に渡す。


 早速袋から一本取り出してかぶりつく片尾に後ろから錬が声をかける。


「早く、それ食べてくださいよ……そろそろバスが出る時間なんですから」


「バス?どこか出かけるのかい?」


ニコニコと青年が話しかける。


「ええ……ちょっと行かなければならないところがありまして」


「ふーん……どこに行くの?」


「栃木です」


「ずいぶん遠くに行くんだね」


「ええまあ」


 曖昧に答えながら錬が財布から紙幣を取り出して青年に渡す。


「そうなんだ……そういえば彼女はお姉さん?その割には似てないけど、それとも彼女?」


 さわやかに青年がレジから小銭を出して錬の手のひらに乗せる。


「そのどちらでもないです……まあ複雑な関係なんで」


「なんじゃ……錬はわしの従者じゃろうが…。わしの命令なら何でも聞く下僕……そう契約したじゃろうが」


 口の周りをチョコでベタベタにしながら後ろから無邪気に抱きついてくる。


「ちょっ……そういうことを人前で……」


「……そうだったんだね」


深刻そうな声がして錬が前を向くと青年が複雑な顔をして顔をそむける。


「そうなんだ……そういう趣味なんだね」


「いや……違いますよ、色々と事情があるだけで……」


「いやいいんだ!誰もが少年の頃には年上に憧れるものさ……僕もそうだった……だから気にしないでくれ!僕にはわかる……君の気持ちがわかるから!」


 青年は涙を流しながら錬の手を熱く握ってくる。 ボロボロと涙を流す青年に圧倒されながら錬がどうやって事実を伏せながら説明しようか考えていると、


「そうだ!これも何かの縁だから餞別だと思ってこれを受け取って欲しい!」


 そう言って輪切りにしたバナナにチョコレートをかけて渡してくる。


「ぬおおー!本当に受け取ってよいのか?よいのか?」


 片尾が狂喜してピョンピョン飛び跳ねる。


 そのたびにワンピースのスカートがひらひらとめくれて道にいる健康な成人男子たちを釘付けにする。


「うんいいよ!受け取って欲しいんだ女王様にね」


壮絶に勘違いをしている青年は目頭を抑えて渡すと、もう一度熱い視線で錬に視線を向け、グッと親指を立ててくる。


 青年に説明をするのを諦めた錬は無表情で親指を立てる。


 一方、思いがけずに甘い物を手に入れた片尾は小さい子供のようにはしゃいでジャンプしている。


 その時……膝まであるスカートがちょうど吹いた風と風圧に乗って完全にめくれあがった。


 そして時が止まった…………。





 

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